第551話 借りを返す
――どんな望みも叶えるという事であれば、仮にナイが貴族の爵位を望んだとしても国王はそれに応える事を意味する。実際にナイの功績を考えれば貴族に取り立てられてもおかしくはなく、冗談抜きでナイはこの国を救った人間と言える。
火竜やゴーレムキングとの戦闘ではナイとビャクが囮役として引き寄せ、他の者が戦闘態勢を整えるまで時間を稼いでくれた。しかも火竜とゴーレムキングに止めを刺したのも彼であり、ゴブリンキング戦でもナイの活躍は大きい。
これほどの功績を考えれば貴族の爵位を承ってもおかしくはなく、場合によっては莫大な報酬を請求しても国王は断る事は出来ない。だからこそテン達は焦りを抱く。
(こいつは……まずいね、どんな物を頼むかによってナイの運命が決まる)
国王がわざわざナイの褒美の件を彼の意志に任せる事を決めたという事は、何らかの裏があるのは間違いない。だが、その裏を引く者の考えは流石にテンも読めない。
「ナイ君、どんな望みも叶えるという事は君は貴族にもなれるし、何なら金貨数百枚も要求しても国は断れないんだよ」
「えっ!?そうなの?」
「ああ、もしも君が望むのなら騎士団の団長にだってなれるだろう。ちゃんとよく考えて自分の望む物を報告するんだ」
「う〜ん……」
ナイとしてはいきなりどんな望みを叶えると言われても困り、正直に言えば今は望む物など何もない。しかし、ここである事を思い出す。
「あ、そうだ……それなら貸しを返す好機かな?」
『貸し?』
先日にナイはある人物に借りを作っていた事を思い出し、アルトに頼んで彼を呼び出す事にした――
――ナイが呼び出した人物はシノビであり、現在の彼はリノ王子の側近として仕えている。彼は自分を呼び出したナイの元に訪れ、用件を尋ねると彼からとんでもない提案を報告された。
「……それは、本気で言っているのか?」
「うん、本気だよ。前にお世話になったでしょ?だから、今回の褒美の件はシノビさんに譲ろうと思って」
「ちょちょちょっ……本気で言ってんのかい、あんた!?」
シノビを呼び出して自分が受け取るはずの報酬を彼に譲ろうとしているナイを見てテンは度肝を抜かし、慌てて引き留めようとした。国王から直々に報酬を受け取るなど滅多に機会はなく、しかも報酬の内容がどんな望みも叶えるとあればナイはシノビの望みを代わりに応える事を意味する。
一生に一度あるかないかとてつもない報酬だというのに他人に権利を譲ろうとするナイにテン達は慌てふためくが、ナイとしては別に今すぐに欲しい物などはなく、それにシノビに貸しを返すいい機会だと判断した。
「前に助けてくれた時に報酬は上げられなかったら、今回の事で借りを返したいと思ったんだ。何か、望みはある?」
「本当に……どんな望みも叶えてくれるのか?」
「アルト、そういってたんだよね?」
「あ、ああ……だが、望みを叶える相手はナイ君だ。だから、ナイ君を通して望みを叶えるという事になるが」
「……そうか」
シノビは急に呼び出され、しかもその内容がナイの報酬を自分が受け取るという事に動揺を隠せない。彼の一番の望みは和国の領地を取り返す事であり、ここでまさか千載一遇の好機が訪れた。
以前にシノビがナイを手助けして「貸し」を作ったのは彼の力を見込み、王国関係者とも親しい間柄のナイに借りを与えておけば後々に何か役立つかもしれないと判断したからだ。だが、まさかこんなにも早くこのような機会が訪れるとは思いもしなかった。
(取り戻せるのか、我等の領地を……)
和国の領地を取り戻し、国を復興させる事こそがシノビの一族の悲願であり、その絶好の機会が訪れた事にシノビは動揺を抑えきれない。彼はゆっくりと口を開き、望みを伝えようとしたが、ここで思い留まる。
(いや、そんな簡単にいくわけがない……仮に和国の領地の返還を求めても、国が承諾するはずがない、か)
ここでシノビがナイを通じて和国の領地の返還を求めたとしても、王国が応じる可能性は限りなく低い。その理由としては和国の領地は現在は王国が管理しており、領地を分け与えろと言われても王国が素直に認めるはずがない。
和国は小国ではあったが、それでも国として成り立つほどの広さの領地は保有していた。その領地を全て渡せと王国に頼んでも素直に応えるはずがなく、だいたい報酬を受け取るのはナイであってシノビではない。
仮にナイが和国の領地を受け取ったとしてもシノビに譲渡する事は出来ない。領地を与えるといっても、あくまでも管理するのは王国側であり、ナイ以外に人物が領地を受け取るなど認めるはずもなかった。
(落ち着け、焦るな……こんな簡単に取り戻せるはずがない。ここは慎重に考えろ)
少しは冷静さを取り戻したシノビは考え込み、そして報酬の内容を決めた。ナイにその内容を伝えると、彼は驚きながらも承諾した――
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