第213話 終わりの予感

〔~バアル視点~〕


「にゃははは、父さん、大暴れしてるね~」


 レオネの隣で、戦場を俯瞰するが。


「……えぐいな」


 率直な感想を述べればこの一言だろう。


 なにせバロンが突撃していった先が溶岩地帯・・・・になっているのだから。


「まるで動く災害だな」


 バロンの体に亀裂が入るとただ聖騎士に近づいていく。ただそれだけなのにで一番近くにいた兵士が苦しみだしたのが始まりだ。


 その原因はバロンを見ていることで理解した。


 体に亀裂が入ったあと、バロンが残した足跡に変化があった。最初はただ土に形が付くだけだったのだが、次第に黒い部分が見られるようになり周囲にある草花が枯れる。また数歩歩くと今度は足跡が黒から赤い色に変化する、この時点になるとその足跡の周辺では草木は一瞬で灰になって消えていった。


 そしてそこまで観察すれば推察は可能だ。


「バロンの力は熱か?」

「うん、そうだよ」


 レオネは隠すことなく教えてくれる。


 バロンの【獣化】の元は“灰燼大獅子イラプションヴォルレオ”という獣で、活火山で生活しているとのこと。そしてその特徴はその体から発する超高温の熱。ただ居座っているだけで周囲のすべてを灰にし尽くし、自身の周囲は溶岩となってしまうとのこと。


「あれでもまだ抑えている方だよ。話に聞いたところ何回か前の魔蟲の時は父さん一人で『王』を倒したって聞いたから」


 ただその強すぎる力の代償もあり、戦った場所はまるで火山のようになっていて、元に戻るまで何年もの年月がかかったとのこと。


「今はアシラたちがいるからあれだけで済んでいるけど、本気になったら一人であの銀色を壊滅できるんじゃないかな?」

「…………」


 この言葉からバロンの評価を上方修正することになった。なにせバロンは『獣化解除ビーステッドディスペル』が効かない、もちろんやりようがないわけではないが、それでもひどく手古摺る相手には間違いないだろう。


 この情報を知れたのが収穫であると同時に不必要だとレオネが言って事が理解できた。


「(バロンは大丈夫そうだな)そういえば他の三人は」

「うん、絶好調だね。母さんは鎧事切り裂いているし、テンゴさんの攻撃は防いでも意味ないし、マシラさんに至っては遊んでいるね」


 三人はマシラを逃がすように動いていた。マシラの部隊の退路をテトが切り開き、マシラとテンゴが逃げるアシラの殿となり追撃を許さない。


(にしてもどうなっている?)


 テトは四足歩行の姿になっているのだが、体のいたるところから鋭い刃を生み出していた。つぶさに観察してみると毛が固まり刃になっているのが見て取れた。


「ガァ!!」


 ジャキン


 肩に生えた鋭い刃は鎧をものともせずに切り裂いてしまう。


(金属よりも固い体毛って存在って……)


 目の前の光景が非現実的すぎて思考放棄しそうになる。


「まぁ父さんもお母さんも派手だからね、テンゴさんも派手っちゃ派手だけど」


 レオネの言葉でテンゴに視線を向けてみると。


 ドン!


 ベチャ


「うぇ」


 大きなゴリラとなったテンゴさんが掌で鎧を叩くと鎧の中から大量の血液が流れる。


「あれはどうなっている?」

「あれね~、テンゴさんの掌は特別でね~掌の一撃はどんな防御も意味ないよ」


 テンゴの掌から出される一撃は防げないと説明してくれるが、理屈は知らないとレオネは言う。


 パァン!!


