第64話


「──喧嘩した」

「……えらい急やな」


 ななちゃんの顔を見ても、普通に話ができるようになった頃。“ハル”の名前を聞いても動揺せんくなった頃。苗字で呼ぶのにも呼ばれるのにも慣れてきた頃。それは起こった。


 隣の席にどさっと座ったななちゃん。珍しく不機嫌そうや。

「あっちの大学行くって話したら、推薦で決まってたとこ蹴って一緒に行くとか言い出すんだよ!?ありえない!」

 ……聞いてた話と、全部一致していく。そんなら、やっぱり、アイツは。


「……そんだけ、川瀬さんと離れたくないんやろ」

 俺がおんなじ立場でも、そうしたやろなあ……とは言えんけど。

 俺の言葉にぐっと押し黙ったななちゃんは、唇を噛む。


「それでも、ハルは自分の夢をちゃんと叶えて欲しいよ……」

 弱々しいななちゃんの声。どんだけ愛されてんねん、アイツ。普通の女なら、喜ぶところちゃうんか?自分のことよりも相手のことを思えるななちゃんは、やっぱりええ女やなあ。


「……アイツにとって、夢を叶えることよりも、川瀬さんと一緒におることの方が大事なんかもしれんやん。たとえ夢を叶えても、川瀬さんがそばにおらな……なんも意味ないと思うで」


 ……そんなら俺も、ええ男にならなアカンやろ?

 俺の言葉に目をまん丸にする。そんで、ニッと笑った。

「高野くん、顔だけじゃなくて中身も男前だね」

 悪戯っ子のように笑うななちゃんは、今まで見たことのない表情やった。


「今更気づいたんか」

 軽口を言い合える関係も懐かしいなあ。

 ケタケタと笑うのも、子どもっぽくて。大人っぽいななちゃんはここにはおらんけど、その代わりに俺の知らん顔もたくさん見れる。……この顔見たら、神様に文句も言えんなあ。


「あんな優良物件、逃したら次ないかもしれんで?」

「たしかに!でもなんかむかつく!」

「はは」

 何か吹っ切れたようなななちゃんは立ち上がると

「ハルとちゃんと話してくる」

 と言って俺に飛び切りの笑顔で礼を告げた。

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