第237話 矛盾

「ねえ、君……えっと、名前は何ていうの?」

「ん?ああ、僕の名前はアルト、そういう君の名前を教えてくれるかい?」

「僕はナイだよ」



名前を尋ねられた少年が答えると、彼の方もナイの名前を尋ねる。お互いに名前を教え合った二人は改めて向かい合うと、とりあえずはナイの方から先に事情を聞く。



「アルトはどうしてこんな場所で魔物に追いかけられていたの?」

「まあ、色々とあってね……ちょっと研究材料の回収のために外に出向いたんだけど、その途中で魔物に襲われて乗っていた馬も殺されてね。まさかゴブリンに襲われるとは思わなかったよ」

「え、一人で行動していたの?」

「いや、冒険者の護衛も雇っていたんだけどね……途中で逃げ出して僕だけが取り残されてしまったよ。全く、後で冒険者ギルドには苦情を入れないとね」



アルトは一人で外に出向いたわけではなく、途中までは冒険者の護衛を付けていたという。しかし、魔物が現れた際に冒険者達は逃げ出してしまい、残されたアルトは乗っていた馬も殺され、必死で逃げ回っていたらしい。


魔物退治の専門家であるはずの冒険者が依頼者を置いて逃げるなどとんでもない事であり、アルトは困ったような表情を浮かべる。護衛が居なければアルトは一人で王都まで戻らなければならず、仕方ないのでナイはアルトを王都まで護衛する事にした。



「そういう事なら王都まで一緒に行こうか。また、魔物に襲われたら大変だし……」

「それは助かるよ。なら、護衛の人間に渡すつもりだった報酬は君にあげるよ。金貨2枚でいいかい?」

「え、金貨2枚も!?」



王都の外に出向くだけで金貨2枚の報酬を渡すというアルトの言葉にナイは驚き、冒険者に依頼を頼む場合の料金の相場はナイも知らないが、流石に金貨2枚は破格の報酬であるのは間違いない。


アルトは小袋を取り出すと本当に金貨を取り出し、それをナイに手渡す。本物の金貨を渡されたナイは戸惑い、こんなに受け取れない事を伝える。



「いや、王都まで連れて行くだけなんだからお金なんていいよ……これ、返すね」

「そうかい?でも、君には命も助けられたんだ。それにこれから王都まで連れて行ってくれるのに何もしないわけにはいかないね……そうだ、さっき面白い物を持っていたね。それを見せてくれないかい?」

「面白い物?」

「その盾の内側にはボーガンが仕込まれているんだろう?ちょっと見せてくれないかい?」



そういうとアルトはナイが装備している反魔の盾を指差し、彼が言っているのは盾の内側に仕込んだ武器である事に気付き、何をするつもりなのかと思いながらも渡す。


反魔の盾を受け取ったアルトは興味深そうに覗き込み、内側に仕込まれたボーガンを確認し、先ほどナイがこちらからミスリル製の刃を発射させた事を思い出す。



「なるほど……こういう仕掛けか、これを作った人とは趣味が合いそうだ」

「あの……」

「ああ、ごめんごめん。中々面白い仕掛けだから魅入ってしまったよ。でも、僕からすればこの仕掛けは完璧とは言えないね」

「え?」

「ウォンッ?」



アルトの言葉にナイは不思議に思うと、アルトはゴブリンメイジの死骸に近付き、腕に刺さったミスリル製の刃を引き抜く。それは先ほどナイがアルトを救うために放った刃であり、養父のアルが最後に作り出した大切な武器でもある。



「そのボーガンを利用してこれを撃ち込むようだけど、見た所だとこれはミスリル製だね?貴重な魔法金属製の刃物を発射するのは面白い発想だけど、もしもこれが外れたり、相手の身体に突き刺さった状態で逃げ出されたら簡単に失ってしまうよ?」

「それは……」

「普通の矢を装填して撃ち込むだけで十分だろう。そっちの方が軽いし、飛距離も伸びる」



ナイはアルトの言葉に言い返せず、確かに矢の方が軽いためにミスリル製の刃よりも遠くまで届くし、速度も速い。しかし、ナイがそれでもミスリル製の刃を持ち歩いていたのはアルの形見であり、手放したくはないからだった。



「ふむ、何か事情があるみたいだね。この刃物を手放したくはないから仕込み武器に装着していたのかい?」

「う、うん……それ、大切な物なんだ」

「大切な物か……いや、それなら尚更今のような使い方は駄目だろう。もしも敵にこれを撃ち込んで逃げたらどうするつもりだい?」

「それは……」



アルトの言う通りにナイが持っているミスリル製の刃はアルの形見であり、本来ならば大切に保管しなければならない。しかし、この刃物はアルが武器として作り上げた代物であり、それを有効活用しないのはアルに悪い気がした。


どんな経緯で作られた代物であろうと、武器として作られた物ならば武器として使用するべきだとナイはアルから教わった事がある。アルは元鍛冶師で自分が作り出す作品にはある思い入れがある。だからこそ彼は生涯で一度もの武器は作らなかった。

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