第162話 魔法の思わぬ危険性
「さて、それでは実験を始めて行こう!!」
奴隷を見に行った翌日、テンションが高いロザミアがぼろい実験室で声を上げる。
「まずバアルのおかげで宙にも魔力が漂うことを教えてくれたことで、行き詰っていた思考が動き出した、ありがとう」
「どういたしまして」
「さて、それでは……どうしよっか」
やけにハイテンションだったがすぐさま鎮火する。
「まず魔力についての再認識をしましょう」
「わかった」
まず、魔力とは体の内側と表面にある何かだ。
そして内側の魔力は自在に動かせるが、外側には肌から放出し、波立たせ宙に留まらせることしかできない。
用途としては、内側に存在している魔力を操ることで身体強化となり、外に放出する際に一定の形を取れば魔法になる。
「以前わかっているのは、ここだけだった、だけど、バアルの教えで、ここに『肌の表面にある魔力のほかに外側に存在する自然魔力が存在する』という記述が加わる。これを発表すれば大幅に予算が増えるかもね」
「ですが、裏を返せばまだそこまでしかわからないとも言えます」
リンの一言にロザミアは苦笑いをする。
「はは、研究員の意欲が高いのは喜ばしいよ」
「それで次に研究するのは魔法に関してだな」
「うんうん…ん?」
ロザミアは首をかしげている。
「簡単に言うと、魔力がなぜ魔法を発動できるかの実験をする」
「おお、なるほどね、だけど私も似たようなことをやったけど、成果はなかったよ」
それはそうだろうな、俺も事前の知識なしだったら匙を投げている。
「では、これからいくつかの実験をしていきたい」
まず用意するもの。
・蝋燭数本。
・密閉空間にできるグラスを二つ。
・土台として簡易錬金板(持ち込み品)。
以上。
「これだけかい?」
「その通りだ。それとロザミア、グラスの中で火魔法を使うことはできるか?」
「?難しいだろうけど、できるんじゃないかな?」
ロザミアがグラスに手をかざすと、逆さに置いたグラスの中に火の玉が出来上がる。
「問題なくできているな」
「そろそろ説明してくれないかい」
大変待ち遠しいと顔に書いてある。
「まずは見てくれ」
蝋燭に火をつけ固定し、もう一つのグラスをかぶせる。
しばらく火は燃えるが、少し経つと中の酸素が無くなり蝋燭の火が消える。
「消えたね」
「ああ、消えた」
そして同じように最初のグラスの空気を一度入れ替えて、また逆さにして置く。
「次だが、このグラスの中で『
「??『
グラスの中で火の玉が浮かび上がる。
だがしばらく燃えると自然と消滅していく。つまり火魔法でも普通に酸素を消費する結論になる。
「これがどうしたんだ?」
「ロザミアはなぜ炎が消えたか知ってるか?」
「そりゃ宙にある燃える要素が無くなったからさ」
(その概念は知っているのか)
空気の概念があるなら話は早い。
「ではその炎のもとはなんだと思う?」
「うん?宙にある燃える部分と火の元になる木材とかな?」
「ではなぜ片方がない状態で火が起こると思う?」
「どういうこと?」
ああ、もどかしい、一から科学の理論を話してもいいが、そんなことをすればめんどいことこの上ない。
「いいか、魔力なしでは空中に火はつかない。だが魔力を使って、つまり魔法を使えば火をつけることはできてしまう。ここで聞きたいのが魔力がない状態でも火をつけることはできる点だ、さて魔力を使わずに火を起こすのには何が必要になる?」
「それは薪に火種だな………ああ、言いたいことが分かった」
どうやら意図を理解してくれたようだ。
「普通の環境では火をつけるのには宙にある燃える要素、それと薪などの火を保つ部分と火種が必要になる。そして魔法だと宙にある要素と魔力だけで事足りる、つまりは」
「その魔力が薪と火種の部分の役割を持っていると言いたいんだね?」
「ええ。ですが、ただ魔力を流したとしても燃えないのは理解しているな?」
『
「ああ、つまりは魔力自体は薪や火種の代わりにはならない、だが動きによってそうしている部分があるということか…」
「そうだ。そして一番しっくりくる考えは火魔法の魔力の動きで、燃えない要素を薪や火種に変えていることだ」
「??どうして燃えない部分が燃える部分になるんだ?」
「それは………」
思わず喋りそうになったのを止める。
だが当然そうすることでロザミアの疑惑を招いてしまう。
「知っているのなら教えてほしいのだけど?」
一応、これというという部分は説明できる。
火魔法は大前提に何もない宙に火を作り出す。
