第117話 地上へ脱出

「この人が貴族だとしたら、きっとそれを証明する物を持っているはず……」



ナイは死体の男に近付き、彼の素性に繋がる物を探す。この時にナイは男の服の胸元が膨らんでいる事に気付き、試しに服を脱がして確認すると、金色のペンダントが入っていた。



「このペンダントに刻まれている紋様……これがこの人の家紋なのかな」



この世界の貴族は必ずや独自の家紋を持っており、その家紋を刻んだ装飾品を身に付ける事が義務付けられていた。家紋を所有する人間は貴族の証であり、ナイが手にしたペンダントにも家紋らしき紋様が刻まれている。


家紋を覚えていればこの貴族の正体を突き止める事が出来るため、ナイはペンダントを死体に戻すと情けとして死体の男の瞼を閉じさせる。この状況下ではナイにこれ以上に出来る事はなく、再び出入口に繋がる場所を探す。



(この貴族の人がここで倒れているという事は、もしかしたら近くに出入口があるのかもしれない。探してみよう)



貴族の男がわざわざ時間をかけて下水道を移動し続けるとは思えず、ナイは何処かに地上に繋がる場所があるのではないかと思って探すと、案の定というべきかそれほど離れていない場所に階段が存在した。



(階段?もしかしてこの先に地上へ繋がっているのかな……)



階段を発見したナイは不思議に思いながらも階段を登っていくと、大分上まで続いている事が判明し、階段を登り切ると随分と頑丈そうな扉で塞がれていた。



「鍵は……掛かってない?」



扉を前にしたナイは試しに開こうとすると、あっさりと扉は開け放たれ、今度は何処かの建物の地下室のような場所に出てきた。ナイは地下室に入り込むと、どうやら倉庫として利用しているのか大量の木箱が積み込まれていた。



(ここは……何だろう、武器庫なのかな?)



ナイは倉庫内の木箱の中身を確認すると、中身は武器の類が収納されており、他にも拷問器具の類まで存在した。明らかに危険な場所に辿り着いた事にナイは冷や汗を流し、早々にここから立ち去った方が良いと判断した。


恐らくは地下で発見した貴族と繋がっている人間が経営している店であり、つまりは悪徳貴族と繋がりのある危険な輩が管理している建物の可能性が高い。急いでナイは地下室から抜け出すと、この建物が酒場だと判明する。



「ここ、酒場だったのか……流石に誰もいないか」



酒場の中にも魔物が襲ってきた痕跡があり、酒場内の机や椅子は横倒れになっており、割れている酒瓶が散乱していた。この場所にも魔物が入り込んで暴れたらしく、ナイは割れている硝子の破片を踏まない様に気を付けながら外へ抜け出す。



(ようやく外に出れた……でも、ここは街のどこらへんだろう?)



ナイは無事に地上へ抜け出す事に成功したが、現在の自分の居場所が分からず、少なくとも見覚えがある場所ではない。街の何処にいるのか分からないナイは困り果て、とりあえずは建物の屋根の上に移動して周囲の様子を伺う事にした。



「この高さなら……行けるかな?」



足元に力を込めながらナイは近くの建物を見まわし、手ごろな高さの建物を発見すると、上手く行くかどうかは分からないが「跳躍」の技能を利用して飛び込もうとした時、遠くの方から人間の悲鳴が聞こえてきた。



「何だっ!?」



確かに聞こえた人の声にナイは驚き、即座に駆け出す。まだ生き残っている人間が近くにいたのかと思いながら駆けつけると、街道の曲がり角の先にて魔獣に追いかけられる兵士の姿があった。



「ひいいっ!?た、助けてくれぇっ!!」

「ガアアアッ!!」

「まさか……コボルト!?」



兵士を追跡していた魔獣の正体は「コボルト」だと判明し、以前にナイも何度か戦った事がある魔獣種だった。コボルトは人間のように二足歩行で行動できる狼型の魔獣であり、ファングよりも獰猛な魔獣である。


コボルトはゴブリンよりも知能は低いので人間のように武器を扱う事はないが、ファングと違う点は二足歩行で行動する分、両腕を利用して攻撃する事が出来る。コボルトの爪はゴブリンよりも鋭く、鋭利な刃物と変わりはない。



「ウガァッ!!」

「ぎゃああっ!?」

「そんなっ!?」



逃げる兵士の背中にコボルトは右手を放つと、鋭い爪が兵士の背中を突き刺し、背中から胸元を貫通した。その光景を見たナイは咄嗟に向かおうとしたが、その前にコボルトは兵士の死体から爪を引き抜き、爪にこびり付いた血液をすすり上げる。


ここでナイはコボルトの外見を見て彼が今までに遭遇したコボルトと比べ、外見が少々異なる事に気付く。これまでにナイが遭遇したコボルトの毛皮の色は「灰色」だったが、目の前に現れたコボルトの毛皮の色は「黒毛」だった。


しかも爪の切れ味は尋常ではなく、仮にも鉄製の鎧を身に付けている兵士の身体を貫いたのだ。恐らくは爪の切れ味と頑丈さは赤毛熊にも劣らず、獰猛性も赤毛熊にも引けを取らない。

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