第465話 ドルトンの覚悟とイーシャンの意地

「イーシャンよ、残念じゃが儂の命運はここまでじゃ……お主も早く逃げる準備をした方が良いぞ」

「はっ、ふざけた事を言うな。怪我人を残して逃げる医者がいるかよ」

「何を言っておる、どうせ儂は助からん。だが、お前はまだ……」

「やかましい!!自分だけ覚悟を決めたような言い方するな!!だいたいお前が死んだら一番悲しむのはナイだぞ!?」

「ナイ……」



ナイの名前を耳にした瞬間にドルトンは表情を歪め、彼にとってはナイは亡き親友の息子であり、同時に実の息子のように目を掛けていた存在だった。せめて死ぬ前にナイとだけはもう一度会いたいと思うが、それが儚い希望だとは理解していた。


イーシャンは医者として自分が治療している怪我人を見捨てる事など出来ず、彼はドルトンが勝手に諦めている事を許せなかった。ドルトンが諦めるという事は自分も死ぬことを意味しており、だからこそ彼のを許さない。



「死ぬ覚悟を決めるぐらいなら……生き残る覚悟の方を決めやがれ!!お前が死ねば残された人間はどう思う!?ナイにまた家族を失う辛さを味わわせる気か!?」

「儂が、ナイの家族……?」

「家族に決まってんだろう!!お前等の仲の良さは俺が良く知っている!!それなのに勝手に死ぬ覚悟を決めて、ナイをまた悲しませるのか!?ふざけるなよ、生きろ!!死んでも生きろ!!」

「イーシャン……」



親友の言葉に対してドルトンは諦めかけた自分の命だったが、陽光教会に居た頃のナイの姿を思い出し、奮起する。彼はもう自分が死ぬことを受け入れず、最後まで抗う事を決めた。



「イーシャン……お主、まだ痛み止めは残っていると言ったな?」

「ああ、とっておきの奴がな……そいつを使えば骨折していようが足を動かす事は出来る。但し、効果が切れた後は地獄を見る事になるがな」

「ふんっ……儂は地獄などいかん、アルの奴と会うのはしばらく先になりそうじゃ」

「その意気だ……動くとしたら奴等が動き出した時だな」



イーシャンは痛み止めの薬を取り出し、ドルトンに使用するのはゴブリンの軍勢が街に押し寄せた時が最高の好機だと告げる。あまりに早く打ちすぎると逃げる時に効果が切れてしまう恐れがあり、打つとしたらゴブリンの軍勢が街中まで侵入し、一般人の避難が開始される時しかない。


痛み止めは連続して使用する事は出来ず、ドルトンが生き残れる可能性があるとすれば薬の効果が切れる前に街に逃げ出す事だけである。ドルトンもその事は重々承知しており、彼等は街の様子を確かめる様に窓の外を眺める。



「……何だか懐かしいな、前の時もここでナイとビャクの奴が助けに来るまで俺達は一緒だったよな」

「うむ……あの時のように今でもナイとビャクが現れそうじゃ」

「ははは、そいつはいいな。その時は俺もビャクの背中に乗せて貰おうか、あいつに一度でいいから乗って見たかったんだよ」

「儂もじゃよ……今度、ナイと出会った時は頼んでみるかのう」



が訪れるまでの間、ドルトンとイーシャンは和やかに雑談を行い、心を落ち着かせる。そして時刻は深夜を迎えると、遂に街の外のゴブリンの軍勢が動き出す――






――ゴブリンの軍勢が一時の間とは言え、イチノの包囲網を解いた理由は三つある。一つ目の理由はイチノに立て籠もる人間の警戒心を解くためであり、こちらの作戦は半分は成功した。


街の包囲が解かれた事で人間達は気が緩み、完全に油断しきっていた。初めて夜襲を仕掛けた時はこれまでで一番被害を与える事が出来たが、それと同時に死を覚悟した兵士によって思わぬ反撃を受けてしまい、退散する。


包囲網を解いた二つ目の理由はゴブリンの軍勢が確実に街を落とすために梯子や櫓を作り出すためであり、こちらの方も作戦は成功した。梯子と櫓のお陰でこれまで以上に順調に城壁を責める事が出来た。




だが、彼等が包囲網を解いた真の理由、それは彼等が従う主人がもう間もなくこの地に訪れるからである。自分達の主人が間もなく到着する事を勘付いたゴブリン達はイチノを攻めるのを止めた理由、それは確実に自分達の主人が訪れるまでの間にイチノを陥落させるためだった。




連日にイチノを攻め続けてきたゴブリンの軍勢は思っていた以上に人間達は強く、正攻法で街を落とすのは難しいと思った。人間達は確実に追い詰めてはいるが、その一方で味方も被害を受けており、このままでは自分達の主人が訪れるまで街を攻め落とす事は出来ない。そう判断した軍勢は一度引いて休息を取る事にした。


籠城戦は攻める側の方が負担が大きく、ゴブリン達もこれまでの戦闘で疲労が蓄積し、その疲労を癒すために彼等は敢えて包囲を解除して身体を休ませる事にした。そして万全の態勢を整え、遂にゴブリンの軍勢はイチノを確実に潰すために夜が明ける前に最後の攻撃を開始した。

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