 テンゴが上からビンタをすると兜が胴体の中に埋もれていく。


「っ、アレは痛い」


 やられた当の本人は痛いどころではないと思うが見ているだけで頭が痒くなりそうだった。


「それに比べてマシラは地味だな」


 ただ俺が上げた鉄製の棒を自由自在に振り回して攻撃し、剣や槍、魔法と言った攻撃を打ち払っているだけだ。


「あ~うん、地味なんだけど、特殊な力がない奴からしたら一番厄介なはずだから」


 見ている限りそうは思えない。ただ大勢に大立ち回りしている武芸者という印象しかない。


「はあ!」

「っは、せりゃ!!」

「くらえ!!」


「はははははは」


 兵士がマシラを囲み立て続けに攻撃を仕掛けるがマシラはそれらを笑いながら迎撃したり回避したりする。


 しばらくその場は膠着こうちゃくする。


「…………なんか違和感があるな」


 マシラの戦いに何らかの違和感を感じるのだがそれが何かと聞かれても答えられない。


「うん、始まるね」

「?」


 レオネの言葉の意味がよくわからなかったが、次の瞬間、言葉の意味が分かった。


「ふっ!!」

「「「「「「!?」」」」」」


 一瞬のうちに六人の頭が吹き飛ばされた。


「へぇ」

「ね?」


 先ほどの戦闘とは打って変わり、マシラは数秒と掛けずに一人、また一人を倒していく。


「だが、なんでさっきはあんなに手古摺っていた?」

「そりゃ、マシラ姐は学んでいたからだよ」


 レオネの話だとマシラは戦いながら兵士たちの技を見定め、癖を見抜くために手を抜いていただけであった。十分学習し終えた今では、もう用なしと本気でつぶしにかかったらしい。


「マシラ姐は見た動きを完璧に模倣することができるからね、だから人族の剣術やらなんやらを見るだけでマシラ姐は強くなっていくのさ」


 つまりは達人の動きを見るだけで完璧になぞらえる事トレースが可能だという。さらには獣人特有の身体能力の高さが合わさればどれだけ強くなれるのか。


「ああ、確かにそれは普通の人にとっては厄介だな」


 動きを見られただけで同じ技量まで上がってきてしまう。そうなれば後は決して真似できない能力を使うか、身体能力で上回ることでしか勝機を見いだせない。


(これが【獣化】無しなら話は違ったんだろが)


 純粋な身体能力向上という面では【獣化】は【身体強化】よりもはるかに上回るため、今回はそうはいかない。


 ピクピク


「バアル、ピリピリが無くなったからもう大丈夫だよ」

「そのようだな」


 視線の先ではバロン達の活躍でアシラたちが窮地を脱していた。そしてそのタイミングを悟ったのか、バロン達も瞬時に退却を始める。


「さて、今後はどうするか」


 この後を考えて頭を悩ます。








〔~ロザミア視点~〕


「いや、これは言葉も出ないね」

「―――」


 目の前の光景を見たら誰もが同意するだろう。


 なにせ最前線の部隊はほぼ壊滅、生き残りなんて数えられるほどしかいない。そして兵士たちが流した血で大地が紅く染まり、そこかしこに掛けた刃や穂先、粉々になった鎧の欠片が転がっていた。


「私たちは運がいいね、配置されていたのが中衛ならあれに巻き込まれていたよ」


 その言葉に後ろにいる兵士たちが首を縦に振る。助けに来ただけなのに殺されるなんて滑稽すぎる。


「それで大体の損害は?」

「はい、前衛の状態からして我が軍の方は一万以上の死傷者が出たかと。そして―――」


 副隊長は報告しずらそうにしている。


「相手は損害軽微、下手したら死者は数えられるかもね」

「………」


 副隊長の無言が肯定を示している。


「でも、まさかあんな手段でやるとはね」

「魔法を封じる結界ですか………まさかあんなものを隠し持っていたなんて」


 あれ封魔結界が今後も使われるならクメニギスは危機的状態だ。なにせ『獣化解除ビーステッドディスペル』だけではなく補助系、回復系の魔法も攻撃魔法も発動することができないのだから。


「でも、おそらく同じような攻撃はしてこないだろうね」

「そうなのですか?」

「ああ」


 私の予想だが、魔法を封じる術はバアルが持ち込んだものだと推測できる。なにせそんなものがあれば獣人はとっくに使っているはずなのだ。


「ですが、彼は攫われた時は身一つでは?」

「服も含まれているが、まぁそうだね」


 バアルが獣人の勢力内で見つけたか、作り上げたかの可能性もある。


(それに数に限りがあるだろうね)


 あのタイミングで引き上げる意味がまずない。なにせこちらはその存在を初めて知った、そのまま攻め続ければ下手すれば今日だけで軍が全滅させられる可能性すらあったのだから。


