第26話 学園初めての行事

「林間合宿だと?」

「そうです」


 寄宿舎の自室にてリンからの報告で一週間後に新入生全員で合宿があるのが知らされる。


「入学式に説明があったじゃないですか」

「そういえば……言っていたな」


 記憶を掘り返すと言っていた気がする。


「興味ないから忘れていた」

「……とりあえず、この合宿は使用人などを連れていくことはできないのでご注意くださいということです」


 貴族からしたら嫌な知らせだろう。


「これは一人で森で生活できるようにするためというのが理由のようです」

「貴族ならほとんどが人任せだからな」


 服すらも着替えられない貴族の子弟もいるぐらいだ。それゆえに貴族の寄宿舎には使用人が何人もいて、寄宿舎の部屋には使用人の部屋が独自に設けられている。もちろん一人用の部屋もあるが、大抵の貴族はそちらに住んでいる。かくいう俺もそうだ。


「道具は学校側が準備するので必要なのは私物だけでいいそうです」


 一つの紙を渡される。


 中身を見てみると、何を用意すればいいのかなどが事細かに書かれていた。


「これはどうした?」

「知り合いから融通してもらったものです」

(……リンは知り合いが多いからな。こういったことには困らないだろう)


 その後、内容を参考にしながら、準備を進めることになった。



















「こんばんは、総督」


 夜になると、俺は・・久しぶりに組織の場所に顔を出す。


「昨日の件はありがとうございました」


 俺は久しぶりと思っているのにアルバは昨日という、この矛盾には一つの理由がある。


『前日は契約している店で暴れている暴漢を殺害いたしました』


 魔導人形を操作していると人口音声が聞こえてくる。


「(わかった)あれぐらいなら問題ない」


 今の声はあらかじめ魔導人形キラに組み込んだ自律思考AIによるものだ。


(大学でAIについての論文を読んでいてよかった)


 なにせ毎夜毎夜、魔導人形を操作していたらさすがに寝不足だ。そこで考えたのが魔導人形にAIを搭載し、俺の代わりに自律的に行動させることだ。声やしゃべり方、行動もすべてあらかじめ俺とそっくりに似せており、中身が変わっていると気づく存在はいないだろう。


(前世の基準ではAIの兵器転用は禁止されていたが、こちらにそんな制限などないからな)


 もちろんすべてをAI任せにはしていない。問題なさそうな案件をAIで判断してもらい、仮に俺の操作が必要なときのみ通知が来るようにしている。そして夜にどんなことがあったかを録画して貰っているので口裏を合わせるのも容易だ。


 そして今日の昼頃、俺の操作が必要な案件が出てきたことから今夜は任せずに操作している。


「それで調子はどうだ?」

「問題ないです、組織の上の部分だけを挿げ替えただけなので上納金もすんなりと入ってきています」

「いくらだ?」


 アルガは引き出しから一つの書類を取り出す。


「本日だけでも端数を切り捨てても金貨10枚ほどですね」

「結構な大金だな」


 日本円に換算すると1000万ぐらいの金が入ったことになる。


「で、俺への要件は?」


 実は今日ここに来たのは用事があると通達がいていたからだった。


「こちらのほうに、我々の後見人がそこにいます」


 アルガに渡された紙には場所と時間が書かれていた。


(子守りならごめん被りたいものだ)


 『夜月狼』の後ろにいる人物を思い浮かべながら、俺は部屋を出ていく。











 次の日の夜。


「よく来たな」


 指定された部屋に入るとすでにニゼルが待っていた。


「早速で悪いが今回の要件はなんだ?」


 ニゼルの要件はろくなものがない。なにせ以前はとある貴族の馬車を襲えという指令だった。ただこちらとの約束は守っているようで、ゼブルス家周辺にちょっかいを掛けるような真似は、『夜月狼』では存在していなかった。


「グロウス学園で林間合宿があるのは知ってるか?」

「……ああ」

「その林間学校ではたまにだが犠牲者が出るようなんだ」


 そういうとニゼルは黒い笑顔を浮かべる。


「……はっきり言ってくれ」

「その林間学校でとある三人を消してほしい」













 翌朝。


(めんどくさい話になった)


 昨日のことを考えながら学校に向かう。






『その林間学校でとある三人を消してほしい』

『その三人とは?』

『平民のアーク・ファラクス、同じく平民のオルド・バーフール、そして最後にカリナ・イシュタリナだ』


(俺が介入した決闘の3人だな)


