第75話 奇妙な気配の正体

 湖の上にポツンと建てられていた城は世界遺産のモンサンミッシェルを思い出させる。


(あれは修道院だけどな)


 城と修道院という違うはあるが偉大さに違いはない。


 俺達は重厚な扉にたどり着く。クラリスが手をかざすと一切音を立てずに扉が開いていく。


「残念ですが馬車が入れるのはここまでです」

「さぁ行きましょう」


 全員馬車を下りるとそのまま中に進む。




 城の中は、所々に蔦がある。だがそれは手入れしているようで見ていて不快感を覚えない、むしろ観葉植物のように安らぐ。


 内装はさすがにすべてが木製ではないがきちんと森を感じさせる造りになっている。


 城の中を進んでいくと中庭を通過して、離れになっている建物に連れてかれた。


(………………なんだこの気配?)


 建物のすぐそばに変な気配を感じられた。違和感というべきであり、親近感とでもいう何とも言えない感覚。


「お久しぶりですクラリス様」

「相変わらず固いわね、でアニキはどこにいるの?」

「今、テラスの方で休んでおられます」


 建物に入ると近くにいたエルフに声を掛けどこにいるのかを訊ねる。


 そのエルフの案内で湖が見えるテラスに案内された。


「……強くなっているな」


 テラスに近づくほど先ほどの気配が強くなっていく。









 テラスでは一人の男がまったりとしている。


「ふむ、彼がそうか」


 そこにはクラリスと同じピンク色の髪を後ろでひとまとめにした。


 細身の男……のような人物が見える。顔は服装が違えば女に見間違うほどだ。そして先ほどから感じている変な気配の原因。


「はじめまして、かな?」

「ええ、それで合っていますよ」


 向こうも変な気配を感じているようで、挨拶が変になる。


 なんというか、長年会ってない小学校の知り合いに会ったときのような感覚だ。


「アニキ、彼から話があるそうよ」


 クラリスのとりなしで話し合いの場が整えられる。









 俺達もテラスに座るとこの場で話し合いを始める。


「初めまして、私はグロウス王国ゼブルス公爵家長男、バアル・セラ・ゼブルスと申します」


 姿勢を正し、自己紹介から始める。


「長い道をご苦労、僕はノストニア王太子、ルクレ・アルム・ノストニアだ、アルムと呼んでくれ。歓迎するよ」


 そういって握手を求められる。


「まずはグロウス王国の貴族が粗相を働いた件で謝罪を」


 握手し帰すと早速本題に入る。


「こちらとしてもそこまで事態を大きくはしたくない、ただ……な」

「無論、その証にいくつかの賠償案を用意しました」


 言い渋りを値段のつり上げと判断し、謝罪の証にいくつかの候補を提示するが、なにやらそういった意図ではない様子。


「それはありがたいのだが、そうではないのだ」

「……何か問題でも?」


 少し話しにくそうにしている。それもそうだろう、なにせ今回初めて会った相手、それも仮想敵国の人物だ。


(そうそう内情を話すわけが)

「身内の恥を打ち明けるようだが」

(………話すんかい)


 思わず心の中で突っ込みを入れる。


「今回の件は文化の違いということでこちらも水に流そうとした」


 だが実際幽閉される問題になっているが?


「……『大樹』がヒューマンとの交流に反対しているのは知っているか?」

「ええ、すでにクラリスからある程度の事情は」

「なら話そう」

「他国の私が言うのもなんですが、自国の情報を簡単に教えてもいいものですか?」


 普通は隠すものだと思うのだが………


「知っていると思うが、私は人との交流に賛成し、全面的に推奨している。その布石として協力関係をつくっているだけに過ぎない」

「(そういう考えか)ですが、それは私のことを信用して初めて成り立つのでは?」


 すると、アルムは少し微笑み、クラリスのことを見る。


「東の聖樹の件ではクラリスから報告を受けているよ、最初は敵対していたにもかかわらず、共闘し、傷つきながらダンジョンを攻略した」


 ……後ろのリンは聞いてないですよ、と圧を掛けてきている。


「その後、報酬で手に入った霊薬を渡し、クラリスの耳を治した。そのことである程度は信用できると私は考えるが?」

「…………」


 アルムは妹を治してくれて感謝すると言うが、それは思い違いだ。


 あの時は傷は俺にも責任があって、薬を引いただけ。さらに言うとちょうどよく霊薬が手に入ったのでアグラを経由してクラリスに届けた、だが、もし手に入らなければ何も渡さずに帰るつもりだった。


