過去編 〈ネズミとジャンヌ〉
「――貴女がテンのお母さんね」
「な、何なんだい……あんたは!?」
ネズミがテンと別れてから1年ほど経過した頃、彼女はとある街に暮らしていた。そんな彼女の前に急に現れたのが王妃ジャンヌであった。
ジャンヌはたった一人でネズミの元に赴き、テンの義理の母親かどうかを尋ねる。いきなり現れたジャンヌにネズミは戸惑い、彼女は相手の正体があの有名なジャンヌだとも知らなかった。
「テンが貴女が死んだと思って悲しそうなの。だから、会いに来てくれないかしら?」
「あの娘が……はっ、あたしが死んで悲しんでくれているのかい」
「当然じゃない、母親がいきなりいなくなって何とも思わないわけはないでしょう」
「そうかね、あたしの場合は母親が死んだときほど嬉しい事はなかったよ」
母親という言葉にネズミはため息を吐き出し、その様子を見てジャンヌは不思議そうに首を傾げる。そんな彼女にネズミはどうして自分がテンを拾い育て上げたのかを語った。
「あの子は孤児でね、捨てられている所をあたしが拾って育てたんだ。だけどね、別にあたしはあいつが可哀想に思って育てたんじゃないよ……あのクズの母親のようになりたくないと思って拾っただけさ」
「どういう事なのか、詳しく教えてくれる?」
「別にいいけどさ……あたしの母親はクズだった。毎日別の男と遊び惚けて碌にあたしの面倒も見てくれなかった。しまいにはあたしを男に売ろうとしたんだよ……だからあたしは逃げ出した。そして大人になったとしてもあんなクズな母親のようにはならないと決めてね」
「それで……テンを救ってくれたの?」
「そうさ、赤ん坊のあいつが路地裏に捨てられているのを見てあたしは思ったんだ。自分が見捨てればこいつは死んでしまう……そう思ったあたしは赤ん坊を育て上げる事を決めたんだ。ここで見捨てればあのクズな母親と同類になると思ってね」
「そうだったの……」
ジャンヌはネズミの話を聞いて納得し、赤ん坊を拾い上げた後の話も聞く。最初の内は赤ん坊の相手をするだけでも大変だったが、赤ん坊が育っていく事に彼女は愛おしく思うようになったという。
「夜中に唐突に泣き叫ぶわ、あたしがいないとすぐに探し出してくるし、成長する度に新しい服や食事の量も増えて大変だったよ。けど……楽しかったよ、苦労はさせられたけどあいつとの時間はあたしの人生の中でもきっと幸せだったね」
「なら、どうしてあの子と離れたの?わざわざ盗賊や警備兵に裏で取引をするなんて……」
「気付いちまったのさ、このままあたしの傍であの子が育てばいずれ裏社会でしか生きていけない人間になるってね。あたしの場合は裏社会でしか生きる道はなかった。けど、あの子はまだ引き返す事が出来る。表の世界で生きていける、安心で平和な生活を送る事が出来るとね」
「やっぱり、貴女はテンの事を愛しているのね」
「……あんた、いったい誰なんだい?」
「ふふっ……ただの通りすがりのお節介な騎士よ」
ネズミの話を聞いてジャンヌは全てを悟り、彼女が本当にテンの事を愛しているのだと知ると満足そうにその場を立ち去る。ネズミは結局は彼女の正体に気付く事はなかった――
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