ここで考えてほしいのがどうやって火を作り出しているのかだ。さきほどの実験からコップの中で火魔法が自然と消えたことから酸素を消費しているのは理解できた。もし仮に魔力が炭素の代わりをしているのならば、燃やすための熱はどこから来たということになってしまう。次に今度は魔力が熱と考えると今度は酸素単体で燃焼反応を起こさなくてはいけない。だが火が見えている時点で燃焼反応、つまりは化学反応による光が発散していることになる。となると魔力は炭素でも熱でもないことになる。たとえ水素を利用しているとしても通常の空気には0.00005%ほどしかないなので関係ない。というか使うにも非効率すぎる。ではそれは一体何なのか、もし仮に魔力を元素の陽子、電子、中性子を変更できるとしたらどうだろう。もちろん突飛な発想だ、だがこれが成り立てば魔法はありえないことではない。
その証拠に
(窒素を炭素の同位体するんだったかな)
安定している窒素に中性子をぶつけると炭素の同位体を作ることができる。空気中には大量に窒素があることから効率の面から言ってもおかしくはない。
後は中性子を何度もぶつけて熱を発生させれば無事に燃焼させることができることになる。
なので仮に魔力が中性子であるとするならばこの仮説が成り立つわけだ。
(これは俺が前世の知識を持っているからこそ思いつくのであってロザミアにそれを説明するとなると……………………………………………ちょっと待て、
ブワッ
嫌な汗が体中を濡らしていく。
「リン!!!今すぐ【浄化】を複数回、いや数十回掛けろ!!!!もちろん全員にだ!!!」
「え、はい、わかりました」
一瞬戸惑ったが、すぐさま命令通りに【浄化】を掛けてく入れる、それも何十にもだ。
「それと今すぐ、この研究室から出ろ!!」
「いやだけど」
「今すぐだ!!!」
ロザミアが抵抗しそうだったのですぐさま詰め寄り、有無を言わせない。
「ああ゛!!くそっっ!!!」
外に出ると頭を掻きむしる。
(なんで思いつかなかった!?火魔法のことを考えれば、何もないところで燃焼現象が起こる!それはつまりだよな!!)
狼狽している理由は火魔法の発動条件に合った。
(仮説が正しければ中性子を直接飛ばしている。ということはその正体は中性子線、つまりは放射線の一種じゃねぇか!!!!!!)
中性子線は原子力発電で放出されている危険性がとても高い放射線だ。
そしてその性質は水やコンクリートで防ぐことができる。それはひとえに水素が中性子線を減速させ、いずれは遮蔽してくれるからだ。
だがそれで安心はできない。中性子線を含んだ水素は中性子の数が多くなるとベータ線を発することになり、その後に不安定な原子核からガンマ線すらも出てくるようになるからだ。この二つはがん細胞を誘発するほかに細胞の染色体を損傷させることもある。
「少量だから大丈夫と思いたいが、くそっ!!」
『なんじゃなんじゃ、さっきからうっさいのぅ』
俺が荒れているのを感じたのかイピリアが出てくる。
「用がないなら寝ててほしいんだが」
『魔力が荒れ狂えば眠れるもんも眠れんわい、それよりも何があった、今まで感じたことがないくらい魔力が揺れているが?』
「ああ、まずいことになった」
『どのような?』
ちらりとほかの三人を見ると、リンとノエルは気にせずにいてくれるが、ロザミアが変人を見た表情になっている。
(まぁ客観的に見れば、ひとりごとで会話しているやばい奴だからな)
それを考えると、少し冷静になれた。
『実はな―――』
念話で何が起こったかを説明してやる。
『はぁ~~~そんなことか』
『そんなことってなんだ!下手すれば何らかの影響が起こってもおかしくはないんだぞ!!』
目の前にいるイピリアの能天気さには怒りを覚えそうになる。
『最初に言っておくがそれは杞憂じゃぞ、なにせお主で言うと中性子線とやらや放射線は表面にはびこっている魔力ですべて防がれているからのう』
「…はぁ?」
『じゃからのう、火魔法の時に放たれるその粒は魔力に当たると受け止められて無力化されるんじゃよ』
『だが、それだったらガンなどは発症することはないのか』
『なわけあるかい、魔力が無くなったらそりゃ粒の攻撃は受けるだろうし、たとえ魔力があってもあまりにな数だったら突破されることもあるわい』
魔力が中性子を吸収できる、また新しい性質が判明した。
『ほかにも魔力を持つ生物はみな細胞一つ一つに常在魔量があるから、基本は放射線の影響はないと思えばよい』
(なるほど、だとすると魔力が中性子という考えはおかしくなる、なにせ常に細胞内に余分な中性子があることになってしまい、どう考えても合わない)
「お~~い、そろそろいいかい」
イラついたり、戸惑ったり、考え事をしたり、とせわしなく動いているとロザミアが声をかけてくる。
