第407話 本戦一回戦決着
「あの、なんでグーユはあそこまで執拗に仕掛けているんですか?まるで時間がないみたいですけど」
戦闘を見ていると、セレナが疑問の声を上げた。
「??どう見てもあの嬢ちゃんが優勢だろ?」
「だな。それに男の方はそこまでもたねぇし」
テンゴとマシラがセレナの問いにわかりきったことをという風に返す。
「???」
二人から具体的な答えが返ってこないと、セレナは寄り大きな疑問符を頭の上に浮かべる。それに見かねてイグニアが口を開く。
「なら、聞くが。今は二人の状態はどんなだ?」
「えっと、その」
「ここでは取り繕う必要はない、気軽に話してくれ」
「で、では……私はどちらも不利に見えます。イーゼは出血、そしてグーユは酒?の量が少ないから」
「そうだ、どちらも過ぎれば致命的になるだろう。だがこの状況で有利なのは、イーゼだ」
その言葉にセレナが再び口を開こうとすると、殿下は慌てるなといい、続けて口を開く。
「なにせその致命傷に至るまでの過程では有利だからだ」
「過程?」
「そうだ、お互いに酒と血を流させることを目的としている。グーユが何かを隠している可能性も捨てきれないが、現状だけで言えばグーユはただ消費していくのに対して、イーゼは血を魔具に吸わせて再利用が出来る。そしてグーユは責める一択しかない、なぜなら酒を飲まないならイーゼに普通に攻められるからだ」
イグニアの説明は追って説明する部分がなかった。
ここでグーユ視点になって考えてみると選択肢がない。酒を温存する選択肢をすれば、扇の魔具を使用したイーゼにあの特殊な強化なしで立ち向かわなければいけないからだ。もちろん、それでも勝てないこともないだろうが、やはり特殊な強化が封じられ、相手が魔具を全力で使用している状況下では負ける確率の方が高い。かといって酒を飲んでしまえば攻めるしかない。残り少ないストックを消費してまで逃げに徹するのは、イーゼがあとどれくらい出血できるかわからないため、やや不合理だからだ。
それに対して、イーゼは残り少ない酒を飲み干させるか、もしくは温存中という弱体中に攻撃すればいいという簡単な話だ。もちろん失血死、というリスクもあるが、それでも、普通に流れ出るだけならば猶予はまだあるだろう。また先ほどのイグニアの話にも出てきたが、イーゼは血を流せばその分を魔具に転用することが出来るのも有利な点だ。
この両者の視点を鑑みて、現状がイーゼの方が有利だと判断できる。
「なるほど、じゃあ、イーゼが勝つと?」
「優勢は間違いないだろうな」
イグニアは断言はしない。なにせ、グーユには起死回生の手が残っているかもしれないからだ。
そしてその言葉を皮切りに、戦闘は終幕へと進んでいく。
二人の攻防が続く中、最初に異常な行動を取ったのはグーユだった。
「仕方ねぇ、まだまだ、先に取っておきたかったが」
グーユはいまだに赤い筋が出ているのにも関わらず、再び、瓢箪の蓋を取り、口に咥え始める。
「っ!?」
どうなるかの予想がついたのか、イーゼは守勢からすぐさま攻勢へと変えて、迫る。
だがそのイーゼの姿をしっかりと捉えているのか、グーユは素早く後ろに飛び、できるだけ距離を取る。
「ぷはっ、ふっ」
酒を飲み終えると、グーユの赤い筋は色を変えて黄色へと変化していく。
そしてその変化が終えれば、イーゼは再び守勢に、グーユは攻勢へと変わっていく。
『戦いも佳境だということが私にもわかります!!グーユ選手は最後の瓢箪を使い果たし、残り時間は少ない!!それに対してイーゼ選手は出血しているがまだまだ余裕がありそうだ~~』
リティシィの実況を聞いて、先ほどまで熱のこもった応援をしていた観客たちは静まり返り、その瞬間を逃さないように沈黙し集中する。
真っ先に動いたのは当然ともいえるグーユだった。その動きは愚直に真っ直ぐと進み、最短でイーゼに迫る。
「っっっ」
イーゼは先ほどよりも二段階ほど速い速度のグーユに対して、驚きを見せるが、動きは変わらない。片方の鉄扇を開き、多くの刃を生み出すと、グーユに向けて射出していく。
