第354話 不和の予兆
≪※読み飛ばしにご注意を※≫
執務室にて先ほどユリアから出された条件を見せると気の抜けた返事が返ってくる。
「これは、なんともまぁ、だな」
執務室にいるのはゼブルス家現当主であるリチャード・セラ・ゼブルス。つまりは俺の父親だった。容姿は一言で言えば少し太っている優しいおじさんで、瞳の色はこの父親から受け継いでいた。ちなみに数年前と比べても身体に全く変化はない。
「正直よくこの契約を結んだと、グラキエス家を褒めたくなりました」
「その点には私も同意だ」
ドワーフの技術力の高さを知っていれば、同じ国の貴族は称賛の声を上げるだろう。
「で、バアルは何を聞きたい?」
「端的に言えば、現状の仕事を誰かに任せてでも行くべきかを相談しにです。ゼブルス家からしてもかなり旨味がある提案だと思いますので判断に悩んでいます」
「だろうな」
南部は農業技術は高いが、やはり東部に比べると鍛冶技術は数段劣ってしまう。今回でドワーフの技術の一部を得られるなら得な話だ。
「うぅ~ん…………正直なところ、私はいくつかの条件をクリアすれば受けてもいいと思っている」
「これ以上の譲歩は望めないと思いますが」
「だろうな、今のグラキエス家とゼブルス家の現状を考えれば、普通の条件ではバアルを動かすことはできない。まぁ骨までしゃぶりつくしたいなら話は別だが」
「そんな事をしたらイグニア殿下が勝利した際の繋ぎ手がいなくなる可能性が出てくるでしょう」
ここで無理に搾取して、イグニアのパイプ役との関係が悪化させる必要はない。何より略奪の様な搾取をするほどゼブルス家は困窮していなかった。
「では条件とは?」
「まず、バアルが招待を受ける時、エルド殿下から受けてもおかしくない理由を付けること。二つ目が道中にかかる費用のすべてをグラキエス家が出すこと。だが正直この条件は飲んでも飲まなくてもどちらでもいい」
「そうですね」
「三つ目に、護衛はこちらで手配すること、人数については相談することになるが最低でも50は超えるようにすること」
ここまでの条件はよく理解できる。なにせ人数を絞らなかったら、クメニギスで俺は攫われることは無かったかもしれないからだ。
「最後に、と言ってもこれはバアルへの条件だな」
全てグラキエス家への条件だと思ったら、そうではないらしい。
「俺に条件を出す意味がありますか?」
「いや、無いが、これは伝えておかないと後々問題になりそうなのでな」
父上の言葉に眉を顰める。
「アルベールを一緒に連れていくことだ」
「…………なぜ?」
「バアルも、わかるだろう?」
「…………」
ここでアルベールの名前を出すことの意味が分からないわけがなかった。
「正直なところ、こんなことになって残念だよ」
父上は立ち上がると訓練場が見える窓を開け放ち、複雑そうな視線を向ける。
「バアル、『清め』でも起きていたが…………この2、3か月で私は知り合いのパーティーの多くにアルベールを連れて参加した」
ここまで聞けば、あとのことは大体理解できる。
「幼いころから魔道具を作り、商会を立ち上げ陛下の覚えも良い。成人していないにも関わらずノストニアとの縁を繋ぎ、小国とは言えアジニア皇国の大使の後ろ盾になるほどに力を持った。それがお前だバアル」
「…………」
「そして時間は流れることに比例してお前の持つ権力や財力は増えている。やや年が離れているとはいえそんな兄がいるならばと、弟にはどんな期待がされる?」
当然、同じような才能や技量を期待され、比べられることになるだろう。
「アルベールはきちんと教育を受けている。そして優秀な成績だと教師陣からも報告をされている。だが…………それは秀才だという事、いくら努力しても鬼才にはなれない」
「……結論を」
「社交界では常に功績があるバアルと比べられていて、劣等感を感じている。ここ最近、二人の間がギクシャクしているのは感じているだろう?」
父上の言う通り、最近のアルベールの反応は以前に比べて少し違和感を感じていた。
「今は劣等感を感じつつもひたむきに努力しているからいいが、これが挫折に変わったとき、アルベールがどうなるかが心配だ」
『兄弟仲は良くしていたほうがいいよ』
父上の言葉で『清め』の時にレナードから告げられた言葉を思い出す。
「父上はニゼルの様になってしまうと?」
「……うちの子だからありえない、と言い切りたいところだが、言い切れないのがとても歯がゆいね」
父上はひとしきり窓の外を眺めると、再び椅子に座る。
「だからこそ、そうなってしまわぬように二人で共に大会を観戦しに行って、問題が無い様に兄弟仲を深めておいてほしい」
「そういう事ならば、こちらに異論はありません」
こちらの返答に納得したのか父上は何度か頷く。
「では、話を戻そう。一応確認だがバアルは行く方向に傾いているのかな?」
「ええ、理由は言うまでもないでしょう」
俺と父上は双方苦笑して話を進める。
「そうだね、
今の、と付いているのはゼブルス家が現状で行っている事業に金属類が欠かせないからだ。
「飛空艇、リクレガの砦、ゼウラストの拡張、この三つに最適な合金が手に入るなら行くべきでしょう。それになにより、ドワーフの冶金技術は値段を付けられないほどの代物です。ただ招待に応じるだけで手に入るのならば行くべきだと判断します」
「うむ、そこの判断は私と変わらない」
値段が付けられない意味を理解できない者はこの空間にはいなかった。
「あとはアルベールが了承すれば、ユリア嬢に返事をしましょう」
「ならアルベールを呼ぼうか?」
「いえ、今の時間なら修練中でしょう。ならば、獣人達もいるはずなので、そちらの確認も兼ねて、俺が出向きますよ」
「そうか……さっきも言ったが、気を付けるんだよ」
父上のその言葉を聞くと、リンを伴って、アルベールのいる訓練場へと移動する。
「兄弟仲は良いと思うのですが」
訓練場に向かう道中、後ろから呟くような声が聞こえてくる。
「リンはそう感じているか」
「はい」
足を止めて振り向くと、最初の従者であるリン・カゼナギがいる。長い黒髪を邪魔にならないように後ろに束ねており、その腰にはカゼナギ家から持たされた宝刀“空翠”が携えられていた。そして瞳は宝石のエメラルドの色をしており、整っている相貌と艶のある黒髪に相まって優艶な雰囲気を醸し出している。また年齢は二つ上なのだが、その分女性的な魅力は成長している。
「もちろん悪いわけじゃない。あくまで予防措置としての案だ」
「予防ですか?」
リン、俺とアルベールの仲が悪くなる想像ができないのか、疑問の様な問いかけが返ってくる。
「憎む相手と動機と機会が揃ってしまえば簡単に罪を犯すように、仲が悪くなるための下地と出来事があったら、それは嫌悪の始まりになる。そこに家族や両親だからと言う例外は存在しない」
「それは…………」
リンにも身に覚えがあるのか、否定する言葉が出てこない。
「安心しろ、そうならないために仲を深めに行くつもりだ」
その言葉を告げると、再び前を向き歩き始める。
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