「霊薬がどれほど貴重か知らないわけではないだろう?」

「……一応は」


 レア度はモノクルと同じなのだが消費品だ、価値は霊薬の方がかなり高い。


「エルフにとって耳はかなりの意味を持つからね」


 エルフの耳は誇りの役割を持っているとアルムは話す。それこそ斬耳という刑罰もあるほど。


「だからクラリスを救ってくれて感謝する」


 王族が耳を亡くしたとなれば外聞を恐れて、下手すればノストニアからの追放される可能性すらあった。そんなクラリスと救ったことにより、ある程度は信用できるという。


「私がある程度信用されていることは理解しました、それでは本題に戻りたいのですが」


 お互いには交流をしたい、そのために手を取り合う。それはいい、だが肝心の国交を結ぶ手立てがない。


 たとえアルムやその仲間が賛成していたとしても政治部分や国の大きな役割を持っている『大樹』が拒んだとしたらまず不可能だろう。


「ああ、だが僕が代替わりをしたら人間との交流を強行するつもりだ」

「……………はい?」


 思わずこの言葉が出てきたのは仕方ないだろう。


 なにせ国を引っ張っていく存在が、国民の意思をないがしろにして自身の意見だけで国を動すんだ。強引なことをしてしまえば、クーデターでも起こりかねない。


(いや、滅びるとわかっているからか)


 汚名を着てでもエルフという種を残そうとしている、たとえ誰からも支持を得ていないとしても改革を続ける。


「それに最悪は君の所に亡命するのも手だろう?」


 なんにもないように言うその表情を見てため息を吐いた。


「……ここからはすべての立場を投げて俺の主観でモノを言うぞ」


 こいつならそれでも許すほどの器量は持っていると踏んで軽々しい言葉を使う。


「エルフを思ってその方針を考えたのはいいと思う、だが手段が強引すぎる、お前の理解者が少ない時点で最悪は内乱が起こる可能性すらあるぞ」

「だろうね、だけどそれぐらいしないとあの爺たちは重い腰を上げないよ」

「だがそんな方針だと国民が付いてこないのは理解しているな?そんな状態になったらまともに国は動かないぞ」

「ああ、でも君もこのままではエルフ自体が滅びると確信しているでしょ?さらに言えば時間を掛ければ余計に人族の印象は悪化していく」


 この空間が重くなるのがわかる。


「君は交流を求めてやってきたんでしょ?それなら喜ばなければ」

「お前こそ、まだ時間はあるはずなのに強硬する理由はなんだよ」


 あいつの意見も俺の意見も意味がある。そしてどちらも正しくて正論、だからこそ平行線をたどってしまう。


 そして周囲の人物は首をかしげている。


「こちらとしてはうまみの無い相手とはできるだけ交渉したくないんだが」

「けどそれがいつになるかわからないよ?僕たちは人間よりもはるかに長寿だからね」


 なにせ俺が交流を断り、アルムがなんとか交流に持ち込もうとしているか。


 これは俺がアルムの意図に気づいたからだ。


「エルフの国にしかない貴重な資源が欲しくないのか?」

「ええ、ほしいですよ、普通に遺恨の無い・・・・・取引でね」


 アルムは貴重な薬草を人族に供給し、ある程度依存させるのが目的だ。その際には内部分裂での援助なども要求できる。


「はっきりと言うぞ、こちらとしては交易はしたいが変ないさかいとかは持ち込んでほしくない」


 こいつが人族との交流を強行するなら確実にどこかで面倒ごとが起こる。それこそ保守派とでもいうエルフの派閥とぶつかり合いになるのは明白だ。下手すれば保守派の連中に恨まれ、原因として排除される選択肢を与えてしまうことになる。


 ほかにも交易や援助をしてしまえば、元凶はこちら側にあると考えられ、街のいくつかを滅ぼす可能性がある。そんなことをされればこちらは手を引かざるを得ない、そうすればアルムたちは少ない勢力で立ち向かわなければいけない。果たして勝率はどれくらい存在することになるのか。


