第188話 脱出開始

「どうやらここは私達が入ってきた場所から反対側の方ね……となると、馬車が停まっている場所から一番遠い位置だわ」



ヒナの言葉にナイは頷き、馬車が停車したのは屋敷の正面玄関の近くであり、ここからだとかなり距離が離れている。人目を気にせずに移動できればそれほど時間もかけずに戻れるだろうが、今のナイ達は出来る限りは他の人間に見つからない様に行動しなければならない。


ここから先は極力見つからない様に行動しなければならず、もしも兵士に見つかった場合は他の人間を呼ぶ前に早急に対処する必要がある。頼りになるのは気配感知を身に付けているナイだけであり、彼を先頭にして4人は行動を開始する。



(ここからは僕が皆を誘導しないと……責任重大だぞ、今度こそ失敗は許されない)



自分自身に失敗は許されないと言い聞かせる事でナイは集中力を高め、雰囲気が変わる。その雰囲気の変化にヒナは驚き、先ほどよりも彼がたくましく感じる。



(この子、かなりの修羅場を潜り抜けているのね……こんな状況なのに冷静だわ)



ナイの変わりようにヒナは感心を抱き、一方でミイナとモモもナイの変化に気付いてそれぞれの感想を抱く。



(わあっ……ナイ君、なんか格好良い)

(私と戦った時と同じ表情をしている……頼りそうになりそう)



モモはナイを見てまた頬を赤らめるが、ミイナの方はナイが自分と戦った時のように精神力を高めている事に気付き、たのもしく思う。


しばらくはナイの先導で移動を行うが、曲がり角を曲がる時にナイは気配を感じ取り、このままでは曲がり角で誰か鉢合わせしてしまう。



(まずい!!何とかしないと……!!)



ここでナイは「無音歩行」と「隠密」を発動させ、足音を立てずに壁際へ距離を詰めると、曲がり角から現れた人物に気付かれずに存在感を消す。やがて曲がり角から現れたのは屋敷の見回りを行う兵士だった。



「っ――!!」

「ふぐぅっ!?」



兵士は角を曲がろうとした瞬間、ナイは兵士の口元を塞ぐと力ずくで引き寄せ、声を漏らせない様に首を絞めつける。ただの子供の力ならば引き剥がせたかもしれないが、ナイの力は並の子供の比ではなく、必死に兵士は振りほどこうとするがやがて意識を失ったのか白目を剥いて気絶する。



「ふうっ……危なかった」

「だ、大丈夫?」

「間一髪だったわね……大声で叫ばれていたら大変な事になっていたわ」

「助かった」



ナイは気絶した兵士をとりあえずは近くの部屋へと移動させ、壁際に座らせておく。傍から見れば兵士が仕事をさぼって休んでいる様にも見えるため、もしも他の人間に見つかったとしても多少の時間は稼げる。


兵士が他の人間から起こされて騒ぎ立てたとしても、仕事をさぼるための言い訳だと疑われるかもしれない。しかし、それはあくまでもナイ達にとっては都合のいい話にしか過ぎず、すぐに侵入者が現れた事は伝わるだろう。



「さあ、先を急ぎましょう。次は見つからない様に気を付けないと……」

「ねえねえ、この部屋にもあの変な石像があるよ?」

「石像?」



モモの言葉に全員が振り返ると、そこには確かに魔物の姿をした石像が置かれており、それを見たヒナは訝し気な表情を浮かべる。



「またこの石像……あの豚商人、成金趣味かと思ったけどこの石像だけは理解できないわ」

「精巧に作られているとは思うけど、そんなに価値があるようには見えない……」

「この石像、怖いよね……何だか今にも動き出しそう」

「石像……」



ナイはモモの言葉を聞いて確かに目の前の石像が実は生きていて、今にも動き出すのではないかと思う程に異様な雰囲気を発していた。だが、気配感知を発動しても石像には何の反応もない。



(ただの気にしすぎかな……)



屋敷のいたるところに置いてある不気味な石像を見てナイは気味悪く思うが、その一瞬の気の緩みのせいで扉を開こうとした際、通路の方から感じる気配に気付くのが遅れてしまった。



「えっ……!?」

「っ……!?」



ナイが扉を開いた瞬間、聞き覚えのある声が耳に届き、振り返ると台車を押す女性の姿が見えた。最初にナイ達をバーリの元まで案内した使用人であり、ナイ達を見て目を見開く。


まずいと思ったナイは咄嗟に刺剣を構えるが、ここで相手が兵士ではなく、無力な一般人である事を意識すると、どうしても攻撃出来なかった。



(くそっ……どうすればいい!?)



ここで彼女が大声を上げればたちまちに他の者に知られ、屋敷内の兵士や傭兵に気付かれてしまう。ナイはどうするべきか頭を必死に回すが、女性の様子がおかしい事に気付く。


彼女は口元をぱくぱくとしながらもナイを見て混乱しており、助けを求める様子はない。それを見たナイはここである事を思い出す。それは彼女も無理やりにこの屋敷へ連れ込まれ、バーリの世話をさせられている被害者なのだ。

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