第241話 新たな援軍

 エレイーラと別れてから10日後、俺たちはクメニギス国内に入る。


 だが最西にあるフロシスには立ち寄らず、さらに東にある誰でも入れるであろう小さな村にまで進む。本来ならフロシスに立ち寄り、馬を手配して『亜空庫』に入れた馬車を使いたかったのだが、あの門番に会い疑問を持たれるリスクが生じるため、避ける。


「さて、ルナ、以前頼んでいたリストは仕上がっているか?」


 現在、魔道具の通信範囲内に存在する小さな村にある宿の一室。誰もいない部屋の中で次の段階に移るために、通信機でルナに連絡を取る。幸い、現在は真っ昼間なので宿には人が少なかったため通信しやすい環境だった。


『はい、まず―――』


 以前、ルナに連絡を取っていた時、俺はクメニギスの違法奴隷関係の情報をルナに求めていた。


『違法奴隷を扱っている裏組織は地方ごとに分かれています。まず――』


 ルナの報告ではクメニギスはまるで違法奴隷組織の縄張りとでも呼べるものが存在しているらしい。大まかにいえばその範囲は各王位継承者の地方と同じように分かれているとのこと。


『次に、それぞれの裏組織と主要売買先ですが―――』


 ルナからそれぞれの組織図と主だった顧客リストが報告される。


 情報量は鉱山地帯が多くある、北西が他を大きく引き離して多かった。そしてその顧客リストに聞いたことがある名前がいくつも並んでいた。


「なるほど、そしてルナ、お前たちはグロウス王国からの違法奴隷も把握しているか?」

『……はい』


 以前アークたちがかかわっていた裏オークションでもグロウス王国からの奴隷が存在していた。


 本来なら保護する立ち位置なのだが、たった数人で国防に関わる情報が得られるならと見逃されている部分がある。


 だがやはり本来は保護する立ち位置には変わりがないためルナの声は暗いのだろう。


「先ほど挙げた名前の中でグロウス王国の奴隷を多く所有している連中はいるか?」

『残念ながら、数は少ないでしょう。身元が分からなければいくらでもごまかされるとはいえ、ただの人族ならわざわざグロウス王国から奴隷を買い込むのは少しとはいえリスクがありますので』


 グロウス王国からの奴隷とクメニギスからの奴隷は種族的な違いは全くない。あるとすれば身体能力や美貌、もしくはユニークスキルなどだが、それでもばれた際のリスクを考えればわざわざグロウス王国から仕入れる理由は存在しない。よほどの美人か能力を持つ人物でなければまず需要はない、なにせ国内の奴隷でも事足りるのだから。


「だが、傾国とまでは言わないが、そうそうお目にかからない美人ならわざわざ買う連中もいるのだろう?」


 グロウス王国から攫われた平民たちをグロウス王国の国民だと証明するのが難しい。村一つを滅ぼして、わざわざクメニギスに輸入しているなら、その存在を証明するのはやはり難しくなる。


 仮にそうでなくてもはるか遠くに送られれば、そこで生まれたと偽装されてしまえば、こちらは何も言えなくなる。もちろん人間関係で証明できればいいのだが、ただの平民からの声ではそう強い証明にはならない。仮に証明するのが貴族の場合だが、むしろこちらの方が困難だろう。貴族が顔を覚えるほど、よく接触している人物は限られている。そしてその大半が村長といった平民の中である程度立場が高い人物か、視察の際にあてがわれた女性だ。まず村長といった立場になる平民はほぼすべてが男だ。まれに女性の村長もいるが、それなりの年齢で実績も必要となるため若い人物とは到底言えない。そしてそんな人物が攫われることなどまずない。また女性の場合だが、こちらの用途はかなり限られているため外に出されるということはほとんどない。美しい宝石は手の中で愛でてこそというやつだ。こういった点から違法奴隷についてを言及するのはかなり厳しい。


 そしてその攫った人物が高額な商品となるなら人攫いを行う連中もいるだろう。それこそ村を一つ滅ぼしてもというほどに。


『確かにいないとは申しません。ですが、先ほどもいましたが、ばれた際のリスクがあるため、そう多くはないのです』

「人数についての議論はどうでもいい。お前が得た情報の中でグロウス王国からの違法奴隷を持っている連中を調べ上げてくれ。それもできるだけ人数の多い連中を重点的にだ」

『わかりました。ですが、それを行ってどうするつもりですか?国から違法奴隷について抗議しますか?』

「いや、やるならもっと手っ取り早く、かつだれがどう見ても正義面として見られるような立ち位置になるだけだ」


 国として抗議の声を上げる。もちろんそれでもある一定以上の成果は生み出されるだろう。相手国への精査の要求、防犯強化、奴隷制度反対派の力になるなどなど。だがここで一つ問題なのが、この方法だと時間が掛かってしまう点だ。マナレイ学院が解析と対策を打ち出すまでというタイムリミットがある中でそんな悠長なことはしていられない。


