第312話 リーナの興味

「あの時は本当に苦労させられたぞ……もしもミノタウロスが街の住民に被害を与えていたらとんでもない大惨事になっていただろう」

「まあ、あの事件で被害者はうちのギルドの冒険者だけだったせいで冒険者ギルドの評判も少し悪くなったけどね」

「全く、愚か者共が……大した実力もないくせにミノタウロスの運搬など引き受けるとは、何を考えておるのだ」

「そんな事があったんだ……もっと早く僕が戻ってれば手伝えたのに」



ミノタウロスの一件で冒険者ギルドの方も少なからず影響を受けており、ミノタウロスを相手に何も出来なかった低階級の冒険者は殆どが引退した。ミノタウロスの恐ろしさを思い知らされた者達は魔物に対して強い恐怖を抱き、もうまともに戦える状態ではなかった。


ちなみに冒険者を雇ったアッシュの配下は即刻解雇され、それどころかアッシュが本来は渡す冒険者に支払う予定だった報酬を持ち逃げしようとしていた事が発覚し、現在は監獄に送り込まれている。


この話を聞いたリーナは父親の事を心配し、自分がいればわざわざそんな依頼など出さなくても引き受けたのにと思いながらも、噂の内容を詳しく確かめる。



「あの……ミノタウロスを倒したのが冒険者でも傭兵でもない少年という話は本当なんですか?」

「……事実だ。ミノタウロスを倒したのは一般人の少年だ」

「その話を聞かされた時は儂も耳を疑ったぞ。まさか冒険者でもない者にあの凶悪な魔人族を倒せるとは……今でも信じがたい」

「その子、何者なんだろうね。もしかしたら元冒険者とか?」

「いや、警備兵から話を聞いた限りでは少年が冒険者や傭兵に属していた経歴は確認していない」

「経歴という事はギルドマスターはその子の事を知っているの?」

「ああ……だが、立場上は他の人間に話す事は禁じられているぞ」



ギガンは事件の関係者である冒険者達の上司として警備兵から事情は聴いているが、それでも話を聞いていた彼自身も未だに信じられない。あの凶悪なミノタウロスを人間のしかも成人年齢にも達していない少年が倒したと聞かされても簡単に信じられるはずがない。


しかし、ミノタウロスを倒した少年の目撃者も多く、その少年が先日にバーリの屋敷にてガーゴイル亜種を打ち倒した少年と同一人物という話も聞かされていた。それほどの実力を持つ少年が冒険者でもなければ傭兵でもない事にギガンは疑問を抱く。



(ガーゴイル亜種もミノタウロスを対処できる冒険者など、うちのギルドの中でも何人いるかどうか……最低でも金級冒険者級の実力はあるだろう)



ガーゴイル亜種とミノタウロスの危険度は赤毛熊をも上回り、金級冒険者以上の階級の冒険者ぐらいしか対処できない。もしかしたら黄金級冒険者と同等の実力を持っている可能性もあり、そんな人材がこの王都にいたのならばぜひとも勧誘したい所だった。



「その少年に関しては俺の方から何も言えない。だからこれ以上に追及されても答える気はないぞ」

「そう、ですか……」

「それは残念だね。勧誘しようかと思っていたのに……」

「儂としてはその少年が使っていた武器が気になるのう」



リーナはギガンの言葉を聞いてあからさまにがっかりした表情を浮かべ、ガオウもハマーンも興味を抱いていただけに残念そうに呟く。


既にナイの存在は王都中に広まり、興味を抱く者も多い。ギガンもナイの存在は把握しているが、彼が王族とも関りを持つ人物という事も知っているため、迂闊に接触は出来なかった。



「まあ、少年の事はともかく、今回の依頼の成否によって冒険者ギルドと王国の信頼関係が試される。決して失敗は許されないと思え」

「は〜い」

「分かっておるわい」

「…………」



ギガンの言葉に依頼を引き受ける事を承諾したガオウとハマーンは適当に返事を返す中、リーナだけは少年の事が気になって上の空な様子で天井を見上げていた――






――それからしばらく時間が経過すると、リーナはアッシュ公爵の元へ訪れる。正確に言えば実家に帰ってきたのだが、生憎と父親のアッシュは不在だった。



「あれ?お父さんはいないの?」

「お帰りなさいませ、お嬢様……御父上は闘技場の方へ向かわれました」



リーナを迎え入れたのはアッシュ公爵家に仕える執事であり、名前はロウという。リーナが生まれる前から公爵家に仕えており、先代の当主の代から仕えているという。


ロウは年老いているが昔は有名な武芸者であり、現在も兵士の指導を行う事がある。アッシュの信頼が厚い人物でもあり、リーナからすれば実の祖父のように尊敬している人物でもある。



「ロウ爺ちゃん、最近起きた面白い話はないの?」

「面白い話ですか……ふむ、リーナ様が興味を持たれそうな話となると、一つだけですな」

「え?あるの?」



リーナは父親が戻ってくるまでの間、冗談交じりにロウに何か面白い話ないのか尋ねると、ロウは先日に訪れた少年の事を話す。

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