「いや、だからな―――」

「こちらとしてもだね―――」


 それからも話し合いは平行線になる。










 気づけば夕方になっていたので会談は中断となり、俺は寝床へと案内された。


 ここがグロウス王国なら歓待の会食などが出てくるが、俺は密会している身。詰まるところ公になってはいけない存在なのでアルムの建物で匿ってもらっている。


 今いるここはアルムが所有している建物で、中にいる人物は全員が融和派なので密告される心配もない。


 食事も当然ながら見つからないように大人数の食事に組み込み配給された。


(面白い料理ばかりだったな)


 出された料理は前世でも食べたことがない物と味だった。


「どうでしたかお食事の味は」

「ああ、今まで食べたことのない味で面白かったよ」

「それは良かったです、それと湯浴みはどうなさいますか?」


 この屋敷には風呂が設置されているようで、食事の後に俺たちの世話係のエルフが入るかどうかを聞いてきたのだ。


 入ると告げると準備があるらしく、寝室で待機していることになった。


 コン、コン、コン


「どうぞ」

「バアル様、湯浴みの用意ができたようです」


 俺はラインハルトを連れて浴場までくる。


 建物を出て少し離れた場所まで移動すると、何やら木造の建物から湯気が出ているのが見えた。


「こちらがそうです」


 中に入ると二つの通路になっている。


「右が男性、左が女性専用になっていますので、くれぐれもご注意を」


 そういって世話係のエルフはタオルなどを手渡すと左の通路へと進んでいった。


「じゃあいくか」

「そうですね」


 右の通路を進むと脱衣所にでた。


「では私はここで待っております」


 そういうと周りを警戒し始めた。


 ラインハルトは有事に備えて護衛として連れてきた。もちろん風呂に入るなどは護衛を交代するまではできない。


 本当は風呂にも同行した方が護衛はやりやすいのだがそれでは俺の気が休まらない。なので脱衣所で待機してもらう。








「ふぅ~」


 風呂は一つの露天風呂のみで周囲にはシャワーのように使えそうな蔦がある。


 露天風呂に浸かり、空を見上げると星空が見える。


(光源があまりないからはっきりと見えるな)


 空には天の川を連想させるほど、星が輝いて見える。


 チャプン


 横に誰かが入ってきた。


「どうだい、城自慢の浴場は」

「最高ですね」


 入ってきたのは桃色の髪をしている青年、アルム王太子だ。


「先ほどの口調でいいぞ、そっちの方が楽だよ」

「では遠慮なく」


 気配から伝わってくる親近感からか、お互い砕けた口調になる。


「僕が来るのは感じ取っていたかな」


 気配で近づいてくるのがわかっていたのであまり驚きがない。


「やはりアルカナ持ちだからかお互いの感覚がはっきりとわかるね」

「……アルムもそうなのか?」


 よく見ると、髪に隠れてはいるが額の場所に腕の紋様と同じようなものが入っている。


「ああ、私は【皇帝】のアルカナだ、君は?」

「……俺は【塔】のアルカナ」


 そういうと笑顔になり嬉しそうになる。


「良かったよ最初に【塔】と出会えるなんて、しかも友好的に」

「どういうことだ?」


 まるで【塔】に警戒しているような物言いだ。


「あれ?バアルはアルカナについて知らないの?」

「ああ、ダンジョンの報酬で出た」


 その後に槍が壊れ、仕方なく使うと契約者となったことを伝える。


「じゃあ何にも知らないのか」

「アルカナには何か秘密があるのか?」

「ああ」

「教えてもらえないか?」


 すると少し考えこむ。


「……じゃあ僕に協力してくれるなら教えよう」

「人族との交易を進めろと?」


 それにアルムは首を振る。


「君たちも馬鹿じゃない、内乱の火種なんて持ち込まれたくないだろう?」


 そのとおりだ、火中の栗を拾う、なんてお断りだ。それこそ種火とかではなく大火の中からとなればなおの事。


「そうだな、それが嫌で俺は拒否したわけだしな」

「だからこの国と交易したいと思わせるようにする、それに協力してくれ」


 少し考えて頷き返す。

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