「でもこちらも今まで通りってわけにはいかなくなったね」


 前衛に配置した魔法杖を逃すとは考えにくい、ひたすらに破壊されているはず。


 当然数が少なければ前線全てをカバーすることなどできない。ならば根本から戦略を見直さなくてはいけない。


 さらには獣人がアレを量産していた場合が考えられた。今回は十分な数を持ってくることはできなかったが、少ししたら補充される可能性も考慮しなければいけない。本来なら相手が手段のないうちに叩くのだが軍の速度だと既に補充が済まされることが考えられるため致命傷になりかねない。


 それにもう一つ。


「前衛は確かに魔法が使えなかったけど、中衛からはそうじゃなかった」


 つまりは最後のあの場所では魔法が使えたということだ、当然『獣化解除ビーステッドディスペル』も使えたはずだった。


 だが


「これはクレームが殺到するね」


 本来は使えなくなるはずなのに【獣化】が使える個体が現れた。この矛盾から、すべての獣人に使えるわけではないと判明してしまった。


「それでロザミア殿、この後はどうなるでしょうか?」

「そうだね、とりあえずは負傷者の手当て、フィルクと話し合い、戦術の見直しやり直すことは多々あるさ」


 当分は動きを止めることになるだろう。


「なにやら雲行きが怪しくなってまいりましたな」


 副隊長が言っているのは当然ながら戦争の事だ。


 だが


「私はそうは思わないよ、案外早く片が付きそうだ」


 ただの直感だが、何となく当たっていると思う。










〔~バアル視点~〕


 アシラが退き終わるとバロン達も問題なく撤退することができた。


 獣人側は封魔結晶の数が限られていることにより、計画した攻勢しか取れず、クメニギス側は今回の戦いにおける現状確認のために昨日の地点まで後退することとなった。そのため、双方がぶつかることを望まないことにより今日の激闘は幕を下ろした。







 その日の夜、いつも通りミシェル山脈の山頂に登り、リンとの通話を行う。


『損害は甚大、クメニギス国は死者11000人、重傷者2000人、フィルク聖法国は死者1000人と報告を受けています』

「上々」


 ある程度は想定していたが、ここまでの損害を出せるとは思わなかった。


「それより、いまはどこまでコールラインを伸ばした?」

『山脈に入る前の駐屯地までは使えるとのことです。それと残念ながらグロウス王国へはクメルスにでも行かない限り無理だとも報告されています』


 仕方ないと言えば仕方ない。地理の関係上、クメニギスの東部は魔道具の輸出が頻繁に行われているので問題ないが、西部となると少々遠すぎる。時間を掛ければそこまで行くだろうが、現時点では厳しかった。


『こちらとしても手持ちは少なく、現時点では駐屯地からクメニギスの最も西に砦に仕掛けるのが精いっぱいとのことです』

「だろうな」


 グロウス王国の全域で通信機が使えるのはほとんどの村に魔道具を満遍なく設置しているからに他ならない。


 局所的に最低限の数で設置するとなると魔道具の通信可能範囲を正確に把握して線を描くように置いていかなければいけない。


 影の騎士団だとしても正確な計測などができるはずもなく、街道ルートで魔道具を配置することになる。だが一か所でも通信可能範囲から外れてしまえば意味が無くなってしまう。


『ルナの話だとクメルスまでの道に配置するとなると最短でも3か月は欲しいとのことです』

「それも最短で見積もってもだろう?」


 駐屯地から街道に沿いながら魔道具を設置していく。言うとなれば簡単だが、当然ながら輸送が必要となる。それもかなりの数で魔道具がいり、さらには何往復もする必要が出てくるだろう。


『しかし、これからどうするつもりですか?』

「どうする、ね。それは戦争の事か?それとも戦争が終わった後の事か?」

『両方です。バアル様は留学に来た身なのですよ?本来は戦争に参加するはずのない人間なのですよ?』

「わかっている。それにうまくいけばあと数日で戦争は止まるぞ」

『………へ?』


 想定外だったのか、通話機からリンの気の抜けた声が聞こえてくる。

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