 ここまでの情報が揃えばニゼルがどのような考えをしているかがわかるのだが、キラという体裁を崩さないようにする必要があった。


『なぜだか聞いていいか?』

『……殺す依頼を受けてくれたら話そう』

『残念だがゼブルス家と衝突するリスクがある限り依頼は受けられない』


 こちらとしてはあまりにもどうでもいいことなので、そう断ろうとしたのだが。


『別にお前が出向いて殺せと言っているのではないのだぞ?』

『……どういうことだ?』

『林間合宿では学校の教師が周囲の危険な魔物をあらかじめ刈り取るとされている』

『それで?』

『そのあとは学生だけに森の中で2泊3日キャンプをさせる………その間、強い魔物は発生しない・・・・・とされている』


 ニゼルの言いたい事はなんとなく分かった。


『つまりは生徒では手が付けられない魔物を誘導すればいいのか』

『そんな不確かなやり方では微妙だ』


 すると机の上に袋が置かれる。


『これは?』

『エスカリゴケから抽出した魔物誘引剤だ』

『……禁忌品か』


 これはエスカリゴケという魔物を誘引する苔から、魔物誘引する成分を取り出し凝縮させた薬だ。使えば急速に強い魔物を呼び寄せることができる。


『これを使えと?』

『そうだ。これを三人のキャンプ場の近くで火にくべればいいだけだ、簡単だろう?』


 ニゼルが言ったやり方だと、キラの仕業と断定しにくいため、俺との衝突を理由に断ることは難しい。強引にバアルがいるためと断ってもいいが、それではニゼルの、と言うよりアズバン家のお墨付きが切れてしまう可能性があった。


『………………わかったが、近くにゼブルスがいるならば少し離れた場所に焚くがいいな?』

『しかたない、それが契約だからな』


 ということで合宿中に三人を殺す手はずを整える必要がある。














(これから裏の情報が手に入りやすくなるのと俺に危害が加わる可能性、それと三人の平民の命か、取るなら裏の情報だが………)


 損得を考えるとアズバン家と繋がりを持った方がいいと考えるのだが。みすみすユニークスキル持ちを殺すのも惜しい気がする。そして何より俺に危害が加えられないという保証がどこにもなかった。


(とりあえず騒ぎが起こっても対処できるようにしておくべきだな)


 学園が終わるとリンを伴ってとある場所に向かう。


「バアル様…ここは?」


 やってきたのはごく普通の食堂だ。


「見ていろ」


 中に入ると、客は誰もいない。


「寂れていますね……」


 唯一店主が椅子に座って作業をしている。


「まだ空いてな―――なんだ若様か」

「久しぶりだな」


 ここは影の騎士団の拠点の一つだ、表向きはただの大衆料理店だが特定の人物は裏に通される。


「今回は何用で?」

「面白い情報を手に入れてな、それの確認のために数名貸してほしい」

「となりますと」


 店主は裏に行き人を呼んでくる。


「ザガさん、お話ってなんですか?」


 出てきたのは見慣れた藍色の髪の女性、ルナだった。


「おい、こいつしかいないのか?」

「ええ、今はこいつしかフリーなのはいないのです」

「……よろしく、ルナ」

「なんで微妙な反応なの!?」


 思わず俺とリン、店主が視線を合わせる。


こんな・・・でも実力はあるから」

「店長!?」

こんな・・・でも実力があるのは分かっているのだけどな」

「若!?」

「ええ、ルナは少しドジ・・ですけど、実力はありますよね」

「リンも!?」


 全員が頷く。


「皆さんひどいです!」


 そういいながら裏に戻ろうとするが、つまずき洗う前の皿の場所に突っ込んでいく。


「うう~~」


 怪我はないようだが体中に残飯の汚れがついて酷い状態になっている。


「あ~、とりあえず裏の井戸で汚れを落としてこい」

「……あい」


 と、こんな感じで結構な頻度でドジを踏むのだ。


 この様子を見て信用を寄せられると言える奴は普通はいない。


「本当にあれ以外いないのか?」

「残念ながら」


 俺と店主は共に溜息を吐く。


「いないなら仕方ないか、あいつを借りるぞ」

「ええ、どうぞどうぞ」


 遺憾ながら今回は彼女を借りることになった。













 ザガの店から少し離れた店で話し合う。


「で、私は何をすればいいんですか?」

「少し調べてもらいたい事があってな」

「何をですか?まさか他国の極秘情報とか!?」

「……そんな物、お前バカが盗ってこれるわけないだろう」

「やってみなくちゃ分からないじゃないですか!!」


 思わず、ならやってこい、と挑発しそうになるのを耐える。


「とりあえず指示はこっちから出すから余計な真似はするな」


 一つの指示をルナに出し、早速行動に移ってもらう。













(さてさてこれで少しは騒ぎに対処しやすくなるかな)