「まず何があったかを説明してほしんだが?」
「あ~なんていうべきか」
説明に困っていると視界の隅でやれやれと首を振っているイピリアがいる。
『儂を顕現させろ』
『いいのか?』
『問題ない』
言う通りにイピリアに魔力を流し顕現させる。
「うわっ、これ何?」
当然ながら急にイピリアが現れたことでロザミアは驚く。
『これとはなんじゃ、これとは儂はかつて精霊王になったことがある“|虹掛け雨蜥蜴≪イピリア≫”だぞ!!』
「精霊?」
反応に困ったのかロザミアがこちらに振り向く。
「まぁよくわかんない存在だな」
「へぇ~興味深いね」
『その実験体を見る目をやめい、それより、先ほどバアルが荒れた件じゃが』
「ああ、それね、一瞬気が狂ったのかと思ったよ」
『まぁ何も知らなければ、そう思っても何もおかしくないじゃろう』
そこは俺も同意だ。何も知らない状態でロザミアが俺と同じ反応をしたのなら最悪気絶させて、学院の医療施設に放り込む。
『なんで、バアルが取り乱したか、それは我が与えた知識が原因だ』
「えっと」
ロザミアが真偽を確かめる視線を向けてくる。
『とりあえずは頷いておけ、お主の知識は儂から知りえた知識とすればよい』
イピリアは俺にしか聞こえない念話を送ってくる。そして俺はイピリアの思惑に乗ることにした。
「ああ、その通りだ、イピリアがあらかじめ教えてくれていた知識で少し混乱した」
『まぁ要するにじゃな』
俺からイピリアに知識を渡し、それをロザミアに伝えることで、俺からの情報ではないとカモフラージュができる。
さらに言えば、イピリアは常に俺の周りにいるし、念話で人前でも知識の受け渡しができる。
『―――ということで中性子はとても危険なのじゃ』
「????」
ひとまずどういった事態かを教えたが知識がないおかげでロザミアは混乱するばかりだ。
「えっと、ようやくすると火魔法を使うと、魔力が目に見えない粒になって燃えない要素と衝突し薪替わりの役割になる、そして素早く熱を作り出して燃焼を起こすと?」
『その通りじゃ』
「だけど、その粒が体にとてつもない悪影響を与えるから、バアルは困惑したと?」
『うむ』
「だけど、イピリアちゃんに表面にある魔力でそれを防げると聞いて、ひとまずは落ち着いた、これで間違いないですか?」
『ちゃ、ちゃん?!んん、まぁその通りじゃな』
ひとまずは辻褄が合う説明となった。
「……イピリア先生」
『……先生?』
何を思ったのかロザミアはイピリアを先生と呼んで頭を下げる。
「どうかお願いします、私にもその知識をご教授ください」
『………(どうする)』
イピリアが視線で問うてくる。その表情は蜥蜴だと言うのにめんどくさそうなのが見て取れた。
『気分次第とか言っておけばいいんじゃないか?』
『それもそうじゃな』
とりあえず二人で念話会議をし、適当にはぐらかしておくことにした。
『それは気分次第で』
「ではその気分になってもらうにはどうしたらいいでしょうか!!」
イピリアが煙に巻こうとするのだがロザミアがそれを許さなかった。
『……なんで、そこまで知識を求めるんじゃ?』
「??これは異なことを、私は探究者です、すべての真理をを知りたいと思うのは当然じゃないですか」
『ふぅ~む………ではこうしよう』
イピリアがこちらを見て何かを思いついたようだ。
『儂の知識はバアルにしかやらん』
「そんな!?」
『最後まで聞け、だがバアルに授けた知識はバアルの物でもある』
(あ、こいつ)
『誰かに教えるのもよし、秘匿して独占するのもよし、全部バアルの自由じゃ』
「なるほど、わかりました」
めんどくさそうなロザミアを俺に擦り付けやがった。
『じゃあ、儂は眠るからのう』
「その前に先生は魔力が何なのかわかっているのですか」
『ああ』
「「は!?」」
これには俺もロザミアも驚く。
『まぁ細かくは言えないが魔力とはなんにでもなれる粒だ』
「?」
ロザミアは頭をかしげているが。
イピリアの言葉で一つの考えが浮かんできた。
『さて、よいか?』
「はい、先生ありがとうございました、どうぞ快眠を」
『うむ』
そういうと、イピリアが俺の体に溶けていく。
「さて、バアル、いや、先生と呼んだ方がいいかな」
「今まで通り呼び捨てで言い」
「では早速、イピリア先生からもらった知識を披露してくれないかい!!!」
目を爛々と輝かせて詰め寄られる。
(はぁ~~こうなったか)
それから少しの間、魔力の研究ではなく科学について講義することになった。
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