第321話 祝福という名のからくり

 中央から聞こえてくる声で思考を一時停めて、そちらに視線を向ける。そこでは神官たちが瓶から何かしらの液体を振り撒いているところだった。


「懐かしいね、バアルはあの正体に心当たりは?」

「どうでしょうね、とりあえずは神々の加護でいいのでは?」


 父上が懐かしそうに声を掛けてくる。おそらく祈りの姿勢だった子供たちはあの温まっていく感覚を感じていることだろう。


(アルベールは何ともな表情をしているが、シルヴァは違うな)


 アルベールは手を開いて何度も開いたり閉じたりして感覚を確かめている。それに対してシルヴァはほんの少しかかった液体を指で触り観察している。


「では神の加護を確かめる、名前が呼ばれたらこの水晶の前に来てください。まずはアルベール・セラ・ゼブルス様」

「はい」


 祈りの姿勢を終え、子供たちが立つといよいよステータス鑑定が行われる。


「バアル、先達から一つ助言だ。兄弟仲は良くしていたほうがいいよ」


 アルベールが水晶への階段を上っている間、隣でレナードはそうつぶやく。


「ご安心を、仲は良い方なので」

「そうかい?ならいいけど」


 アルベールが階段上り切り、水晶まであと少しの場所まで進む。


「君と君の弟の仲が良いままであることを祈るよ」


 横目で確認すると、レナードは悲しそうな目でアルベールを見ていた。


 そして次の瞬間に、アルベールが水晶に手を乗せる。そしてステータスが空中に表示された。



 ――――――――――

 Name:アルベール・セラ・ゼブルス

 Race:ヒューマン

 Lv:1

 状態:普通

 HP:72/72

 MP:81/81


 STR:11

 VIT:8

 DEX:9

 AGI:7

 INT:10


《スキル》

【剣術:14】【火魔法:2】【風魔法:3】【雷魔法:4】【身体強化:2】【算術:4】【礼儀作法:7】

《種族スキル》

《ユニークスキル》

 ――――――――――


「「「「「「「「おぉ?お~~~~」」」」」」」」


 アルベールのステータスが表示されると、周囲から声が上がるのだが、何とも淡白な声色が多かった。


 隣にいるレナードを見てみると、アルベールに悲哀の様な、郷愁の様な、親愛の様な視線を送っていた。


「普通、だな」ボソッ

「おい」ボソッ

「聞こえたらどうする」ボソッ

「だが比べると」ボソッ


 本当にかすれたような声でどこかしらの会話が聞こえてくる。その中には俺の時のことも知っている者がいたらしく、微妙にやや落胆と言った感情が見え隠れした。


(……ああ、これか・・・


 アルベールは階段を下りてこちらにやってくるのだが、周囲の視線に何かしらの違和感を感じているようだった。


「次にディエナ・セラ・アズバン様」

「は、はい」


 次にディエナ嬢が壇上に呼ばれる。そして階段を上り水晶に手を触れる。


 ――――――――――

 Name:ディエナ・セラ・アズバン

 Race:ヒューマン

 Lv:1

 状態:普通

 HP:68/68

 MP:92/92


 STR:7

 VIT:7

 DEX:11

 AGI:8

 INT:13


《スキル》

【火魔法:3】【水魔法:2】【風魔法:3】【謀略:1】【礼儀作法:7】【化粧:21】【裁縫:8】

《種族スキル》

《ユニークスキル》

 ――――――――――


「「「「「「「「「「おおぉおお!」」」」」」」」」」


 今度はアルベールとは違い驚くような声色が多かった。


「子供ながらに【謀略】とは、数年ぶりですな」

「しかり、【策略】でないのが残念ですな」

「いやいや、子供ながらにある程度魔法も習得していると聞きますぞ、そう考えれば才能はかなりの物だと思いますが」


 先ほどのアルベールの時とは違い、好意的な意見が多くある。実際、10歳で【算術】の上位スキルである【謀略】や【策略】があるのはかなりの才能を持っていることを表していた。


(なにせ、子供ながらすでに知識や舌が立つことを表しているからな。貴族からしたら賞賛物だろう)


 周囲の視線や声聞いてディエナ嬢はおどおどした雰囲気を出すが、壇上の上で一礼してからゆっくりと降り始める。


「次、シルヴァ・セラ・ゼブルス様」

「はい」


 ――――――――――

 Name:シルヴァ・セラ・ゼブルス

 Race:ヒューマン

 Lv:1

 状態:普通

 HP:85/85

 MP:99/99


 STR:7

 VIT:8

 DEX:9

 AGI:11

 INT:15


《スキル》

【水魔法:2】【風魔法:3】【身体強化:2】【策略:3】【礼儀作法:8】【化粧:6】【裁縫:5】【見識:12】

《種族スキル》

《ユニークスキル》

 ――――――――――


「「「「「「「「「「おおおおぉ!」」」」」」」」」」


 シルヴァの結果が映し出されるとディエナ嬢の時と変わらないほどの声が上がる。


(【算術】ではなく【策略】か、まぁシルヴァらしい)


 シルヴァはアルベールよりは物の見方が上手と言えるので高レベルと言える。算術もしくは上位スキルを持っていることは予想がついた。


(予想外なのが【見識】だな。これまた珍しいスキルだ)


【見識】のスキルはそう珍しいものではないが、貴族からしたら珍しい部類に入る。なにせこのスキルを持つ者の大半が鍛冶師や薬師などの生産職、商人などの品物を扱う者だった。


