第58話 白狼種の子供

――ナイが狩猟に出向いた後、アルは彼のために新しい武器を作ろうと倉庫へと訪れた。倉庫の中には鍛冶用の道具も保管されているのだが、この時に彼は倉庫の中に横たわる白色の毛色の狼を発見した。



『こ、こいつは……!?』

『クゥ〜ンッ……』



狼は大分弱っており、倉庫の中に入ってきたアルを見ても逃げる様子もなかた。アルは警戒しながらも狼に近寄るが、襲い掛かる気配は無い。



『お前さん、何処からやってきたんだ?』

『クゥンッ……』



アルが話しかけても狼は怯えた表情を浮かべるだけで動こうとせず、その様子を見てアルは困り果てる。襲い掛かる気配がないのはいいが、このまま放置するのは忍びなかった。


仕方なく、家の中からアルは食材を持ってくると狼は嬉しそうに食らい、どうやら空腹で横たわっていただけらしい。餌を与えた事で警戒心を解いてくれたのか、狼は嬉しそうにアルにじゃれつく。



『ウォンッ!!』

『おっとと……ははっ、可愛い奴だな。お前、何処から来たんだ?山から下りてきたのか?』

『クゥ〜ンッ』



狼はアルの言葉を聞いて首を振る動作を行い、まるで彼の言葉を理解している風だった。最初はまさかと思ったアルだったが、試しに彼は狼に命じる。



『まさかお前……おい、ちょっとそいつを持ってきてくれるか?』

『ウォンッ』



アルは狼に餌を与える時に用意した床においた皿を持ってくるように指示を出すと、狼は彼の言葉を理解しているのか皿を咥えて運んできてくれた。


自分に対して皿を差し出してくる狼を見てアルは唖然とした表情を浮かべ、この狼は元々は人間に飼われていたのかと思うが、それにしても人の言葉を完全に理解しているように見えた。



『もしかしてお前……普通の狼じゃないな、まさか……白狼種か!?』

『クゥ〜ンッ……?』



皿を運んできてくれた狼に対してアルは心当たりを思い出し、魔物の中でも狼型の魔獣の中で最も知性が高いのは「白狼種」と呼ばれる魔物だと思い出す。白狼種は外見は白色の狼だが、普通の狼よりも高い知能を持ち、更に成長すれば馬よりも大きくなる。


どうやらアルの前に現れた狼はただの狼ではなく、白狼種と呼ばれる魔獣(獣型の魔物の通称)だと判明した。白狼種はこの地方には生息していないはずだが、この知能の高さから間違いなく白狼種の子供である事は間違いなかった――






――アルから話を聞き終えたナイは白狼種の子供に視線を向け、見た目は普通の狼にしか見えないが、アルの話によると魔獣種の中でも希少で滅多に人前に現れない魔物だという。



「クゥ〜ンッ♪」

「うわっ……じゃれついてきた」

「どうやらそいつはお前の事を気に入ったようだな。それにしてもこいつ……まさか村長の倉庫で盗みを働いていたとはな」

「爺ちゃん、どうしよう……こいつを村長の所に連れて行ったらきっと処分されるよ」

「う〜ん……そいつは困ったな」

「ウォンッ?」



白狼種の子供は二人の話を聞いて首を傾げるが、村長の倉庫を荒した犯人はこの白狼種の子供である事は間違いない。もしも村の中に魔獣が入り込んでいる事を知られたら間違いなく、村人達は始末する様に促すだろう。


だが、ナイとアルは自分に懐く白狼種の子供の姿を見てどうにも同情を抱いてしまい、このまま村長へ引き渡すのは心苦しい。それにアルの懸念は他にもあった。



(こいつを下手に捕まえたり、殺したりすると親が現れた時にとんでもない事になっちまうな……)



白狼種は狼型の魔獣の中でも特に戦闘力が高く、かりに子供を取り返しに来た親が村に入り込んだ時、子供に何かあったら取り返しのつかない事態になる事をアルは恐れていた。だからこそ彼は狼にどのように対応するべきか思い悩む。



「仕方ねえ、こいつは村の外へ追い払ったと報告しよう。ナイ、そいつを適当に籠の中にでも隠して外へ行くふりをして逃がして来い」

「ウォンッ?」

「そうだね、それがいいかもしれない……村長には悪いけど、今度狩猟する時に多めに食料を渡しておくよ」

「クゥ〜ンッ……」



自分のせいで二人に迷惑が掛かった事を理解したのか、話を聞いていた白狼種の子供は落ち込んだ風に頭を下げる。その様子を見て本当に言葉が理解できるのかとナイは驚き、改めて向き直る。



「君、名前はあるの?」

「ウォンッ?」

「ははっ、流石に言葉は理解できても喋るのは無理そうだな」

「そっか……なら、名前を付けてあげた方がいいかな?外へ逃がしたらもう会えないかもしれないけど……」

「ウォンッ!!」



名前を付けるというナイの言葉に白狼種の子供は嬉しそうに尻尾を動かし、その様子を見てナイは考え込む。最初に「ウル」という名前が思いついたが、ちょっと可愛すぎる気がしたので別の名前を与える事にした。



「それなら……ビャクでどうかな?」

「ビャクか……うん、悪くはないんじゃないか?」

「ウォオンッ!!」



ビャクと名付けられた白狼種の子供は嬉しそうな鳴き声を上げ、その後に二人は内密にビャクを外へと逃がすため、行動を開始した――

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