7-2:悪役が似あう
午後、自室にハルとノアが見舞いに来た。
今日の分の差し入れとでもいうように、またも食べ物の入った籠を渡されて受け取る。さすがに連日は貰っても困る……とちらりと頭の隅に浮かぶけど、今はそれよりも。
「ロベルトの周囲に、薄い色合いの持ち物が多い人はいるかしら。こういう趣味のはずなの」
差し入れの籠をさっさとテーブルの上に置き、私は水色の布を二人に突き付けた。
もう一方の手には紫のリボン。昨日ロベルトから受け取った手紙を包んでいたものだ。
「たぶん、あまり主張の激しいタイプではないと思う。五十年くらい前の詩に造詣の深い人。おそらく男性」
「……いた気もするし、いなかった気もするな」
ちょっとだけ間を置いてハルが答えた。
これは心当たりがある。
「まずはどうして君はソイツを調べているのか、理由が知りたい」
そう来るのは予想済みだ。
私は隠さず答えた。
「ロベルトが王女に……私宛てに書いた手紙を、代筆していたかもしれないからよ」
「えっ、婚約者への個人的な手紙を代筆させるんですか?」
ノアが驚く。私も気付いたときは驚いた。
プレゼントに添えるカードや、何かに対するお礼状なんかは従者が代筆することもあり得る。
でも本人達の個人的な心情を綴った手紙は、よほどのことがない限りは本人が書く。
それにロベルトからの手紙には王女の出した内容へ丁寧な返事が書かれていたと聞いている。王女からの手紙の内容を知らなければ、書けないような。
「ロベルトは、肖像画だけではなく手紙も第三者に見せていた可能性が出てきたわ」
怒りを通り越して呆れで頭が痛くなってくる。
セイレン島にこもって学生生活をしていると、感覚が少しズレるのかもしれない。島外のことは身近に感じられないのか、どうせ見せたところで相手が他に漏らす機会もないと油断してしまうのか。
「だけど思い返せば納得もできるというか……。手紙だと詩についての独自の解釈をよく語り合っていたの。でも実際のロベルトはそういうタイプに見えなかった」
「たしかに、そんな語り合いをするような奴なら、心変わりの言い訳に小説のセリフを雑に引用しないかな」
ハルの言う通り。劇場でもっと違和感を持てばよかった。これでは、私を王女だと信じているロベルトに文句を言えない。
「実は昨日、ロベルトに手紙を返してもらったの」
私は二人に、それが一通足りなかったことを簡単に説明した。
するとハルが待ったをかける。
「手紙を取り返したいというのは聞いたけど、昨日二人で会う予定だというのは聞いてなかったな?」
「ええ、言ってなかったわね?」
笑顔で圧をかけてくるハルには、笑顔で対応する。協力者であっても、すべての手の内を明かせるわけじゃない。
彼もすぐに引き下がった。
「まあいいよ。それで君は足りない一通を、その代筆者が持っていると疑っているんだね」
「もしくは何か事情を知ってるんじゃないかとね。代筆者は彼の周囲にいる使用人か、学生か、それ以外か。とりあえず彼の友人の中に、それらしい人はいるかしら」
「君を昨日呼び出したのは、その代筆者なのかな」
私の問いには答えず、ハルはそんなことを呟いた。はっとして私は付け足す。
「怪しい人物を見つけてもまずは私に教えて。私の問題なの」
「いいけど、ソイツと会うときは僕も同席するよ。そもそも僕は、本当は君を誰にも――」
「怪しい相手と会うときは、あなたにも一緒にいてもらう」
さっさと承諾すると、なぜかノアが安堵したように胸をなでおろした。
「よかった。その布やリボンを選びそうでロベルトと交流がある人物なら、二、三人心当たりがある。入学試練生の手伝いとしてここに来てるよ。五十年前の詩に造詣が深いかはちょっとわからないから、今日明日で確認してみよう」
「できるの?」
「僕にも学生同士の繋がりというやつはあるからね。……今日の講義、ロベルトとジェニファーは節度を保った距離を開けてたんじゃない?」
脳裏に、二人が苦手そうにしていた彼女が浮かぶ。
「もしかして、もう一人いた名誉島民候補生の女生徒と関係ある?」
「正解。彼らにも下手に対立したくない相手がいるんだ」
女生徒は入学試練生のサポートではなく、自分の力の研究のためにここに来ていた四年生。だがハルが頼んで講義に顔を出してもらったらしい。
ハルは「二人が名誉島民生になったのは、一年の終わりと二年の始まりごろだった」と私の黒いコートを示した。ちょうど一年くらい前だ。
「二人はね、この黒いコートを貰った者達の中で発言権を持ちたかったんだよ。でも入学時からコートを貰っていた僕の方が、先輩達とは付き合いも信用もある。僕の意見のほうが通るように見えて、面白くなさそうなのは気付いていた」
見聞きする限り、ハルのほうが社交とか交渉のツボは抑えていると思う。そんな相手に対抗するのに急いだって無茶だ。地道に交流を重ねて自分も信用を得ていくしかない。
「ジェニファーとは婚約者といっても形ばかりなのはお互い様だったし、僕が彼女を特別扱いして取り立てるってこともない。それが彼女を苛立たせたし、ロベルトにはちょうどよかったようだ」
「あなた……」
当事者のくせに、まるで他人事のように冷静な分析だ。悲しみとか残念だとかいう感情もなさそうな。
「意気投合したらしい二人は手っ取り早い方法に出た。僕に虐げられた婚約者と、それを救ったヒーローという図さ。同情票が得られるし、僕の信用が下がる分、相対的に一目置かれると踏んだらしい」
「無謀な賭けすぎる」
「もちろん勝てたとはいえない結果だった。ただ彼らの取り巻きは信じて盛り上がったから、負けともいえないかな」
ロベルトやジェニファーの友人達が、ハルの良くない噂をやたら口にするのはあれか。いわゆる派閥争いというやつか。入学前の生徒を自分達側に引きこみたいのかもしれない。
でも入学試練生側から見えているほど大きな争いでもなさそうだ。彼の話しぶりからして、一部が勝手に熱くなっているだけの感じがする。
事情を把握するとともに、一つの疑問が浮かんだ。
「ねえそれ、いつ気付いたの。二人の企み、あなたなら止められたんじゃないかと思うんだけど」
私の指摘を聞いて思うところがあったのか、ノアが小声で「まさか、あえて放置してたんですか……!」と責める声を上げた。
ハルは苦々しげだ。
「さすがにあんな衆人環視のなか宣言されるのは、読み違いだった」
「失敗したってこと?」
「まあ、端的に言えば」
私に婚約破棄の詳細を告げなかったときのように、子供みたいにハルはいじけた態度だ。
「婚約破棄は僕も望んでいたし、相手の非がある形にできそうだしちょうどいい……と思ったのにね。人とは時に何をしでかすか予想がつかない」
普通の人は、その状況をちょうどいいだなんて簡単に思わない。私は初めて会ったときの言葉を思い出した。
これが物語なら私は悪役だと告げたら、彼が自分も悪役のほうが合っていると言っていたこと。
たしかに彼は悪役が似合う。納得した。
ノアが彼のことを普段はもっとドライだと評していたのも。
ロベルトとジェニファーは、彼を敵に回さないほうがよかったんじゃないだろうか……。余計なお世話だけど。
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