第76話


「進路希望?」

 私の前の席に座る晴が、プリントを回してくる。その紙に書かれていた、もう見ることもなくなった文字にきょとんとする。

「そらもう3年やし。もう何回も提出してんで?」

「あー、ごめん。記憶が」

 そう言えば、晴が焦るのが可笑しかった。私がトリップしたことで生じる矛盾も誤魔化せるし。


「高野くんはどこにしたの?」

 こんなもの渡されても、意味もなければ土地勘もないし、書けないんだけど?晴に尋ねてプリントを見せてもらう。

「俺は近くのとこ。遠いとこ行くんもダルいしな」

 彼の綺麗とは言い難い字をそのまま書き写す。

「私も、同じとこにするわ」

 第一希望だけを書いてプリントを裏返した。

「三島さんも同じかあ。おもろそうやなあ!」

 なんだか晴を追いかけて同じ高校行くみたいだな、なんて思ったけど、何の疑問も抱かない彼に胸を撫で下ろした。


「そういや、彼氏とは最近どうなん?」

 ……いや、あなたなんですけど。

「あー、最近会えてないんだよね」

 彼氏と恋バナするって、どんな状況よ。

「え"。喧嘩でもしたん?」

 マズい!とあからさまに顔に出す晴。

「してない、してない」

 ぶはっと笑って否定すれば、安堵していた。


「……会いたい?」

 私を下から覗き込んで、恐る恐る──というように、問いかける。

「…会いたい、かもね」

 毎日会っていても、君は私の知ってる晴じゃない。……私のことが好きな、晴じゃない。そのことがやたらと寂しくて、『ななちゃん、大好きやで!』と毎日伝えてくれる彼を思い出すと、無性に会いたく、なる。


「ええなあ、なんか」

 こちらを振り返ったまま、私の机に頬杖をついた。

「なにが?」

「そんな愛されてんの、羨ましいわ」

 君の見ている今の私──“せんせぇ”は、過去に囚われたまま、前に進めていない。君を、恋愛対象に、なんて。想像もしていないよ。

 そのことを痛いほど分かっているのだろう。寂しそうな横顔が、印象的だった。


「三島さん、ツンデレやろ?」

 学生特有?の突然切り替わった会話。

「そんなことない」

 ツンデレの定義がよく分からないけど、自分で思ったことはない。

「男は、そんくらいがグッとくんねん!」

 ああ、なんだか……“学生”って感じ。

「……高野くんも?」

 少し、意地悪をしてみたかった。これは出来心。

「……え?」

 きょとん、としている晴。

「高野くんも、グッとくるの?」

 自分なりの、真剣な顔で──もう一度問いかける。晴は私の真面目な雰囲気に、顔を強張らせた。おお、困ってる、困ってる。


「……なーんてね!なんて顔してんの!」

 ……やっぱり、柄でもないこと、するべきじゃないね。

 中身が私なら“三島さん”でも好きになるのかな?なんて。

 試すみたいなことしたら、バチが当たりそうだ。


「俺を揶揄うなんか、ええ度胸やな!?」

 ……ダメだよ、晴。

「はは!」

 そんな隙見せちゃ。


 意外にも純粋というか──女を惑わせることはあっても、惑わされることなんてなさそうなのに。


 “三島さん”に少しでも揺さぶられた晴に、ちょっと、モヤついた。

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