第175話 武芸の適性

 それからレオンもエナも面白半分でマシラに合意し、あれよあれよと模擬戦の場が整っていく。


「純粋な疑問なんだが、戦う必要はあるか?」


 思わずつぶやいてしまったことに他意はない。


「お前には魔蟲退治に協力してもらうことになっている。だが俺たちは肝心のお前の力を知らないからな」


 だから知っておきたいとレオンは言う。


(ここである程度の力を見せておけば、後々突っかかってくる奴もいなくなるか)


 模擬戦相手のマシラはエナやティタが戦いたくない相手だと言うし、その相手に実力を見せれば問題ないだろう。


「おい、準備はいいか?」


 目の前ではマシラが木の棒を―――形状は棍に近い―――を肩に担いで待っている。


「…なんかやたらとギャラリーが増えているんだが」


 現在はラジャの里中にある、真っ平な岩盤の上に作られている訓練場に来ているが、周囲を見渡すとも多くの獣人が楽しそうに見守っていた。


「模擬戦は娯楽だからな、やるのも見るのも楽しいのさ」


 レオンは俺とマシラの間におり、エナも里の獣人と同じ場所で観戦の姿勢を取る。ティタは当然のごとくエナの傍にいる。


「じゃあ始めろ」


 突然レオンが告げる。


「いや、もうすこし口上とかは?」

「獣が言葉を話すと思うか、それよりも、いいのか?」


 レオンからマシラに視線を戻すと、既にマシラが目の前で棍を振りかぶっていた。



「!?【紋様収納】!」


 マシラの攻撃を取り出したバベルで防ぐ。



 ゴン!!


 まるで巨石でも振ってきたかのような衝撃が腕を伝う。


「へぇ~そんなの隠し持っていたんだ」

(っ、やべ、出すつもりなかったんだがな)


 マシラの攻撃を見て思わず体が動いてしまった。それに衝撃から考えて防御しなければかなりの重傷を負っていただろう。


「ふん!」

「おっと~」


 無理やり振り払い距離を取らせる。


「うん、力は君の方が上かな」


 マシラは飛ぶように後ろに下がり、手をプラプラと振る。


 対して俺の方は先ほどの威力が腕に伝わりじわじわと痛みが現れていた。


「どこからその力が出るんだよ」

「まぁ、修練を重ねれば、ね!!」


 独特の構えを取るとそのまま走ってくる。


「ふっ!」


 マシラの間合いに入ると右薙ぎ払いが繰り出される。


(これだけか?)


 バベルで防ごうとするのだが。


 ドン!


「がっ!?」


 バベルをすり抜けるようにして棍棒の打撃が届いてくる。


 もちろん本当に通り抜けたわけではない。マシラはバベルにぶつかる前に右手で棍の長さを調節し上手くバベルだけをすり抜けるようにして攻撃したのだ。


「ほら、どんどんいくよ」


 それからは棍は本当にまっすぐなのかと疑いたくなるほどの攻撃が続く。


 バベルで防ごうとすればいつの間にかすり抜けて、相殺しようとバベルをぶつけようとするといつのまにか軌道がズレて棍が手足に当たり、こちらから攻撃を仕掛けるもまるで竹のように反発し、バベルの威力が乗りながら反撃される。


「うっわ、えげつな」

「じゃあエナが変わるか」

「嫌だよ、ティタは?」

「…エナがやれっていうのならやるが、できれば、勘弁だ」


 レオンはいつの間にかエナの隣に腰掛け、観戦している。呑気な雰囲気に思わずイラっとしてしまう。


『のう、なんで【身体強化】しか使っておらんのじゃ?』


 いつの間にかイピリアが出現し、尋ねてくる。


(一応は協定は結んだが、その後に敵になる可能性はゼロじゃない。それにあいつらの事情が変わって俺を殺す場合も想定できる。だからできるだけ手の内は隠しておきたい……………できればな)


 それゆえに今使っているのは【身体強化】と純粋な武芸の技のみだった。


『なるほどのぅ、だが現時点でそうもいってられるか?』


 眼前に棍が迫っているのが視認できる。急いでバベルを引き戻そうとするが。


(これは当たる、か、仕方ない)


 観念して身体に魔力を巡らせてユニークスキルを発動せ、ステータスを上昇させる。


「へぇ~これを避けるんだ」


 ステータスを強化すると強引に体を動かし、回避する。


『使わないんじゃなかったのか?』

(そのつもりだったが、ここは勝っておこうと思ってな)


 ここで負けて舐められることと一つだけカードを切って力を見せつけること、どちらがいいか考えてみた結果、後者の方が色々とスムーズに行きそうだった。もちろん特殊ユニークアーツは使わない。あくまで発動に付随する強化効果のみで戦う。


「にしても少しチリチリするね、それがお前の力なのか?」

「ああ、やっちまったらすまん」


 その言葉と共に一足で距離を詰める。


「おお!!はやいな」

「『パワークラッシュ』」


 アーツで威力を乗せた一撃を横なぎで繰り出す。


 バギッ


(やべ、やりすぎた!?)