「どれくらいで調べ終わる?」

『そうですね、名前性別などの詳細な部分を省いた数だけであれば、おそらく7日あれば十分な調査は可能でしょう』

「じゃあやれ」

『あの………私結構激務をしてますよね?なら何かの褒美ぐらいは期待しても?』

「…………はぁ~俺から給金とは別に支給してやる」


 暗部なのだから動け、と言いたかったが、少しの金で作業効率が上がるなら必要経費と思い、金を出す。


『!!わかりました!すぐに動きます!!!』


 この声を最後に通信機が切られる。


(文字通りの現金な奴だな………それと)


 通信機の発信先を変更して、もう一人の重要な人物に掛ける。


『久しぶり、元気にしていたかい?』

「相変わらず軽いな、アルム・・・


 アルム、現ノストニアの森王であり、将来俺の義兄となるだろう人物だ。


「以前に言った通り、直にフィルク聖法国の軍はルンベルト地方から撤退する」

『前に言ったけど僕に動いてほしいなら、その確証が欲しい。何をやったか説明してくれるかな?』

「もとから、そのつもりだ」


 それからフィルク聖法国には聖女という立場の人間がいること、そしてそのうちの一人が、俺の手元にいることを明かす。


『はは、バアルはカードの引きが強いね。掛札をやったら一度で役が出そろうのが多いのかな?』

「さぁな、それよりも協力を頼みたい」

『そうだね、もしバアルの言葉通り、フィルクが撤退しているなら僕の力が大きな助けになるだろうね』

「……値上げなら受け付けることはないぞ?」

『はは、僕の協力がなくてノストニアを巻き込むつもりかな?』

「その通りだ」


 ノストニアを否応にも今回の戦争に巻き込む方法は存在している。だがやはりアルム自身に協力を取り付けているのとはかかる手間が格段に違う。


『クメニギスの奴隷制度の改定、そして現在クメニギス国内にいるであろうエルフの解放、あとは獣人の伝手と大量の賠償金が見返り?』

「ああ」

『できるの?』

「お前の協力があれば確実に」


 それから通信機の先で吟味する声が聞こえてくる。


「さらに今人族を嫌っている連中がいるだろう?」

『ああ』

「うまくいけばそいつらを取り込むこともできる」


 ノストニアは現在人族に興味を示している勢力と、様々な理由で毛嫌いしている勢力がある。その中でアルムは興味を示している勢力に入っており、現在も人族との交流を広げようと尽力している。


『奴隷制度を導入しているクメニギスをつぶすことに大樹達は賛成を示すだろうね』


 今までの生誕祭の時、何度かエルフの樹守に出会ったことはあるのだが、大樹達には歓迎されたことはなかった。そして人族から受けている害の一つが消せるなら協力する可能性が高いだろう。


「ああ、そしてアルムもただ人族との交流を広げているわけではないと証明できる」


 アルムがここでクメニギスをつぶすことを推進する。それは奴隷問題を解決しようとしている姿勢を見せることができることになる。また大樹達からしたら、人族の蛮行をエルフに知らしめるためのいい宣伝になるだろう。


『今の僕は協力する方向に思考が向いている。だけど、それを決定付けるには君がこれから何をしようとしているかを教えてほしい』


 今回の話でアルムには多くのメリットが舞い込んでくる。逆にデメリットの方は少ないくらいだ。だが国の総意として動かすには少々踏み出しづらいのだろう。


「ああ、それは―――」


 そしてこれからのプランをアルムに秘密にする必要はない。アルムが協力するならよし、そうでない場合は多少手間暇はかかるが、アルム抜きでことを起こすつもりだった。


『なるほど………なるほどね』


 説明を教え終えると何度もうなづくような声が聞こえてくる。


「さて、返答は?」

『答えは是だね。協力しないで勝手に国が動く事態になるよりも、君に協力して少しでも事態を制御する側に回る方がよさそうだ』


 自分のいないところで話が進むのは勘弁という具合にアルムは協力することを決意する。


「じゃあ、差し当たって、ノストニアの軍を少なくとも2千は用意してもらいたい」

『了解。ノストニアの威信を示すためでもある、派手にやっちゃって』


 こうしてノストニアの協力を取り付けることに成功した。

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