勇者ご令嬢 短篇
仲仁へび(旧:離久)
短編
王宮の婚活事情
それはある日の事だった。
フェイス討伐の任務を終えて、シーラやユリシア達の帰還の準備を進めていた頃。
騎士の仕事を終わらせて、王宮の庭園に顔を出すといつもある光景より、かなり人が多い事に気が付いた。
「何かやってるのかしら」
賑やかさのある方へと足を延ばせば、美味しそうな匂い。
中庭には簡易のテーブルが引っ張り出されていて、その上には多くの食べ物が載せられていた。
そして、その周囲には楽しそうに談笑する大勢の人々がいる。
「……?」
何か催し物でもあったのだろうかと近づいていくと、周辺にいた女性騎士が話しかけて来る。
「あ、ステラさんも参加されるんですか、婚活パーティーに」
「こ、婚活……?」
友好的な態度でこちらに話しかけてくる者は見知った顔の者だ。
以前は王宮の者から声をかける時は、「ステラ隊長」とか「ウティレシア様」とかそんな風に呼びかけられていたのだが、あの任務を経て帰って来てからは「ステラさん」で呼ばれる事が多くなっている。
そんなわけで、今もまだちょっと慣れない「ステラさん」呼びされたステラは、元の世界では至極聞き慣れた……けれど、この世界では全く聞き慣れていない言葉について問いかえす。
「はい、最近の王宮では色々騒動があって忙しくしてますよね。それでなくとも普段……特に騎士達は任務のこともあって中々出会いを得られないでいるので……ええと、どなたかの発案で企画されたんです」
それだったら、ツェルトがいるステラには縁のない事だろう。しかし……。
「きっとニオよね……」
ステラは心当たりのある人物の名前を小さく呟く。
彼女は本当に色々やってくれてる。
以前、空元気を出していた時に開いた息抜きのイベントもそうだが、学生だった時もかなり積極的にそういう事には参加していたし。
そう見当をつけるステラに追加で話しかけてきたのは、交換学生の期間、王都で知り合った女生徒達だった。
一人が来れば残りの二人もやってくる。例の三人娘だ。
「あ、ステラさん。ステラさんには素敵な旦那さんがいますから。つまらないでしょうけど。よろしければ何か、相手を魅了させるコツとかあったら教えてくださいませんか!」
「え、えぇ……?」
「彼氏が欲しいんです、お願いします!」
「どうかこの通り」
頭を下げられてまで懇願される。
それはちょっとステラには難易度が高すぎる話だ。
剣の話や戦術の話なら、それなりに語れる自信はあるが、恋の話は無理だった。
つい最近まで人と付き会った事もなく、その方面に現在進行形で鈍くできている人間に求めないで欲しい。
「お願いしますっ。出会いがないんですっ」
やはり出会いがないと言うのは女性にとって深刻な事なのだろうか。
真面目な顔が、詰め寄って来る。
「えっと、私の場合は参考にならないと思うのよ。ツェルトとは……向こうから見つけてくれたと言うか、助けてくれたものだから」
一番最初の出会いこそ、ラシャガルに危害を加えられそうになっている所をステラから関わりに行ったようなものだが、それからはほとんど交流なかったし……本格的に友人として付き合うようになったのは、ツェルトが人質になったステラを助けて、屋敷まで毎日会いに来てくれるようになったからだし……。
「毎日……、何てマメな性格。小さな出会いでも積み重ねるしかないということ……?」
「意外ですけど、ヒントは得ました。やはり一朝一夕にはいかないという事ですね」
「懇親会後の流行は、マメマメしい性格」
そう言って、納得したらしい彼女らは礼を言って去っていく。
「あれで良かったのかしら」
大した事を言った覚えはないのだが、力になれたのなら何よりだ。
そう言えば聞いた事なかったけど、ツェルトって最初の方から割と私への態度が友好的だったわよね。
どこが気に入ったのかしら。
強いところとか……いや、まさか。その頃は普通の貴族の子供だったし。
髪の毛でよくツェルトに遊ばれてたから、ステラの髪の毛とかが好きだったとか?
いやいや、もしかして見た目が好みだったとか?