「さすが、バアル殿の妹ですな」

「然り、然り」

「おそらくは弟は武勇に優れた教育を行い、妹に知識に優れた教育を行ったようですな」


 囁かれた最後の声でほとんどの貴族が納得の声を上げる。


 だが


(そんなわけがないだろう)


 無言で笑顔を保っている中、心の中でそうつぶやく。


 なにせゼブルス家からしたらアルベールは、もっと言えば次男は長男のスペアとなる存在だ。もし長男に何かあったときは次男が代わりをする必要があるため、そんな変に偏らせた教育をするはずがない。それにアルベールに俺の補佐をしてもらうつもりならより知識の方に重点を置いて教育を行うだろう。


(この結果は気質の違いだな)


 アルベールは運動よりの気質でシルヴァは知恵の気質が強かった結果がこれだった。


「バアル君、兄弟関係で何か相談事があればいつでも頼ってほしい」


 レナードはそういうと少し離れた場所へ移動する。シルヴァが壇上を下りると、三人がそれぞれこちらにやってくる。


「どうでしたか」

「ああ、二人ともよかったぞ」


 父上の元に行き、評価されてうれしそうな顔を浮かべるアルベール。


「兄様」

「なんだ?」

「あの液体は何でしょうか?」


 そしてシルヴァは液体に触れていた指をさすりながら問いかけてくる。


「なんだと思う?」

「まず普通の水じゃないですね。少し粘り気があって、草に似た匂いがするから何かの薬品だと思う」


 どうやら神々の祝福(笑)を信じてはいないらしい。


「じゃあ、それを軽く振りかけられてどんな症状が出た?」

「体が暖かくなって、心臓の音が速くなった。そしてそれ以外にはほとんど症状がない、となると……軽い興奮剤ですか?」

「正解」


 シルヴァの答えに頭を撫でながら答えて上げた。


(正確には速乾性の興奮剤で、気化した空気を吸うことで興奮作用が出るという代物だが)

「なるほど、何もわからなければ祝福と勘違いしてもおかしくありませんね」


 シルヴァの言葉は全くその通りだった。


(信仰を産めばそれでよし、そうでなくても神はいると錯覚させることができるからデモンストレーションとしては十分だろう。まぁ大人になれば嫌でもわかるが、それで十分だ……それより問題は)


 視線をアルベールへと向ける。しっかりと仕組みを推測して理解することが出来たシルヴァと違い、アルベールはいまだにそのからくりに気付く様子はなかった。


(これから否応なく様々なものと比べられることになるだろう、その時に変な影響を受けなければいいが……)


 ふと視線がレナードの方に向く。そして連想させられるのがあまり評判のよくないアズバン家の次男だった。









 その後も、幾人もの貴族の子弟の名前が呼ばれて壇上に上がっていき鑑定を行う。そして全員の鑑定が終われば、神官の一人が締めくくりの言葉を唱えて『清め』は終了した。















「さて、バアルは予定通りルナイアウルへと向かうのかな?」


『清め』が終わり、神殿を出て、馬車で屋敷の入り口まで帰ってくると父上が訊ねてくる。


「ええ」


『亜空庫』を開きクラリスたちの現在地を確認する道具を取り出す。


(あと数時間でルナイアウルか、丁度良さそうだ)


 予定では今日中にクラリスたちがルナイアウルに入り一泊する予定だ。俺はその間に合流する手はずになっている。そして明日になれば俺とクラリス、リンのみでノストニア側の交易町に向かい、そこからアルムの元まで移動する手はずだ。


「では行ってきますが」

「うむ、夜会の方は任せておいてくれ」


 王都の方は夜に夜会が存在しており、アルベールとシルヴァはそちらに参加することになっている。だが、俺の時と違う点が一つある、それはパーティーがあるのは今日だけと言うことだ。


(あの時はエルドとイグニアが同時に『清め』を受けたせいで3日に引き伸ばされたからな……まぁ双方の派閥が手を回したんだろうが、今回はその必要が無いからな)


 それぞれの派閥が存在を示すために無理やりパーティーを引き延ばした結果があの三日間だった。あの時の、そして現在のグロウス王国の情勢を考えれば無理もない部分が多いい。


(一応忠告した方がいいか)


 当然今年の『清め』のパーティーは一日しかないとなればそれぞれの派閥が多くの人を出して二人を見物に来るだろう。もちろん中には言葉巧みに言質を取りに着たり、幼いながらも色仕掛けを使って二人を勧誘しようとする連中も増えることになる。


「二人とも夜会では十分に気を付けるように」

「?はい」

「はい」


 シルヴァは意図した意味を理解してしっかりと頷くのだが、アルベールは何を気を付けるのかわかっていない様に頷く。


「わかっているのか?二人にとって初の夜会だが、相手はためらったりはしてくれない」


 『清め』は何も祝福を受けるだけではない。それ以上に公の場に出すための通過儀礼として捉えられているため、身内以外のパーティーは『清め』を受けた子弟なら初となる。


「安心しろ、私たちがついているから大丈夫だ」

(「母上は信頼できますが、サボり癖がある父上は何とも……」)

「がはっ!?」


 思わず口にしてしまった言葉を聞いて父上は膝から崩れ落ちる。


「私がリチャードから目を離さないから大丈夫よ」

「それならば」


 母上の言葉に納得して頷くのだが、父上はその光景を見て涙目になる。


「それでは行ってきます」


 何ともな家族の姿を見たあとは空に視線を向けて『飛雷身』を発動し、ルナイアウルへと移動し始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る