 バベルは木の棒を叩き折ると一切加減されることなくマシラの体にぶつかりそうになる。


 だが


 シュル


「は?ぐっ」


 横なぎに迫ってくるバベルに対してマシラはバベルの側面を触り、バベルの上を回るように回避する。


 そして同時に足を延ばし、遠心力の乗った蹴りを繰り出してくる。蹴りは綺麗に顎に当たり、カクンと体が傾く。


 トッ

 ドサ


「う~ん、まぁひとまずは及第点かな」


 マシラは何もなかったかのように地面に立つ。だけど俺は脳震盪を起こしたせいかまともに立つこともできない状態に陥っていた。


「まぁある程度予想通りだな」


 そう言ってレオンが近づいてくる。


「それでどうだ?魔蟲と戦っても大丈夫そうか?」

「さっきも言ったが今の状態・・・・なら及第点だな」


 マシラには見透かされているような気がする。


「本気は出さないのか?」


 どうやら手を抜いていることはとっくに見抜かれているようだ。


「ああ」

「……まぁいいか、それで死んでも自分の責任だ」


 そう言うとアシラはそのまま先ほどの建物に戻っていった。


「立てるか」

「あ~無理、まだ感覚が戻らない」


 何とかエナに捕まって立ち上がるがまだフラフラする。


「……まぁ持った方だろうよ」


 ティタの言葉には傲慢な意味合いは含まれておらず、どちらかと言うと称賛の意味に聞こえる。


「おし、マシラさんの承諾も得たし早速行くぞ!!」

「少し待て、馬鹿」


 レオンは俺を担ぎ、走ろうとするがエナに止められる。


「今日は日も落ちてきた、今から行っても結局どこかで野宿する羽目になるんだ、今日はラジャの里に泊めてもらわないか?」


 エナの言葉の通り、空は赤染んできており、しばらくしたら夜になる。こんな状態で出ても総距離は稼げない。


「それもそうだな」

「マシラ姐に部屋を借りれるか聞いてくるぜ」


 そう言うとエナはマシラの建物に入っていく。


「…じゃあ俺が獲物を獲ってくるぞ」

「ああ、頼む」


 ティタはティタで里の外に行き今日の晩飯を用意してくるようだ。


「俺は子守か」

「ふざけんな」


 その後、エナは寝床を貸してもらうことができ、ティタも数匹の小動物を獲ってきた。









「お~ちょっといいか~」


 外で食事の準備をしていると俺たちの元にマシラがやってきた。


「何かあったか?」

「なんも、用件があるのはそこの坊やさ」


 そう言うと火を挟んで対面に座る。


「それで何の用だ?」


 兎の肉を頬張りながら問いかける。


「いやな、お前の武術の違和感が気になってな」

「(俺の武術に、か)そんなものあるのか?」


 リンやほかの教官の指導通りやっている………とは言わないが、弱い立ち回りなどはしていないはずなのだが。


「まず一つは体の動かし方だ」

「そんなところあったか?」

「言葉じゃ難しい、あの武器を出して構えてみろ」


 そう言うので手にあるウサギ肉をレオンに渡してバベルを取り出す。もちろん渡した瞬間に肉は骨だけとなったが。


「まずは普通に構えてみろ」

「こうか?」


 俺は穂先を下にした下段の構えを取る。


「まぁそこまでは言い、では次にこの距離を攻撃しようとしてみろ」


 マシラは攻撃の当たりやすい位置まで移動する。


「ほれ、振ってみろ」

(よくわからんが)


 下段に構えたまま背中から回るようにして振り下ろす。


 ドン


 バベルはマシラに当たることなく、地面に突き刺さる。


「ほら続けてみろ」

「了っ解!」


 バベルを蹴りあげて、浮かせると同時に流れるように横なぎに振るう。


「……やっぱりか」

「何、が!」


 問題なさそうだからそのまま連撃を続ける。


 右薙ぎ払いから振り下ろし、バベルを蹴りあげて左薙ぎ払いと連撃を続けるがすべてが躱される。


「うん、もういいぞ」

「ふぅ~」


 バベルを仕舞い、戦闘は終了する。


「うん、やっぱ違和感がすごいな」

「どこがだ」


 今までの動きに可笑しい部分があるとは思えない。


「いや、動き自体に問題はない、ただお前の体質には合っているようには感じてなくてな」

「どういうことだ?」

「試してみるのが早いな、ほれ」


 そう言うと俺の背丈ほどの棍が渡される。


「これでさっきみたいな動きをしてみろ」

「???ああ」


 再びバベルのような構えをしてみる。


「さっきみたいに動かしてみろ」

「?ふっ」


 下段に構えたまま、先ほど通り振り下ろす。


(?バベルの方がしっくりくるんだが?)