「ツェルトは私のどこが良かったの……?」
今度で会ったら聞いてみようと思った。
そんな事を考えていると意外な人物が紛れている事に気が付いた。
「ニオ?」
「ステラちゃーん」
ニオは半泣きになりながらこっちに抱き着いてきた。
「エルが構ってくれないんだよ。ねぇ、ニオウザい? ツェルト君みたいにウザい? 最近よそよそしいんだ。うぇーん」
ニオはツェルトほどウザくないわよ。
抱きついて泣きついてくるニオをとりあえずなだめすかして、落ち着かせてから事情を聞く。
何でも例の任務の後から、エルランドの態度が少し変化して、時折り会話がぎこちなくなる事があったり、視線をそらされたりするらしい。
「帰還の準備で、ユリシアと喋る時間が長くなってるし。大変だよ、このままじゃエル様がユリシアと仲良くなっちゃう。どうしようステラちゃん。どうしよう!」
「落ち着いて、ニオ」
こちらに掴みかからんばかりの気迫で来られて面食らう。
ネガティブに考えすぎだと思うのだが。
色々あったのか、アクリの町では中良さそうにしていたと言うのに一体何があったと言うのか。
「ニオがじーっと見つめても、いつもみたいに天然な顔して「何ですか? ニオ」って言ってくれないし、手が滑ったふりしてさりげなく触ったり抱きついたりしたら、「今は顔を見ないでくださいね」って逃げられちゃうんだ……」
それって……。
思い当たる可能性があるのだが、ニオは気が付いていないのだろうか。
いくら、そちらの方面に鈍いステラでも、もしかしたら程度には思う可能性があるのに。
「まさかエル様が、ニオが考えてるようなそんな都合の良い事になってるわけないし。うぅ……ステラちゃん助けてー」
彼女は考えすぎて返って鈍感になってしまってるらしい。
「理由が教えてもらえないんだったら、やっぱり本人に聞くしかないと思うわよ。こういうのはちゃんと話さなきゃいけないと思うわ」
「やっぱり……、そうだよね。ようしっ」
かといって、ステラの口からそれを言うのも何だか違う気がするので、本人達に努力してもらうようにするしかないのだろう。
そんな風に、元気を出したニオをエルランドの元へと送り出したところで、視界の中で代わりに鳶色の頭を発見した。
複数の女の子に言い寄られている。
「……」
貴方には恋人がいるんじゃないの?
何やってるのよ。
思う、だけど言えない。
最近はちょっとずつステラの素が周囲に明らかになってしまってるのだが、そうそう簡単に人は変われるわけではないので、言えない。
ニオやカルネやアリアあたりならまだいいが、他の人の前ではまだ駄目だ。
「もう、ツェルトの馬鹿」
でも、文句を言うぐらいはせめて許してほしい。
だってあそこにいるのは、世界でただ一人の唯一……ステラのツェルトなのだから。
しかし、そんな我慢しているようでしかしひそかに威圧してしまっているステラの視線に気が付いた女子の何人かが、小さく悲鳴をこぼすのは数秒後の事だった。
なぜかある時を境に波が引くように去って行った女子達の代わりに、ツェルトは学生時代からのなじみである連中にからまれていた。
「なー、ツェルト。俺の嫁どこにいるんだよー」
「弟子はできても女の子ができないんだ」
「助けてくれ、頼む」
「うっとしいお前ら。は・な・れ・ろ。ステラ見失っちゃっただろ」
情けない顔して縋り付いてくる彼らも必死なのだろう。
息の合ったコンビネーションでこちらを離脱させまいとしてくる。
卒業してから数年は経つのだが、未だに彼女ができていないらしい。
実力はそれなりにあるし、そこまで悪い性格もしてないのに、何故だろうと思うが目の前の光景を見て納得した。
「王都の学校出身の可愛い三人娘ちゃん達に狙い定めてるんだけどさあ」
「眼中にないって態度変えてくれないんだよー。手を変え品を変え、趣向をこらしてサプライズも仕掛けてるのに」
「どこが駄目なんだ。なあ」
そこが駄目なんだと言ってやりたい。
気持ちを伝える時の態度は真剣にな。困ってる時も。
俺みたいにふざけてると、相手にしてもらえないからな。実体験だぞ。
