第70話








「……晴?」

 どこか遠くから大好きな声が聞こえて、目を──開いた。


 視界いっぱいに広がるのは俺を不思議そうに覗き込む、大人になった最愛の人の顔。


「……ななちゃんッ!?」


 勢いよく起き上がれば、そこは柔らかなベッド。見慣れた部屋。大好きな、香り。


「……ななちゃん、今いくつや!?ちゃんとアラサーか!?」

 首を傾げるななちゃんの肩を掴む。

「あんたねぇ……!」

 怒りで頬がピクピクと痙攣するななちゃん。頭を思いっくそチョップされる。

「……いってぇ……!」

 ──夢や、ない?

 こっちが、現実?ホンマに?


「……なんで、泣いてるの。」

 どっちでもええわ。今度こそ、醒めんといてくれよ?

「あー、ホンマ……夢の中でも振り回してくれるわ……」

 泣いてへんわ、と誤魔化して、無意識に目に溜まった涙を拭う。


「はぁー……。あんな夢、二度とゴメンや……」

 もう一度寝っ転がって、深呼吸をする。

「どんだけ悪い夢だったの」

 怪訝そうなななちゃん。教えたるわけないやろ。

「……俺がいっちばん恐れとることや」

 それだけを言うと、オバケ?とか世界中の女の子からの告白責め?とかしょーもないこと考えとる。……後者は確かに怖いわ。



 高校生のななちゃんは、まだ幼くて可愛らしくて……ホンマにカッコイイ女やったで。けどやっぱり。俺のことを好きでいてくれる、地味で色気もなくて、カッコ悪いアラサーのななちゃんの方が、愛おしいわ。


 ……ななちゃんはモテへんって勝手に思ってたけど、イケメンからはモテるんやって発覚した。

 それから俺は、今までの10倍ななちゃんに近づく男への警戒がひどくなって、ななちゃんからこっぴどく怒られることになる。







 ──なあ、ハル。


 俺がちゃんと、幸せにするから。お前に負けへんくらい、大事にするから。

 そこでちゃんと、見とけや。


 ……ゴメンな。



 窓の外に視線を向ければ、見上げた空はいつか見たのと負けへんくらい真っ青で。




 ──ばーか!


 そう言って無邪気に笑う、どっかの雑誌にでも載ってそうな芸能人ばりの笑顔を思い出して


 ──おめでとうな。


 心から祝福してくれる、大事な友達の声が


 雲ひとつない青空の向こうから、聞こえた気がした。

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