だが
「それじゃあおそせぇ!!」
「はぁ!?」
散弾の様に射出された刃に対して、グーユはそのまま恐れずに進んでいた。ただ、それは体に受けてまでもというわけではなく、ほんの少ししかない隙間を通り、無ければ強引に刃を横から殴り、隙間を作って進んでいた。
そしてそれが予想外だったのか、イーゼの反応が少しだけ遅れる。だがそんな隙を見せてしまえば
ゴギャ
「あ゛あ゛ぁ!?」
グーユは愚直に真っ直ぐに進み続け、イーゼの前まで接近するとこぶしを握り、渾身のストレートをイーゼ腹部目掛けて放つ。
イーゼも何とか防御のため両の鉄扇を開き、盾の様に拳を防ぐのだが、衝撃が強すぎたのか、そのまま吹き飛ばされて転がっていく。
「がはっ!」
イーゼはうつ伏せから何とか仰向けになるが、内蔵に損傷を受けているのか、顔だけを横にして血を吐き出す。
「さすがにここまでの怪我を負えば動けないだろう。降参するかい?」
グーユはイーゼのすぐ横まで近寄ると、イーゼを覗き込むように立っている。
「ばだ、ばだ」
口の中に血が残っているのか、声をくぐもらせながらイーゼは答える。
「そうか…………苦しませずに死なせてやるから」
グーユはゆっくりとゆっくりと足を上げていく。どうやら一撃で完全にとどめを刺すらしい。
だが、それに対してイーゼは笑いをつくった。
「ば~が」
ゴギュ
イーゼの声と同時に、とても変な音が聞こえた。それはなぜだか脳に響き、とてつもない痛い幻痛を起こす。
『え?え?え?今の音はなに?それに、グーユ選手のあの顔は何なのでしょうか』
あの音を聞いても変な音にしか感じないのかリティシィは困惑の声を上げる。さらにはグーユだが、現在、白目を剥いて地面に倒れ伏せていた。
「ば、か、ゆ゛だしだな」
イーゼは吐血しながら、何とか体を動かし、鉄扇を閉じて分厚い赤い刃を作り出す。
『ここでまさか、まさかの逆転なのか!?』
イーゼはその震える体を動かして上半身を起こす。そしてを何とか腕を動かして、天に向けるように刃を構える。またそんなイーゼに対してグーユは完全に気絶しているのか、グーユはまったく動く気配はなかった。
「ん゛ん!!」
イーゼは痛がる体を動かして、今出せる全力でグーユの頭部に叩きつける。
そして両者の体が光に包まれると――
『決まった~~!グーユ選手が光に包まれて敗退!まさかの大番狂わせが起きたーーーー!!本戦一回戦の勝者は“破壊球遊”
ワァアアアアアアアアアアアアア!!!!
勝利宣言が行われると、歓声が一斉に沸き上がる。
ステージには光の粒子に包まれ、時が戻ったように回復したイーゼ、そしてステージ外には完全に光の粒子になって放出されたグーユの姿があった。
イーゼは満面の笑みを浮かべて、グーユは不貞腐れた表情で、完全に元に戻った装備についている瓢箪の一つを飲みながら、ずっと仰向けに倒れたままでいる。
『しかし、なぜグーユ選手が倒れたのか私にはわかりま―――ん?』
リティシィが疑問を浮かべているとすぐ傍に居る一人の文官が、何か耳打ちする。
『えっと、どうやらこのような事態は一度や二度ではないとのこと。そしてなぜグーユ選手が倒れたのかというと……金玉がつぶれたかららしいです。』
最後は、リティシィは首を傾げながらそういう。
(痛そうだな……)
少しだけグーユに同情するが同時に疑問が沸き上がる。
『予選ではこういったことが度々起きていたそうです。そのため、つけられた二つ名は“破壊球遊”!!』
(球とは、そういう意味か)
最初は二つ名の意味が分からなかったが、聞いてみれば納得できそうな部分がある。
『手段については残念ながら不明とのこと。ですが今回もそうですが、それを悟らせないイーゼ選手の手腕が巧妙だったのでしょう!!皆さん万来の拍手をイーゼ選手に!!』
リティシィの声に関わらず、会場には大歓声と拍手が鳴り響く。
こうして何とも情けない形で神前武闘大会本戦一回戦が終了した。
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