「大体、お前らが真面目な顔して呼ぶから来たのに、これって俺が来るとこじゃないだろ。ステラに誤解されたらどうするんだ。って、ステラは何でいるんだ……まさか。いや、巻き込まれたんだよな、良かった」
「一人で納得してないで、話を聞いてくれよ。同期の卒業生同士だろ、助けてくれー」
「というか、ずるいぞ。幼なじみ持ってるとか」
「出会いの少ない俺達には死ねと。一生一人でいろと」
いや、そんな事誰も言ってないだろう。
ずるいってなんだよ。そんなの選べないだろ。
とにかくうっとおしい彼等は、ツェルトを離す気がないようだった。
ステラの姿は視界にはない。今から探しても見つかるかどうか。完全に姿を見失ってしまった。
離脱を諦めたツェルトはその場にいる男達に恨みを込めて口を開く。
「手遅れだ、諦めろ」
「そこを何とか」「どうしても彼女ほしい、癒しが!」「やっぱり温かい家庭は必要なんだ頼むよ。ほんとに!」
逆効果だった。さらに必死にさせただけだった。
「ったく、仕方ないな……」
それで結局最後には面倒を見てしまうのだから、調子にのらせてしまうかもしれない。
そんな日があった日の夜だった。占いの師匠であるユリシアが用事でいないので、ただの散歩としてステラは空中庭園にいたのだが、そこにツェルトがやってきた。
「ツェルトは私に出会った時、どんな所が気に入ったの?」
「いきなり大きい質問来たな。びっくりした。でも言うぜ。そんなのステラの全てだよ」
「もう、私は真面目な話をしてるのよ。それも嬉しいけど、どこが特に良いとか、好きとかなかったの? 本当に?」
「どうしたんだよステラ。そんないきなり」
だって、気になるではないか。
ステラは別にツェルトは友達として好きだったが、どこが特に良いなんてなかったのに
「じゃあ、ステラは俺のどんな所が気に入ったんだ? ……って、これ無いって言われたら俺落ち込まないか?」
「それは……」
無い。というのはさすがに可愛そうだったので、一生懸命考えた。
それでよく考えてみたのだが、無いとは少し違うのだと気が付く。
「ツェルトがツェルトでいるところが、良かったわ」
「俺も同じだ」
彼が彼として、私を助けてくれたのが嬉しかった。
そもそもよく知らなかったから悪い所なんて知らなくて、あの時ステラの勇者だったツェルトなら、きっと何だって、仲良くなれるし気に入るだろうと思ったのだ。
ツェルトも同じなのか。
「きっと、特別な子なんだって思ったぜ」
つまりそういうものなのか。
良いところも悪い所もひっくるめて、その人がその人である事をあの瞬間に、互いが受け入れ合ったのだ。
……カルネと会った時とはちょっと違うわね。他の人とも。
あの時から、ひょっとしたらこうなる事が決まっていたのかもしれない。
ステラの隣にずっとツェルトがいる事になるのは。
「ちょっと安心したわ」
「何でだ?」
「だって、どこが好きだって分かったらそれをなくさないように頑張るけど、不安になるじゃない。ツェルトの気に入った私でなくなっちゃったらどうしようって」
「まあ、そうだけどな……。…そうだとしても俺は、それくらいでステラを嫌いになったりしないよ」
そうかしら?
「だって、人間って成長してるんだぜ。まあ時には退化することもあるけど。いちいちそんなの気にしてたら変われないだろ」
ツェルトのくせに考えてるみたないな言葉ね。
「ひどくね? 俺だってたまには難しい事考えるからな」
でもそうよね。
皆よくも悪くも変わっていくんだもの。
ちょっと変わったくらいで、好きだ嫌いだなんて言っていたら、付き合っていけないわ。
「ステラは変わって、ちょっと成長した。そんで今色々やってて昔と違うけど、俺はそんなステラが嫌いじゃないぜ。むしろ良い所だろ」
「貴方も成長したわよね。ちょっと考えるようになって強くなって、でもたまに調子にのる事は変わらないけど」
変わらない者はない。
変らないでい続ける事なんてできない。
変わってしまったものを、考えていたものと違うと切り捨てるのか、好きになるのか。
どうせなら好きになる方を選んで努力をしたい。
きっとその方が良いはずだから。
そう思った一日の事だった。
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