第34話
ケータイで時刻を確認する。
現在、土曜日の午後1時である。
人生とは、なかなか自分の思いどおりにはいかないものである…。
今の現実にオレ、
「なんでこんなことに…」
―――今日は、我が校の女子剣道部部長であり先輩ヒロインである
そこには主人公のタイヨウだけでなく、美少女転校生ヒロインの
……と、いうのに。
このオレ。
ましてや、今日のオレのお相手さんは、先輩でも無ければ同級生でも無い。
それどころか後輩という定義にも当てはまるのだろうか微妙である人物だ。
……しかも、なぜかオレが彼女を家まで迎えに行く形になっている。
「なんでやねん…」
現在、午後1時。
彼女に指定された時間どおりにオレは彼女の家の前、もとい
よりによって、なぜ今日なのか?
なぜ主人公たちのラブコメイベント日に、ぶち当たってしまうのだろうか…。
やはりここでも、主人公の星に生まれし男、
こんな不思議な引力から抜け出すためにも、ここは思いきってバックレが最善の一手なのでは……?
そんな風に、このチャイムを押すべきか逃げるべきかと家の前でしばらく悩んでいると、まだチャイムも押していないというのにガチャりと玄関のドアが開いた。
「お、ツカサ。今来たんだ。すげータイミング」
玄関から出てきたのは、
Tシャツにチノパンというラフな格好で、肩からスポーツバッグをひっかけているタイヨウは、おそらく今から剣道道場へと向かうところなのだろう。
……オレの行けない剣道道場へと。
「お、おお……」
タイヨウは、自分が家を出るタイミングとオレが家に着いたタイミングが偶然重なったと思っているようだ。
しかし実際は何分か家の前でバックレるかどうか悩んでいただけ…ということを悟られまいと自然にふるまうオレ。
「今から行くとこか?剣道」
「そうなんだよ。まじでめんどくさいわ」
いつも通りラブコメ主人公らしく、やれやれな態度をとるタイヨウ。
「いやオレのほうがめんどくさいちゅーの」
「いやいやスマン。でもマジでよろしく頼む」
途中から急にキリッとマジ顔になるタイヨウ。
「…ったくシスコンめ」
そんなこんなと冗談半分に世間話をしていると、その喧騒に気づいたのか、彩夜が玄関を開けて現れた。
「おー、ツカサとうじょう。なんか外が騒がしいなと思ったら。てっきりお兄ちゃんの一人言がついに爆発したのかと思ってドン引きしてたとこだよ」
「勝手に勘違いでドン引きすんな!こんなステキなお兄ちゃんに」
さっそく、長めの兄妹漫才が始まりそうなのを感じたので、オレはタイヨウに重要なことを教えてやることにした。
「てゆうか、タイヨウ。時間は大丈夫か?」
「そうだ!やっべ…!遅れると先輩と雨宮に絶対ドヤされる!!」
まぁ、遅れようもんなら、西園寺先輩は知らんけど、少なくとも雨宮には絶対に文句の1つや2つ言われるだろうな…。
「て、わけでよろしく頼んだツカサ!彩夜もしっかりツカサにあんまり迷惑かけずにしっかりやれよ!」
そう言いながらタイヨウは小走りで剣道道場へと向かっていった。
まったく主人公なやつだぜ…。
あ~オレも行きてぇ…。
さて、残されたのはサブキャラ2名。
とりあえずオレは指定された時間どおりに来た。
して、お前はもう出れる準備が整ってんのかい?と、彩夜に注目してみる。
彩夜は、白ベースに紺色の縦ストライプがあしらわれた、ちょっとゆとりのあるブカめのシャツに、デニムのショートパンツ、足元は白いスニーカー。
という中3にしては、少々大人びたようにも思えるコーディネートの服装をしていた。
これが、子どもがムリに背伸びしたようには見えないのがこの夏目彩夜のニクいところである。
それは、やはり彼女が美少女であるということの1つの証明であり、迷惑なくらいに、周りからほっとかれずにモテてしまうということの説得力を感じさせる。
オレの視線に気づいたか、彩夜が口を開く。
「あ、ちょっと待ってて~。いま荷物持ってくるから」
そう言ってパタパタと足早に玄関のドアを閉めて家の中へと戻っていった。
どうやら口ぶり的にはほとんど準備はできているらしい。
――待つこと2、3分。
再び玄関のドアが開き彩夜が出てきた。
「お待たせ、お待たせ~」
さっきの格好に、いかにも女の子が持ちそうな小さめな肩かけのバッグをたずさえて戻ってきた。
正直、実年齢は2つ下だが、その見た目は同級生として同じクラスに居たとしても成立してしまうくらいに大人びている。
ましてや私服となると、その年齢差をいっそう感じさせなくさせる。
もし、この子が普通に知らない子で、道の向こうから歩いてくれば、思わず二度見してしまうくらいの優れたルックスとファッションセンスだと思う。
……しかしながら、しょせんそれは仮の話。
オレたちの関係性は、友達の妹。
彼女からすれば兄の友達。
そこには、一切の色っぽい可能性など存在せず。
その兄貴がそもそもいなければ始まってもいない、決して交わることの無かった関係性。
同級生でも無く、単純に友達と言うのもどこかしっりこない…かと言って他人というほど浅くもない程度には知り合っている…。
なんとも形容しがたい関係性だ。
そして、今日はそんな形容しがたい関係性をも棚にあげ『恋人』というウソの関係を演じなければいけない…。
…やれやれ、どうなることやら。
オレは、ちょっとした不安と、大いなるめんどくささと、本来参加できるはずだったラブコメメイベントへの切実な情念を持って『恋人のフリ』ツアーへと出発するのだった。
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