劇的に陰キャなわたしが、ドラマチックに高校デビューするためには、演劇部に入るという荒療治しかないっ!

ぞうじ

第1話 新歓公演 その①

 喜多きた高校演劇科新入生歓迎公演『青い鳥』。

 思えばこれが生まれて初めてまともに観るお芝居。別にわたしが役者で出演するわけじゃないんだけど、なんだかとても緊張する。


 受付を済ませ、会場の中に足を一歩踏み入れると、そこは真っ暗闇だった。辺りは少し息苦しいほどの静寂に包まれ、遠くで水の流れる音が聞こえる。


 係の人が、「足元にお気をつけください」と、懐中電灯で照らしてくれた。なんだかお化け屋敷みたいだ。


「ひっ……!」

 靴裏からの予想外の感触に、思わず変な声を出してしまう。

 --砂だ。砂が敷き詰められている。講堂内でこんなことをしても良いの……?


 暗闇に目が慣れてくるにつれ、自分が黒い幕とパーテーションで仕切られた一本道を歩いていることが分かった。

 ほどなく、わたしの目の前に、淡い青色に染まった幻想的な空間が広がった。


 想像していたような高い所に設置された舞台や、大きな緞帳どんちょうは影も形もなかった。かわりに、青い光に照らされたスペースの中央には象徴的な円形噴水があり、客席はその周囲を囲うように設置されていた。


 あの噴水も作ったのだろうか? 本当に水が出てるし。その傍らにあるベンチやゴミ箱も本物そっくりだった。

 ははあ。わたしにでもすぐ分かる。ここは〝公園〟だ。


 しかし、たかだか高校の演劇部がここまでするとは……。いや、別に甘くみていたわけじゃない。わたしにだって崇高な目的がある。良いじゃない、本格的な舞台。望むところよっ!


 で、いろいろと本物そっくりに作ってしまった弊害か、噴水の近くではキャップを被った男の子がグローブ片手にボール遊びをしていた。どこから入って来たのだろうか。


 わたしは、あららと眉をひそめながら、迷うことなく最奥の席に座った。おそらく演技スペースになるだろう場所と客席が近過ぎる。客いじりなんかされた日には……、恐ろしくて最前列になんか座れません。


 まだ空席が目立つ客席を見渡す。何かおかしい。他の客があの子を気にしてなさすぎる。

 男の子に視線を移す。わたしは、ハッとした。

 --違う。もう演技が始まってるんだ。


 わたしはパンフレットを確認する。キャストの一番上に、

『少年--伊丹七海いたみななみ

 と、あった。


 言われてみれば、黄色の帽子にTシャツ、短パンという典型的な少年ルックにしては少し背が高すぎる。さらに、長い髪は上手く帽子の中に隠していたが、きめの細かい白い肌と女性らしいは隠しきれていない。


 まだ開演時間までは、かなりある。いまさら、練習という訳ではないだろうし。もしかして、公演の風景の一部として最初からずっといるの……?


 わたしは、楽しそうにボール遊びを続ける〝少年〟を呆然と見つめた。


 あの人が今回の主役なのだろうかと思い、再びパンフレットを開く。キャスト表の役名は、少年、若い女、絵描きの男、サラリーマン風の男、チンピラ……など、抽象的な役名しかなかった。テレビや映画で考えると、全てが脇役っぽいと言える。観劇の作法がよく分からないわたしは、困惑するばかりだった。

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