第50話 覚えていたのは……

ホブゴブリンに邪魔されて村人たちはゴブリンに押し倒されたナイを救う事は出来ず、ゴブリン達が次々と倒れ込んだナイに飛び込む光景を目にして何も出来なかった。


誰も助けようとしない村人達の姿を見てホブゴブリンは勝利を確信し、悠々と振り返る。だが、振り返った途端に彼は予想外の光景を目にした。それは無数のゴブリンに抱きつかれながらも、立ち上がろうとするナイの姿だった。



「ぐうっ……があああっ!!」

「ギギィッ!?」

「ギィアッ!?」

「グギィッ……!?」



ナイは自分に飛び掛かったゴブリンを力ずくで振り払い、旋斧を振り払う。その結果、数体のゴブリンの身体が切り裂かれて血飛沫が舞い上がり、ゴブリン達は悲鳴を上げてナイから離れる。


何が起きているのか先ほどまで疲れ切っていたはずのナイだが、今の彼は片腕のみで旋斧を軽々と振り回し、更に反対の腕で自分の身体に掴まっていたゴブリンを掴むと、引き剥がすのと同時に投げ飛ばす。



「がああっ!!」

「ギャンッ!?」



片腕でゴブリンの身体を持ち上げたナイは地面に目掛けて叩きつけ、今度は旋斧を両手で握りしめると一気に振り回す。その結果、ナイの元に集まっていたゴブリン達の胴体が切り裂かれた。



『ギャアアアッ!?』

「ふうっ、ふうっ……ああああっ!!」

「グギィッ!?」



明らかにナイの様子が一変し、先ほどまでは疲れて弱っていた彼だったが、今の彼は正気ではなくなったように無茶苦茶に旋斧を振り回す。それによってナイに襲い掛かろうとしたゴブリン達は次々と切り伏せられていく。



「ナ、ナイ!?どうしたんだ、あいつ!?」

「す、すげぇっ……あの数のゴブリンを一瞬で」

「だけど、やばくないかあれ?」

「ああ、何だか……普通じゃないぞ」



理性を失ったようにナイは無茶苦茶に旋斧を振り回し、次々とゴブリンを切り伏せる。どんどんとゴブリンの数は減っていくが、その一方でナイの方も激しく息を荒げながらも止まる様子がない。



「はあっ、はっ……ああっ!!」

「ギャウッ!?」

「ギィアッ!?」

「ギギィッ!?」



ゴブリン達を執拗に追い掛け回し、逃げようとする個体が居ても構わずにナイは切り捨てる。その姿は普段の彼とはかけ離れており、視界に入った敵を一方的に倒していく。


ナイの様子がおかしい事は村人達も気づき、今の彼は正直に言えば魔物よりも恐ろしく見えた。だからこそ彼等はナイに近付く事も出来ず、その間にナイは一方的にゴブリンを惨殺する。




――実はナイが使用した強化薬は本来は少量だけ飲み込み、使用する物だった。強化薬は飲むだけで肉体が一時的に強化されるが、その量が多いほどに効果は高くなるが、一方で強い興奮作用を引き起こす。


薬の量が多いほどに興奮が強まっていき、仮に薬1本分も飲み込めば理性を保てなくなる。その代わりに肉体の限界近くまで身体能力を引き出せるため、今現在のナイは彼の人生の中で一番強い肉体と化していた。



「ああああっ!!」

『ギィアアアアッ!?』

「グギギッ……!?」



遂にはゴブリン達は1匹も残さずに切り伏せられると、その様子を見ていたホブゴブリンは後退り、このままでは自分も殺されると思った。そんなホブゴブリンに対してナイは視線を向けると、旋斧を構えてナイは駆け出す。



「がああああっ!!」

「グギィッ!?」



まるで獣のような咆哮を放ちながらナイは跳躍し、上段から旋斧を振り下ろす。咄嗟にホブゴブリンは剣で受け止めようとしたが、上空に飛び上がったナイを見上げた際に偶然にも足元を滑らせてしまう。



「グギャッ!?」

「あああっ!!」



体勢を崩したホブゴブリンに対してナイは旋斧を振り下ろすと、ホブゴブリンの左腕に的中し、腕を切り裂く。直後にホブゴブリンの絶叫が広がり、切り裂かれた腕から血を流しながらホブゴブリンは地面を転がりまわる。



「グギャアアアッ!?」

「や、やったのか!?」

「腕を切った!!もうおしまいだ!!」

「ナイ、もう止めろっ!!」

「…………」



ホブゴブリンが腕を切り裂かれて泣き叫ぶ光景を見て村人たちはナイの勝利を確信したが、ここで地面に着地したナイの様子がおかしい事に気付く。


ナイは胸元を抑え込み、全身から異様な熱を発していた。やがて立っている事も出来ずにナイは膝を崩してしまい、正気を取り戻す。



(な、何が……身体が、重いっ……!?)



強化薬の効果が切れてしまったらしく、一気に身体を酷使させていた負荷がナイの肉体に襲い掛かった。ナイ自身は薬を飲んだ後の記憶が曖昧で自分自身が何をしていたのか覚えていなかった。



(確か、薬を飲んで……それで、どうなった?)



頭を抑えながらナイは顔を上げると、そこには片腕を斬られながらも立ち上がるホブゴブリンの姿が存在し、血走った目でナイを睨みつけ、残された腕で剣を握りしめていた。


ホブゴブリンが片腕の状態で自分を睨みつけている事に気付いたナイは混乱し、何が起きているのか理解できず、いったい何が起こっているのかと戸惑う。だが、そんなナイに対してホブゴブリンは雄たけびを上げて剣を振り下ろす。

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