 訳も分からずそのまま先ほどの打ち込みを再現すると一つの違和感があった。


「ふっ」


 バベルよりもよほど早く振れるようになっており、連撃の頻度が増す。


 コン!


「そこまで」


 マシラが棍を止めたことにより模擬戦は終了した。





「どうだ?」


 再び火を挟むように座りとマシラが訪ねてくる。


「なんだろうな、ハルバードよりもしっくりくる」

「だろう」


 当然だろうとマシラは頷くのだが。


「なぜだ?」


 俺にはその理由がわからなかった。


「簡単さ、お前の攻撃は回る力を使う才能が強いんだよ」


 それからのマシラの説明だと、俺の攻撃方法は遠心力を乗せた攻撃が多い、だがハルバードの性質上一撃一撃ですべてのエネルギーをぶつけることになる。だが俺は遠心力を乗せる能力が高すぎて一回一回ゼロから衝撃力を付ける斧槍術がミスマッチしているらしい。その点、棍術だとすべての衝撃を殺さず継続して打撃を与えるのでこちらの方がよりしっくりくるとのこと。


「まず、坊やは適切な力加減をする才能がある」

「それが今の武器に合っていないと?」


 マシラは頷く。


「棍てのはすべての衝撃をぶつけるわけじゃないからさ、一度ぶつければ反動する力をそのまま受けてそれを使いまわすことができる。けど坊やの獲物は一度一度に全力を出すから微妙なんだよ」

「なるほど」


 単発の重さではハルバード、連撃だと棍ということになる。


(まぁ、その理論ならスタイルを変える必要はないな)


 俺の本来のスタイルである『飛雷身』からの重い一撃の攻勢を知らないのなら、より連撃が続く棍の方を勧めるのも理解できなくはない。


(ユニークスキル自体ではないが、魔力を封じられれば使えない。そんな時は斧槍術よりも棍の方が戦いやすいのも確かか)


 するとマシラが提案する。


「どうだ、この棍術を習う気はないか?」


 一考の余地ありだ。


 兼ねてより、連撃は武術の課題になっていた。斧槍は一撃の重さは申し分ないが、速度や連撃の面で剣などの取り扱いのいい武器よりもワンテンポ遅れる。その面を何とかするためにバベルではなくもう一つの武術を学ぶのも手だ。


 だが


「時間がな……」


 明日にはレオンと共に魔蟲の方面に行くことになるだろうし、その後はクメニギスとフィルクの対処をしなければいけない。


 その期間を考えると教えてもらう期間が存在しなさそうだ。


「時間か、よし、じゃあ、あたしも行くとしよう」

「「「「はぁ?」」」」


 これには全員驚く。


「なんだ、だめか?」

「いや、ダメじゃないが、いいのか?」

「問題ないさ、というかどこに問題がある?」

「いや、一番の実力者がいなくなったらまずいだろう」


 レオンとの会話を聞くと、マシラの立ち位置は長の伴侶なのだが、ラジャ氏族ではテンゴと同等の実力者、いやむしろそれよりも強者であるらしい。


「テンゴがいるだろう?それに本当なら魔蟲や人族の軍に対処しているはずだし問題ない」


 このタイミングで縄張り争いを仕掛けてくる奴らにそこまで実力はないという。むしろ実力者を遊ばしている方がまずいという。


「それに実力者であるあたしが行けばより早く魔蟲共を葬れるぞ」

「それもそうだな、ではマシラさんよろしく頼む」

「ああ」


 そう言ってレオンと話が済むのだが。


「いや、少し待て」

「ん?どうした?」

「どうした?じゃない。こちらとしても武術を習うのはこちらからお願いしたい、だけどその対価は?」


 対価のない話は信じることができない。


「対価?そんなものいらんよ」

「じゃあなんで棍術を教えてくれるんだ?」


 そう言うと全員が不思議そうな顔をする。






「子供に生き延びる方法を教えるのに対価がいるのか?」

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