第521話 イリアからの贈り物

「あ、ナイさん。こんな所に居たんですか、もう皆さんは出発の準備を整えていますよ」

「あれ、イリアさん?」

「ぬうっ……!?」



後ろから声を掛けられたナイは振り返ると、そこにはイリアの姿が存在した。この時に何故かクノはイリアの姿を見て驚いた表情を浮かべるが、イリアの方は特に何も反応せず、ナイに薬を差し出す。



「そうだ、丁度良かった。さっき、魔力回復薬が出来上がったんです。良かったらどうぞ」

「え、いいの?ありがとう、イリアさんの魔力回復薬は普通の物より飲みやすい回復も早いから助かるよ」

「ふふふ、どういたしまして……それより、さっきは誰と話してたんですか?」

「え?誰って……あれ?」



イリアの言葉にナイは振り返ると、何時の間にかクノが姿を消している事に気付く。先ほどまでは確かに存在したのだが、消えてしまった事にナイは不思議に思う。



(隠密でまた姿を消したのかな……でも、どうしてそんな事を)



リノから正式に雇われているのならば別に隠れる必要はないと思うが、イリアは不思議そうに首を見渡しながらもナイに告げた。



「じゃあ、私は船の留守番を任されているのでこれで失礼します。そうそう、親玉を倒したからって油断したら駄目ですよ。敵の勢力がどの程度なのか分からない以上、気を付けてください」

「あ、うん……」



ナイはイリアの忠告に頷き、確かにゴブリンキングと思われる巨人の討伐は成功した。しかし、今だにゴブリンの軍勢は残っている可能性が高く、放置は出来ない。


大多数のゴブリンの軍勢は始末したはずだが、まだゴブリンの軍勢が残した要塞が存在する以上は放置は出来ない。もしもゴブリン達が集まり、軍勢を再結成されたら非常に厄介な事態に陥る。



(あの山が要塞になっているなんて……全然知らなかった)



ゴブリンの軍勢が要塞を築いた山にはナイはよく知っており、小さい頃からアルと共に頻繁に訪れていた。彼にとっては思い出深い場所だが、そんな場所を要塞へと作り替えたゴブリンの軍勢にナイは怒りを抱く。



「クノ、何処にいるの?まだ近くにいるんでしょ?」

「むうっ……拙者はここでござる」

「うわっ!?天井!?」



ナイは天井を見上げると、そこには天井に張り付くクノの姿が存在した。いったいどのような原理で天井に張り付いているのかとナイは思ったが、どうやら彼女は両手と両足の指の力で天井の突起物に捕まり、身体を支えているらしい。


途轍もない握力を誇り、クノはイリアが去ったのを確認すると両足を天井から離すと、今度は両手を話して音も立てずに着地する。彼女は消えたイリアを見送り、冷や汗を流す。



「あの者、只者ではないでござるな」

「えっ……イリアが?」

「拙者でさえも気配に気づかなかったでござる。あれほど巧妙に気配を殺すとは……只者ではない」

「あのイリアさんが……」



ナイはイリアが去って行った方向を振り返り、謂われてみれば彼女の事はよく知らない。ナイとあまり年齢は変わらないのに国内では三人しか存在しない魔導士の一人でもり、それでいながら当の本人は魔導士らしからぬ行動を繰り返している。


魔導士でありながらイリアは普段は薬づくりに没頭し、アルトとも仲が良い。その一方で魔導士としての実力は確かで付与魔法と呼ばれる魔法で味方を支援し、時には魔石を用いて自分も戦闘に立つ。しかし、彼女が何者なのかという事はもしかしたら誰も知らないのかもしれない。



(ん?この魔力回復薬……何だか前に貰った時のより色が濃いような……)



ナイは渡された魔力回復薬に視線を向け、以前に貰った時の物よりも色が濃いように感じ取り、不思議に思う――






――イリアの言う通りに既に外では討伐隊が待機しており、ナイとクノが到着すると討伐隊は山へ向けて出発を行う。この際にビャクは先頭を移動し、久々にナイも故郷へ戻る事が出来るので少し嬉しかった。



「ウォンッ♪」

「ははっ、ビャクも嬉しいのか……だいたい半年ぶりぐらいか」



ナイはイチノを発つ前に実は一度だけ村へと戻り、アルやゴマンの墓の前で別れの挨拶を告げた。今はあの村がどうなっているのかは分からないが、山の麓に存在するので必然的に討伐隊は立ち寄る事が出来る。


しばらく草原を移動していると、ここでナイは見覚えのある風景を確認し、村は以前のままで放置されていた。この場所はホブゴブリンの集団に襲われ、村人は全員殺されていた。しかし、その後にドルトンが気を遣って人を派遣して村の中央に村人達の墓を建てている。



「ここがナイ殿の故郷でござるか」

「酷いな……話には聞いていたが、これでは人が住めそうにないな」

「あんまりですわ……」

「こんなの、酷すぎるよ……」



村に到着するとナイ以外の者達は村の惨状に眉をしかめ、破壊された家屋や村人達の墓を見て嘆く。しかし、当のナイはもう何度も見た光景のため、あまり気にしない。

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