 ルナに指示を出し終えると、リンと共に寄宿舎に戻る。


「あの、バアル様、イドラ商会からお手紙が届いております」


 エントランスを過ぎようとすると受付の一人から声が掛けられる。


「どれ……リン、一度イドラ商会に行くぞ」

「わかりました」


 手紙の内容を確認すると、リンを伴ってイドラ商会王都支店に移動する。


「お待ちしておりました、ご要望された品はすべて揃っておりますよ」


 付くなり俺たちは倉庫に案内されて道具一式を渡される。


「あの……これは?」


 リンは渡された荷物を見て不思議そうに首をかしげる。


「以前リンに渡されたリストを覚えているか?それを参考に荷物をイドラ商会に手配していた」


 荷物の中身を開いてみるとリストに書いてあるものは一通り入っている。


「これをもっていけば他にはいらないだろう」


 荷物を『亜空庫』に仕舞い今度こそ寄宿舎に帰る。










 そして数日が経ち林間合宿の日がやってきた。


「では皆さん、それぞれの馬車に乗り込んでください」


 学園の入り口で特待生、貴族、平民関係なくランダムで馬車に詰め込まれる。馬車は8人がゆったりと乗り込めるサイズとなっており、人員も衝突がないように考えられている。


 リンとは付き人ということで同じ班になることができたが、俺以外はすべて貴族なので、俺の噂を知っているため。


「「「「「「………」」」」」」


 俺たちのことを遠巻きに見ている。悪名というのは得てしてこういった事態を引き起こす。


(……眠くなりそうだ)


 ただ馬車に揺られて移動しているだけなので自然とあくびが出てしまう。


「「「「「「!?」」」」」」


 だが俺が欠伸をしただけでも緊張するほどと言えばこの馬車の中の空気の重さがわかるだろう。









 俺たちが合宿するのは王の直轄地にある比較的に危険が少ないアクリズ森林と呼ばれる場所にて行われる。その森林は王都から西に少し移動した場所に存在しており、森自体は広大だがそこまで鬱蒼とはしておらず、合宿などには最適な地だった。地形は西側に山に接しているが他の三方向は森が終わると平原になっている。


 そのため、ある程度道を整備しただけで馬車は森の中を進むことが出来る。そして馬車は森の中で開けている場所まで進んでいく。








「さて皆さん、これから二晩この森で過ごしてもらいます。この森は比較的に弱い魔物ばかりですが、一応教師や冒険者などが徘徊しているのでほとんど安全だと思います。もし何か困ったことがあったらこの場所まで戻ってきてください」


 全員が降車したところで、それぞれ組み分けした班で森の中でキャンプする場所を決めるようにと知らせられる。


 周囲の班はどのような場所がいいかを話し合い、その場所を探索しに移動していく。


 俺たちの班も例にもれずに最低限どのような場所がいいかを話し合い、移動を始めるのだが。


「「「「「「…………」」」」」」


 森の中を歩いているが誰も声に出さずただ後ろをついてくる。


(完全に外れを引いた時の反応だな)


 逆に言えば問題が起こらなそうで何よりだが。楽しい思い出は作れる気配はない。


 俺を先頭にしばらく進むと川の音が聞こえる。


「水辺にテントを張ろうと思うがどう思う?」

「「「「「「は、はい、いいと思います!」」」」」」

「問題ないと思いますよ」

「……………」


 完全に言いなりとなった彼らを連れて、とりあえず川辺に移動してテントを張り始める。


「リン、この場じゃお前が一番あいつらと距離を詰めやすい」

「わかりました」


 無言で気まずい雰囲気をリンに何とかしてもらう。実際、リンが声を掛けると、俺の時とは違い緊張せずに話が始まっていた。


(まぁこれで少しは雰囲気も良くなるかな)


 荷物から布とロープを取り出して少し細工し、そして木の枝に吊るすと即席のハンモックとなる。


「バアル様、これから食料調達に向かいたいんですが」


 この合宿では基本的に食料は自分たちで調達して、毒物が入ってないかを先生に診てもらい、合格をもらったらそれを食すというスタイルだ。


「俺も行った方がいいか?」

「できれば川で魚を取ってもらいたいのですが」


 たしかに俺なら簡単に取りやすいだろう。


「なら二人だけ置いて行ってくれ、使うから」

「わかりました」


 その後、男女一組を借りることになった。

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