第36話『センカの想い』
――センカ視点
人間の父と、魔人の母の間に生まれた子供。
それがセンカです。
母は自身が魔人であることを隠しながら、暮らしていました。
ただ、物心がついた頃、センカにだけ自分が魔人だって教えてくれました。
父と、母と、センカ。
なんてことのない日常を送る三人。
ですが、そんな日常はすぐに破綻しました。
センカの十歳の誕生日。その数日前に母が失踪したのです。
お父さんもセンカも必死に母を探しました。
それでも見つからず、やがてセンカは教会に出向き、そこで十歳の誕生日を迎えます。
十歳になり、センカは『影使い』という
そうして
「っ!? こ、こいつ……魔人だっ!」
教会で
ステータスは他の人には絶対に見せちゃいけない。
魔人だってバレたら大変な事になる。
お母さんからの言いつけでした。
でも、教会には他人のステータスを覗ける人が居たみたいで、センカがステータスを見せようが見せまいが関係ありませんでした。
私を押さえつけにかかる周囲の人々。
「お、お父さん助けてっ!」
センカはお父さんに助けを求めました。
センカと、お母さんの事を大事にしてくれるお父さん。
そんなお父さんは、センカを見て言いました。
「し、知らないっ。こんな奴、俺の娘じゃないっ!」
「――――――」
そこから先の事はよく覚えていません。
実の父からそんな言葉を聞かされてしまったセンカは頭が真っ白になってしまったのです。
もしかしたら、お母さんはこうなる事を予期していたのかもしれません。
だから誰にも何も言わず、出ていったのかも。
「は、はは」
魔人の母にとっても、人間の父にとっても、センカは要らない子だったのです。
お父さんにもお母さんにも見放されたセンカは色んな人に殴ったり蹴ったりされました。
痛くて……怖くて……センカは泣き叫び、助けを請いました。
でも、誰も助けてくれません。
殺されないだけマシだと思え。センカを殴った誰かが言いました。
でも、センカには殺されない事がマシな事だとは思えませんでした。
こんなに心が痛いなら――
こんなに身体が痛いなら――
死んだ方がマシなんじゃないか。そう思わずには居られませんでした。
そこで自殺しなかったのは、センカがもう自分の生死なんてどうでもよくなっていたからかもしれません。
センカの身の回りの環境はぐるぐる変わって――いつの間にかセンカは奴隷になっていました。
どうやらセンカは売られたみたいです。
お父さんにもお母さんにも見放されたセンカが売り物になるなんて、ちょっとした皮肉です。そう思った時、センカは久しぶりに「ふふっ――」と笑みを零しました。
でも、センカは売り物としても至らなかったみたいで、全然売れませんでした。
センカのステータスを見た人は口々に言いました。
「魔人のガキか。もうちっと大きければ可愛がってやったんだがこの分じゃ長く持ちそうにねぇな」
「影使いぃ? なんだこの職業。聞いた事ねぇぞ。おめぇさん、これで何が出来るんだ? ……影を動かすだけ? つっかえないゴミだなぁ。こんなの肉の盾にしかならねぇ」
「魔人か……汚らわしい」
そして、センカを売ってる奴隷商人はセンカを殴りながら言います。
「この役立たずがっ! てめぇ、顔だけはいいんだからもうちょっと媚びろよ。職業もゴミ。レベルもゴミ。そのくせ他の奴と同程度に飯だけは食いやがる。ホント、お前は役立たずのクソゴミだな。少しは俺の役に立てねえのか!? あ゛あ゛?」
センカは……役立たずのゴミ。
何の役にも立たない肉の塊。
そう言われて……胸にストンときました。
そっか。
センカが役立たずだから……こんな事になってしまってるんですね。
役立たずだからお父さんとお母さんに捨てられた。
その存在自体が疎まれる物だから、みんながセンカを虐める。
「ごめん……なさい」
センカは自身の不幸を嘆くでもなく、誰かを憎むわけでもなく、ただただ謝罪しました。
こんな役立たずでごめんなさい――と。
その後、どのくらいの時間が経ったのかは分かりませんが、センカと他の奴隷さん達は冒険者さんの手によって無事開放されました。
奴隷となっていた他の子の中には攫われてきた子もいるみたいで、その子たちはすぐに各々の家に送られました。
残りの子はセンカのように親に捨てられたり、もしくは親と死別していたりという境遇の子たちです。彼らは孤児として教会に預けられる事になりました。
ですけど、そこでも問題が発生しました。
教会のシスターさんがセンカのことを魔人と罵り、受け入れを拒否したのです。
シスターさんはギルドのお姉さんとの言い争いの末、その短剣をセンカに向けました。
ギルドのお姉さんは口では色々と言っていますが、手を出してくる様子はありません。
センカの肩を持つような事を言っていましたが、所詮ぜんぶ建前。
心の中ではセンカの事を鬱陶しいと思っているに違いありません。
当然ですよね。だってセンカは自他ともに認める役立たずのゴミなんですから……。
このまま殺されるのならそれはそれでいいのかもしれない。
そう思いながらセンカは自身に向けられている短剣を見つめていました。
――その時です。
センカをシスターさんから守るように後ろから男の人が現れました。
その人は開口一番、センカをその腕で抱えながら言いました。
「この子、俺のサポーターにしたいんですが構いませんね!?」
そう言って男の人――ラース様は私を連れ出してくれました。
その時、センカの胸がトクンと高鳴りました。
今にも襲われそうなセンカを助けてくれたラース様。
その姿はまるで、物語の王子様みたいでした。
でも……勘違いしちゃいけないんです。
夢を見ちゃいけないんです。
センカは物語のお姫様みたいに何か取り柄があるわけじゃない。
センカは何のとりえもない……ただの役立たずなんです。
だからセンカは夢を見ません。現実を見ます。
ラース様はこんな役立たずのセンカを助けてくれました。
それに、お腹が空いているセンカに施しまでくれました。
だからセンカは思ったのです。
これ以上、ラース様に迷惑をかけちゃいけないって。
そう考えたセンカはラース様の手を患わせたくなくて、すぐに連れられた宿屋から出ようとしました。
でも――そんなセンカの手をラース様が掴みます。
そして――――――こんな役立たずのセンカを必要だって言ってくれました。
センカの事が欲しいと……俺の物にしてやると力強く言ってくれたんです。
それはとってもとっても力強い……愛の告白でした。
センカはそんなラース様の告白を受けて――
「……ぐすっ」
思わず涙ぐんでしまいました。
それを見て慌てるラース様。
でも、ごめんなさい。
思わず溢れてしまったんです。
だって――とっても嬉しかったから。
センカの事をそこまで想ってくれる人は今まで居ませんでした。
疎まれ、蔑まれ続けてきたセンカにとってラース様の言葉は温かすぎて、センカの胸はすぐいっぱいになりました。
センカの事をそこまで強く求めてくれる人がこの世界に居るという、ただそれだけの事が……とっても嬉しかったんです。
ラース様の告白を受け、センカはもちろん――
「よろしく……お願いしますっ!」
ラース様の告白を受け入れました。
だって、好きにならないはずがないんです。
命の危機を助けられて――
どこか不器用ながらも施しをくれて――
そして誰からも必要とされないセンカを必要だって声高に叫んでくれて――
そんなことされたら、好きになっちゃうに決まってるじゃないですか――
★ ★ ★
そんなラース様は虚空に向かって独り言をずーっと呟いていました。
センカみたいのを好きになるだけあって、ラース様はとても変わった人のようです。
そうしてしばらくすると……虚空からいきなり凄く綺麗な女の人が出てきました!?
ですけど、驚いているのはセンカだけで、ラース様とその女の人は剣呑な雰囲気を
ラース様と女の人の話に必死に付いていこうとするセンカ。
ですが、二人の関係性がやっぱりよく分かりませんでした。
女の人はラース様の従者みたいな立場の人かなとも思ったのですけど、そういう訳でもなさそうです。
それに、ラース様は女の人に対して妙に畏まっているような感じがします。
そうして二人の会話に付いて行こうと横で必死に聞いていると――
「さて、それでは影の使い方についてこの子に教えます」
女の人が今まで見向きもしなかったセンカの方を向き、そう告げてきました。
「へ? え? え?」
ですけど、いきなり話を振られたのでセンカはパニックになってしまいます。
そもそも、この女の人が何者なのか結局分かってないですし。
ただ、話の流れから察するに、この人もセンカと同じ影使いらしいです。
それで、センカに影の使い方を教えてくれると。
実際、センカが推測した通りらしく、女の人――リリィさんという方から影の使い方を学んで欲しいとラース様からお願いされました。
初めてのラース様からの頼み。
ラース様が……センカに期待してくれている。
センカがそれを断れるわけがありません。
むしろ、その期待に全力で応えたいと思いました。
「わ、分かりました。頑張りますっ!」
「はぁ……ダルイ。とっとと始めますよ――」
こうして女の人……いえ、リリィ先生の下、センカの影使いとしての修行が始まったのでした。
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