11
11
何をしているの、と木葉ちゃんに訊かれた。私はサークルの一番端に座ってパソコンをカタカタとしている。西宮先輩とはあれから一度も会っていなくて、あの日から五日は経っていた。木葉ちゃんは着々と新しい友達を増やしており、私は度々そのネットワークにお世話になっている。
「まあ、サークルのやつ……」
どの言葉に当てはめて説明しようか考えているうちに私は言葉を濁していた。斜め後ろから木葉ちゃんが覗き込む。
「小説?」
「ま、あ、うん……」
「上手くいってないの?」
何を図られたか、私の痛いところを木葉ちゃんはついてくる。以前なら、私は木葉ちゃんに小説を書いていることを打ち明けられただろう。小説家になりたいという夢を話せただろう。けれど、私は語るには何も持ってなかった。ただただ進捗が悪い。
「木葉ちゃんはさ、誰かのために小説を書くとき、その相手を意識して書く?」
「と言うと?」
「えっと──。相手に……うーん、うまく筆が乗らないの。相手の人がモデルなんだけど、それを小説に落とし込むことが上手くできなくて。なんだろ、うまく言葉にできないな」
「私にはわからないな。書いたことないし」
「そうだよね」
「でも私なら、そんな小説書きたくないな」
だって、人の為に小説を書くなんて、私にはよくわからない。木葉ちゃんはやけに当事者じみたことを言う。
「先輩がそんな人だったから」
在りし日の高校の木葉ちゃんを思う。この前の歓迎会の木葉ちゃんと三園先輩を見ると、今はもう、うまいくいってないのかも知れない。
「そうなんだ、三園先輩がね」
「どうして青井さんはその小説を書くようになったの」
私の右前に座った木葉ちゃんの眼差しは真摯だった。
「歓迎会の時、西宮先輩と約束しちゃったから」
「西宮先輩の小説を執筆することを?」
「先輩が私の小説を読みたいって言ったから」
「そうなんだ。ふうん。いいね……」
ゆっくりとした調子で木葉ちゃんは言った。私の言葉が何かに触れたのか、一瞬思い出した素振りを私は見逃さなかった。
「西宮さんを喜ばせたいの?」
「喜ばせる?」
その発想は私にはなくて、私は喜ばせたかったのか、自問自答する。あれ、なんで書き始めたんだっけ──。
「……」
「なんかごめんね」
「違うの!」
木葉ちゃんの顔が引き攣る。私の強い否定に木葉ちゃんを怖がらせた。けれど、勘違いさせたままではこれはダメだと思う。私にとっても、西宮先輩にとっても。
「楽しかったから。書いてるの。私にとって初めて、誰かと夢の話をできたし。先輩と一日過ごせたことは、楽しかった」
「よかったね」
彼女は柔らかに微笑んだ。今の発言で、彼女の笑みを誘い出せたのは、誤解を解けたのは、良かった。木葉ちゃんに嫌われるのは怖い。けど、出来る努力をしないで、この関係が終わってしまうのは、とてもとても悔しかった。
「小説家になりたいの?」
次にそれを訊かれたのはやはり不味かったのかもしれない。
「え? なんで?」
「だって、そうかなって。違った──?」
「いや、別に、違うわけじゃ、ないよ」
しどろもどろの返答に、やや間があって、
「応援してるよ」
冷淡な響きを持っていた。私は何故か遠ざけられているような距離感を覚えた。確かに彼女の声は、朗らかで美しく、可愛いのに、君には無理だよ、と言われている気がした。何しろ、現実ではコミュ障の私と木葉ちゃんとじゃ釣り合わないから。見透かされているような気がしたんだ、きっと。
「ありがとう。頑張るね」
パタン、とノーパソを閉じた。ちょうど先輩達が来て、例会が始まる。
「七月にある合宿だが、題材は何にする?」
山田先輩が端を発して例会は始まった。どうやらうちのサークルでは七月の終わりから八月の初め、あと冬休みあたりに合宿を行って地域の演劇舞台に出演するための練習を行うらしい。その合宿に限ってサークルメンバー全員が揃い、結構な大所帯になるという。
歓迎会では来られなかった先輩の面々もあり、この部室には現在十人ほどが座っているそれでフルメンバーではないとなると、実はこのサークルは結構強いんじゃないだろうか。数的な意味で。人数の多い部活は強豪ってイメージがあるからさ。
そんなことを裏でひそひそと木葉ちゃんと駄弁っている。強いも弱いもないでしょ、と木葉ちゃんには一蹴されたけど。
「オリジナルってのはどーよ?」
西宮先輩が言い出した。各々好きなタイトル、演目を言っていく中で先輩の言うオリジナルは極めて異質だった。
「誰がやるんだそんなの? 原作は? 脚本は?」
メガネのよくわかんない先輩が異を唱えた。西宮先輩の提案に明らかに苛立っている。
「まー、まー、そんなのはどうにでもなるってことだよ」
西宮先輩はおちゃらけた口調で、メガネの先輩の挑発をかわそうとする。鼻につく言い方はいつもとあまり変わらない。
「お前はいつもいつもオリジナルに手を出そうとするが、コストをよく考えろよ」
「いつもは言ってませんが?」
「それは、だな……すまん」
細かいことを指摘されて単純に謝る先輩。あ、この人いい人だ、と私は思った。
「なんか、始まったね」
「だね」
これが大学生のサークルっぽくて、木葉ちゃんに同調した声も思わず弾む。
「原作は新入生の子がやるの!」
西宮先輩が意気揚々と叫ぶ。それに倣って先輩たちがはっと私たちの方を見る。なんだ、話はつけてあったのかよ、とでも言うようにさっきまでの口論は終結を迎えている。
西宮先輩の自信たっぷりの視線を感じて、私はやっと気づく。利用された?
私たちが注目に晒される中、奇妙な視線を感じた。西宮先輩ではなく、三園先輩だった。
私はそれに気づいて、三園先輩の顔をおずおずと覗き込んだ。
「原作は──!」
やめて!
「──駄目だ」
「どうして⁉︎」
私の書いた小説を原作に演劇をやろうと言う目論見をする西宮先輩を遮ったのは三園先輩だった。
三園先輩に反対されると思ってなかったからか、西宮先輩は言葉を失っている。
上手くいくかに思えた西宮先輩の提案も副会長の三園先輩の手によって不発に終わる。会長と副会長の賛成一致のシステムであることを面白がって見ていた他の先輩に教えてもらう。そんなシステムがなければ、私は必ず恥をかいていた。よかった、と安堵すると共に私の成長の機会が失われてしまったのではないかとほんの少しだけ後悔した。ほんの少しだけ。
「どうしたの、木葉ちゃん」
先ほどから何も言わないで固まっている木葉ちゃんに気づく。俯いていてどんな表情をしているのかわからない。
「具合悪いの?」
「ううん、大丈夫」
少しの間はあったものの、顔を上げてそう答えてくれた。彼女の頬にはまだ乾き切っていない涙が滲んでいた。
「ほんと?」
「ちょっとね。目が疲れちゃって」
「そうなんだ」
「だから大丈夫」
彼女の異変に三園先輩が関わっていることは明白だった。
「気にしないで」
最後に木葉ちゃんはそう付け加えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます