第169話 人質の使い道

 俺を誘拐した獣人達は無事にルンベルト地方にある駐屯地を通過することができた。


 ただいくら猛進しても夜になれば休息をとる。そして珍しいことに、今夜はハイエナの獣人がいなかった。


(イピリアを出して目印を残すなら今、なのだがな)


 脳裏に寒い夜、背中に寄り添ってくれた存在を思い出す。


(……まぁ俺はこいつらとは違ってそこまで悪い扱いはされないだろう)


 なぜだが、今は集団の行先が見て見たくなった。もちろんそれは俺への危害はまず低いと言う考えからだ。当然ながら俺を排斥する確率が高くなれば逃げだすつもりでいる。


 ザ、ザ、ザ


 そんなことを思っていると誰かがやってくる足音が聞こえる。


「******!!!!!!!!!!!!!」

「おいおいおい!!」


 やってきたのは襤褸を着た子供の獣人だ。しかもどこで拾ったのか、槍も持っている。


「***!!」

「このやろ!!」


 なにかを叫びながら、槍を突き刺してくる。


(反撃できないと思いやがって)


 無造作に突き出された槍を掴み、無理やり引き込む。


「ぐっ!?」

「大人しくしろ、俺も下手に騒ぎを起こしたくない」


 槍を使い慣れていないのか掴んだまま檻にぶつかる。


「****!!!」


 必死に槍を抜こうとするが何もしていない状況では俺の腕力には敵わない。


「ぐぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 最後は檻に足を掛けて必死に抜こうとしている。


(ば~か)


 必死に引っ張っているときに放してやる。


 となるとどうなるのか、当然背中から倒れていく。


「ふ」

「!?********!!!!!」


 鼻で笑ってやると、激高してまた懲りずに槍を入れようとする。


 だが



「*****」

「**!?」



 いつの間にか少年の後ろにハイエナの獣人がいた。そして子供の獣人の表情はどんどん悪くなっていく。自分が悪いことをしていると自覚があるのだろう。


「*****?」

「******!!」

「******」

「****、****」

「******」

「***……**」

「*****!!!」


 なにかのやり取りを行うと少年はとぼとぼ帰っていった。


「はぁ~」


 ハイエナの獣人はため息を吐くと俺の檻に近づいてくる。


「*****」


 なにかを言いながら腕を入れてくる。


 少しだけ身構えるが、彼女の腕は俺の襟を掴み、近くに寄せる。


「****?」

(何をするつもりだ?)


 危害を加えられることは少ないと思うが、少々緊張する。


「「………」」


 どうやら先ほどの槍で傷ができたかどうかを確かめているようだ。証拠に体のいたるところを優しく診られている。


「***」


 安堵した表情をすると、この場から離れていった。


(本当に何なんだか)


 とりあえず、楽なら態勢で眠りにつく。














 ガタガタガタガタガタガタガタガタ


 日が昇ると、昨日と同じように猛進する。


「レシュゲルさん」

「なんだ?」

「このルンベルト地方は通り抜けるまでどれくらいかかります?」

「……人の足なら十日は掛かる、馬なら上手くいけば2日でいける、この集団の速度だと」


 今の速度は馬よりも遅いがかなりの速さで移動している。


 それも体力が切れることなく、大人子供関係なくだ。


(異常な体力だな)


 普通に考えたら子供でこの速さについてこれるわけがない。


(クメニギスが労働力にしたくなるのも納得だ)


 子供ですら、この集団についてこれている。その事実が獣人の強靭さを示している。








 それから二日間、中央ルートをひたすら突っ走る。


 そして中央ルートに入ってから三日目の昼。


アレ・・が軍本体ですか?」

「ええ」


 距離は離れているが軍が遠くに広く展開しているのが見える。


「よかった、たすかった~~」


 周囲でこのような声が上がるが、微妙なものだ。


(さて、獣人はどうするかな)


 獣人もその光景を見て足を止める、その中から発表会でも見た獅子の獣人が先頭に立つ。


(こいつが集団の長みたいだな)


 この青年の周りには常に強そうな獣人が数人傍についているのを確認している。


「お手並み拝見だ」


 獅子の獣人は大きく息を吸い込み始める。


 そして




 ガァアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!




 双の山脈に挟まれた場所であるがゆえに、その声は何度も反響していく。


 山脈の間にいてこの声が聞こえない者はいない。






 そしてそれを間近で聞いたものはどうなるだろうか。


「っ~~~~~」


 耳を抑えながら悶える。


 何とか立ち上がろうとしても、平衡感覚を維持できない。


(ほかの獣人は分かっていたのか?!)


 檻の外を見てみると全員が耳に手を当てて、何とか防いでいる。それでも俺たちはまだいい方だろう。


 なにせ獅子の獣人の前方では地面が捲れあがっている。


(あの衝撃を受けたらどうなっていたことか)


 下手をすれば二度と聴覚が使えなくなってもおかしくないだろう。


「っ~、なにが」


 俺に続いてレシュゲルも檻の外を確認する。


「*******!!!」

「「「「「「「「「「「「*******!!!!!」」」」」」」」」」」」


 獅子の獣人に続いて多くの獣人が『獣化』する。


 そして


「おいおい、まじかよ」


 この集団は迷いなく軍の方向に進んでいく。


「正面突破!?正気か!?」


 レシュゲルもこれには驚いている。


 猛スピードで迫るのだが、当然軍は後ろにも警戒の目を向けている。


「後方より敵接近!!!!数百人規模!!!」

「迎撃用意!!」


 後方に控えていた魔法使いたちがこちらを向き杖を構える。


(このままじゃ、魔法を撃たれるぞ、どうすんだ!?)

『動くか?』

(ああ、たの!?)


 いつの間にか台車にハイエナの獣人とティタと呼ばれていた蛇の獣人が飛び乗ってきた。


「***」


 ハイエナの獣人がなにかを指示すると蛇の獣人が俺の腕を掴む。


(な、っ!?)


 掴まれた腕に強烈な痺れてくる。


 腕から胴へ、胴から全身に痺れが回り、床に突っ伏す。


(こいつが毒の元凶か!)


 動けなくなってしまったので自力で脱出はできなくなった。


『どうする?周囲の奴らを焼き殺すこともできるが?』

(本当に殺しきれるか?)


 獣人は【獣化】するとかなりの耐性を得るものが多い。それこそ研究発表で少年が火魔法に耐えられたように。


『絶対かと言われれば、微妙な線だな』

(ならば、本当に殺されそうなタイミングまで動かないでくれ)


 今の現状取り押さえはされているが、殺される雰囲気はない。それだったらまだ周囲の軍人が助けてくれるのを待つほうが助かる可能性がある。


「待て!!私はレシュゲル・エル・サラスファス、第七魔法師団長だ!!」


 隣のレシュゲルが告げる一言で魔法使いたちの動きが止まる。


「俺はエフィン伯爵家当主だ、助けてくれ!!」

「私は西方軍務大臣だ、何とかして助けろ!!」


 レシュゲルの叫び声に応じて、ほかの人たちも身分を明かして助けを求める。これには魔法使いの動揺は広がるばかりだ。


 それもそうだろう、なにせお偉いさんが獣人に捕まっているのだから。しかも人質にされているので魔法を放つことができない。


「殺傷力の低い魔法を放て!!」


 この状況に対して現場の指揮官は俺たちが死なないように弱めの魔法を放つように指示する。


 だがそれでは。


「「「「「「「「「ガァアアアアアアアア」」」」」」」」」


 弱い魔法など気にせずに突き進む獣人達。


 魔法により多少は勢いを殺すことはできても止めることはできない。


「っ戦士は前へ出て敵を食い止め、魔法士は後ろに下がりそれの援護をせよ!!!」


 指揮官の命令で軍は隊列を組みなおす。盾となる人材を前に出し、後ろで魔法を使うように指示を出す。


「「「「「「「「「ガァアアアアア!!!」」」」」」」」」

「「「「「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」」」」」


 そして両者が激突するのだが。舞ったのは人族ヒューマンだけだった。


 三方向から堅いものがぶつかり合う音が聞こえてくる。


『どうする?』

(っち、イピリア、俺に『身体強化』をした後、お前の雷で台車だけ壊せるか?)

『了解じゃ』


 イピリアが消えると『身体強化』が発動するのがわかる。


 スッ


 つぎに台車を壊そうとするときに首元に手を当てられる。


「***、****」


 その正体はいつも監視していたハイエナの獣人だ。


『どうする?』

「**、****」


 イピリアの念話と同時にハイエナの獣人が話しかけてくる。


(なんでそんな表情をする)


 ハイエナの獣人の表情はどこか懇願するような表情だった。


(殺させないでくれ、か、邪魔しないでくれ、か、それともはたまた別の意味か、まぁ、こんなタイミング逃す手はないな、イピリア台車を破壊しろ)

『了解じゃ』


 グググ


 イピリアに命令した瞬間に首に力が籠められる。


(くっ、イピリア早くしろ)


 窒息死しないうちに台車を壊してもらうしかない。


『【雷鳴】!!』


 台車が大きく揺れる。


 そして放電の音と破壊音が響き、檻が投げ出される。


(よし!!これで拾われて、獣人の捕虜を取れていれば)


 何も問題ない。


 ガシッ


 だが檻が宙を舞う最中、視界に檻を掴む手が映った。


 バギッ


 手早く檻が壊されると、檻の中から引っこ抜かれる。


(っなんで!?)


 俺を抱えているのは、あのハイエナの獣人だった。


「な、ん、で」


 痺れる体から何とか声を出す。


「****、****」


 悲しそうな声を出しながら走る。


「*****!!」

「******!!!!」

「****!」


 他の獣人からは何か言われているが無視して、俺を抱え続ける。


(本当になんでかな、イピリア、この女に雷撃を与えてくれ)

『了解じゃ』


 このままでは連れ去られてしまう。そう思いイピリアに指示を出す。次第に俺の体が帯電していき、それと同時に放電していく。


「***!?」

「****!!!!」


 周囲は騒ぐがハイエナの獣人は俺を離さない。


「いい、かげん、にし、ろ」

「!?」


 たどたどしいがフェウス言語で話しかけられる。


「き、がい、は、くわ、ない、しず、か、して」


 やや緊迫した声色だったが。


(……イピリア、信じていいと思うか?)

『殺すつもりなら、とっくにやっておるであろうよ』

(そうだよな……雷を止めてくれ)

『いいのか?』

(ああ、話ができるなら無事に解放してくれるかもしれない)


 もしここで逃れることができたとしても捕虜にした獣人が魔力が使えない状態のことを知らない可能性がある。なので話ができるなら交渉してこの状態を解除したい。


『了解じゃ』

「いい、こ。******!!!!!!!」


 雷撃が止まるとすぐさま周囲に何かを指示する。


 両方の山際から出てきた何名かの獣人が何か筒状の物を放り投げる。どうやら事前に山を登ったあの羊の獣人らしい。


 カラン、フシューーー


 筒状の物が地面に転がると白い煙が噴出し、辺りを包む。


(……煙幕か?)


 息苦しさもなければ、目にも沁みないし、咳も出てこない。純粋に視界を塞ぐための物だろう。


 それからも進むごとに山脈から筒を投げつけられている。


「****」

「*******?」

「*****!!」


 なにか周囲で不安視する声色が聞こえる。


「*****!!!」


 そしてそのたびにハイエナの獣人は何かを伝えるが周囲の顔色は良くならない。


 なにせ軍の中を突っ切っているんだ、少ないが死人も出ている。


「ガッ!?」


 また一人、槍に貫かれて絶命する。


「っ******!!!!!」


 ハイエナの獣人が何かを叫ぶと、どこかから獣の叫び声がする。


 それを聞くと獣人が聞くと全員が嬉しそうにする。


「ガァアアアアア!!」

「オ゛オ゛オオオオオオオオオ!!!」


 獅子の青年の出した特大の咆哮に答えるよう叫び声が上がる。


 何とかそちらの方を向いてみると、こことは別に戦塵が上がっている箇所があった。


(イピリア、アレは先導している獣人達か?)

『違うのぅ、あれは儂らが来た方向と反対側から攻めているようだの』


 つまりは小規模だが挟撃を行っているわけだ。


「*****!!」

「「「「「「****!!!!!!!!!」」」」」」


 獅子の青年が何かを言うと、全員が死力を尽くして前進する。


 先陣にいる獣人達は文字通りの獅子奮迅の活躍を見せて活路を開いて行く、それも後方の人員に負担を掛けないほどに。


(ほかにも……)


「***、****!」

「「*******」」


 ハイエナの獣人が指示を出し、数名が走り特定の集団に襲い掛かる。


(的確に指揮官がいる部隊だけを狙っている。だから周囲の兵士はどう動いていいかわからず混乱しているわけか)


 証拠に魔法士は後ろに下がろうとし、剣士は前に出ようとしてぶつかり合う。


 そしてそれを整理しようとしているのが指揮官なのだが、それが摘み取られていることでうまく動けていない。


(功績で考えるなら一番があの獅子の青年で、二番目がこのハイエナの獣人だな……っと何を考えているんだ俺は)


 ゼブルス家では盗賊や大型魔物討伐、貴族同士の戦争での戦功序列を考えることもあるので癖でやってしまった。


「*****!!!」

「「「「****」」」」


(にしても、本当に適格だな)


 今も大規模な魔法を用意しようとした部隊に手下を差し向けている。


(正直部下に欲しいくらいだ……だが、なんだこの視線?)


 視線は俺ではなく彼女に向けられたものだが、その視線は称賛ではなく侮蔑の色を含んでいる。


「*****!!」

「ッチ、****!!!」


 ハイエナの獣人が指示を出すと舌打ちしてから行動に移る。


(……先陣を切っている獣人とは折り合いが悪くて、後方で指揮官を潰している獣人は素直に来てくれている。どう考えても内部分裂だよな)


 従う者と従わない者、軍事ではこの線引きは非常に重要だ。


 戦時に置いて命令違反は処罰に値する。それも死刑に相当する場合がほとんどだろう。


 ハイエナの獣人は優秀な指揮官だとみていれば分かる。だが、その彼女が自分の部隊を掌握していないとは思えない。つまりは違う部隊だと考えるのが一番しっくりくるな。


(けど、なんで侮蔑なんだ?嫉妬とかならわかるのだが)


 功績を上げて妬まれるのは理解できるが、功績を上げて侮蔑はよくわからない。


 それからも戦闘の獅子の青年とハイエナの彼女の活躍でどんどん奥に入っていく。


「ガァアアア!!」

「オ゛オ゛オオオオオオオオオ!!!」


 先ほどから何度も咆哮のやり取りがなされる。


(イピリア、上からの視点を教えてくれ)

『断続的にだが、いいか?』

(頼む)


 イピリアに頼み込んで、空から何度も写真を映し出してもらい、現状を把握していく。


(すでにこの集団は軍の中央部まで突破している。反対側の獣人の軍団は三つの槍に似た陣形で突撃中か)


 規模に関しては少々少ないが、獣人の性能を考えて均衡を保てるレベルだろう。


 それがあと数百メートルと言った距離まで近づいてきている。


「*******!!」


 最前線にいた獅子の青年とその護衛らしきヒョウとチーターの獣人がこちらにやってくる。


「***、**?」


 獅子の青年がハイエナの獣人に何かを訊ねる。


「*************」

「******」

「****、*******?」

「!?*****!!」

「**********!!!!」


 なにかを対話をするとチーターの獣人を残して、獅子の獣人とヒョウの獣人は数人を連れて進行方向から外れていった。


(イピリア、こいつの進行方向の先には何がある?)

『ふむ…………なにやら大声を上げている奴らのいる方向だな』

(大声?ということは指揮官の場所か)


 今でも突破できそうなに、わざわざ、それらの指揮官を狩りに行く必要があるのか。


「******!!」

「***********!!!!!!!!」


 ハイエナの獣人は、残ったチーターの獣人に指示を出す。相性は良くないようだが、渋々指示に従う。


 そしてチーターの獣人が前線に戻ると、再び集団が前進し始める。


「****!!!」

「「「「「「「「「「「*********!!」」」」」」」」」」」


 そして動き始めるとそれはもう一度大きな動きになる。


 幾度もぶつかり合う中、最後の小隊を蹴散らすと反対側の獣人の軍団に合流する。


「*******!?」

「******!」

「********、******!」


 俺達の集団は統制の取れた軍団に覆われるように保護される。


「うっうっうっ」


 数多くの獣人が戦場にもかかわらず涙を流す。


「*******!!」

「****」


 チーターの獣人がハイエナの獣人に何かを伝えると先陣にいた部隊を連れて獅子の青年の進んで方向に向かう。


(さて、俺はどうなることやら)


 保護された集団は軍団の波に逆らいながら戦場から遠ざかっていく。

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