第29話
ケータイで時刻を確認する。
現在、土曜日の午後1時である。
人生とは、なかなか自分の思いどおりにはいかないものである…。
今の現実にオレ、
「なんでこんなことに…」
時は、例の水曜日。
先輩ヒロインの西園寺センパイの道場で剣道のお稽古イベントが開かれることに決まった、その日の放課後にまで戻る―。
放課後、オレはタイヨウと2人で下校していた。
「あぁ…めんどくさいわー。絶対めんどくさいわー」
ハーレムラブコメ主人公のタイヨウは、本日、急きょ決定した剣道のお稽古イベントへの参加の件に対して、今だにグズグズと不満をたれていた。
「まあ、ええやん、ええやん。たまには苦労しろって。ハッハッハ」
そんな主人公を、からかうようにフォローする親友ポジションにありがちな態度でふるまうのはオレ、
「雨宮のやつムチャ言いやがって。剣道とか俺、興味ないっての…。てゆーか、もし西園寺センパイがめっちゃスパルタだったらどうする!?行きたくねぇ…。もう絶対めんどくさいんですけど」
「そこは逆に、もうビシバシ鍛えてもらったらいいじゃんか」
「ちくしょー。ツカサ、お前他人事だと思いやがって。てか剣道ならツカサのほうが向いてるんじゃないか?かわってくれ!」
「無理だっつーの。雨宮のご指名はお前じゃねーか。もともと雨宮の代わりにお前がやるのに、さらにその代わりにオレが出ていく意味がわからんだろ、絶対却下される。代わりたくても代われないのが、この世界の絶対的な
「なんだよ、この世界の理って…?ツカサって、ちょいちょい意味わかんないこと言うな」
…これだから主人公の自覚が無いやつは。
オレなんて主人公の自覚ありまくりだっての!
今のところ自覚だけしかなくて結果がともなってはいないのが問題なのだがね…。
「はぁ~、まったく…この主人公が…」
そんな現状に、ため息とともに思わず愚痴がボソッと出る。
「え?なんだって?」
「………」
……この主人公が。
剣道がオレのほうが向いてようが。
ハーレムラブコメの主人公が向いてなきゃ意味ねーんだよ…。
そんな簡単に代われるもんなら、とっくにオレが主人公になってるっての!!
しかし、そんなに甘くないのが、このハーレムラブコメってやつだ。
ハーレムラブコメの基本的ルールにおいて
【親友ポジのオレの代わりをハーレムラブコメ主人公タイヨウが勤める】
というような展開は有っても、逆パターンの【親友ポジのオレが主人公のタイヨウの代わりを勤める】
というような展開は、ハーレムラブコメ的にあり得ない事なのだ…。
そんなハーレムラブコメのルールを打ち破って、主人公になろうとしているオレの大変な苦労も知るよしもない無自覚主人公のタイヨウ。
こいつに悪気は無くても、たまに本気で腹立つことがある。
持っている者は、持たざる者を無自覚に傷つけることがあるのだ。
こっちはお前中心に行われるラブコメイベントに参加する権利を得るだけでも、色々と試行錯誤して必死だっつーの!
とにかく今回も必死でつかんだイベント参加権だ。
何かしらオレは自分が主人公になれるような糸口を探さなきゃならない。
そのためにはここで、タイヨウがごねるのはよろしくない。
ちゃんと剣道お稽古イベントには行かさなきゃならん。
「まあ、とにかくオレも見学に行くし頑張れって、考えようによっては有意義な休日の使い方じゃねーか。どうせこんな事でも無きゃ、ゲームでもやって1日終わってたろ?」
「ゲームやって1日終わるほうがいい…。こうなりゃ休みの分までゲーム今日するか!!ツカサ今日ひま?俺んちでヌマブラでもやろーぜ」
「まあ、いいけどよ…」
てなわけで、オレたち2人は、当初の目的地であった、駅を通りすぎタイヨウの家へと一緒に行くことになった。
『一般的な男子高校生』という自堕落な存在の代表らしく暇人2人はゲームにしけこむとしよう。
学校から駅にかけて都会らしくほどほどに開発された街並みを抜けて、駅を通りすぎてほどなくすると、閑散としたのどかな住宅街に到着する。
そんな住宅街の一角に位置する一軒家がタイヨウの家だ。
まわりの住宅街に建つ家々と特に代わり映えの無い普通な一軒家。
とは言え都心に一軒家が建つ時点で、それなりに裕福な家庭であることには違いないのだろう。タイヨウの家庭事情にそこまで詳しいわけでも無いのだが。
なんでも両親は2人とも同じ職場の同僚で、なおかつ同じチームで活動してるらしく、2人してチームのメンバーと共に一緒に海外をあちこち飛び回っているらしく、海外にあちこち飛び回る仕事の合間合間をぬって日本に帰国し子供たちの様子を見たり、家族の時間を過ごしたりもしているらしいのだが。
基本的には仕事が忙しいことに加えてタイヨウいわく『ウチの親、放任主義だから』ということで、大概の場合は家を留守にしていて、タイヨウと妹の2人暮らしの状態がベースなんだそうだ。
そう考えると、海外をあちこち飛び回って仕事するような人間など、どう考えても優秀な人材なのだろう。
こんな都心に一軒家を建てて、なおかつ日本に子供たちだけを残しても、仕送りさえすれば経済的に問題なくやっていけている時点で裕福な家庭なんだろう。
あらためて考えても、なんとも主人公な家庭事情だ。
仕事で海外を飛び待ってる両親…。
そんなご都合主義な設定が実在するなんて。
しかもこんな坊っちゃん学校でも無い、一般的な学校の1生徒の家庭で。
ともあれ、この家にはラブコメの夢と希望がつまっている。
両親不在のため、ヒロインのお泊まりイベントは余裕で実行可能。
下手すりゃ住みかを無くしたヒロインを居候させて、1つ屋根の下の共同生活をスタートしてしまうことも、お茶の子さいさいなラブコメ物件。
そんな、ラブコメ物件をうらやましく思っていると、いつの間にやら、その物件へと到着してしまった。
「おじゃましま~」
この家の家主である両親は、もちろん不在のために誰に対する断りなのかよくわからないが、しっかりと礼儀正しく『おじゃまします』が言えるオレ、良い子。
とは言え、タイヨウの家を訪れるのはこれで何度目だろうか、数えきれないほど来ているし、もはや慣れたもんで『す』を言わないというフランクな挨拶で家にあがらせてもらう。
そして、のんきな気分でアホみたいな顔して、流されるままにタイヨウの家にゲームをやりにきた、オレはこの時はまだ知らない。
迫る土曜日の午後1時に頭をかかえるはめになることを…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます