拾、兄弟
ようやく……本物のデライドと会えて……彼も私に会うことを望んでくれていて……。
なのになぜ私は兄デライドと結婚しなきゃいけないのー!!
「スコットレイス公爵家と王族はいつも男児が生まれ、縁組を望んではいたもののなかなか機会に恵まれなかった。そなたの父である公爵のときも、お互い男兄弟だけだった。だがようやく、王子と令嬢が近い歳で生まれた。これで縁組が出来る。スコットレイス公爵令嬢、そなたはそもそも王妃となる運命なのだ」
ニコニコしながら国王陛下は私へ爆弾のような情報を落とす。
は……?
そんなの……聞いてない。聞いてないし知らない!私はいつの間にそんな人生を決められていたの?!お父様へ顔を向けると、姿勢は崩さないまま首だけ反対側に向けた。
知ってて黙ってたの?!信じられない!お父様のバカ!
「長女であるそなたがパーティーに出ないことが許されたのも、幼い頃に王城の庭園を自由に出入りできたのも、将来王妃となることが決まっていたからだ。それに、家での教師も厳しかっただろう?あれは将来のために私が派遣した。貴族令嬢が教わる勉強量の3倍だった。報告によれば、難なくこなしていたそうではないか」
「……!」
言われてみれば、めっっっっちゃ厳しかったし勉強量もえげつなかった。だけど勉強が終わったら薬の調合の時間をくれるって言うから、一生懸命にやっていたのだ。そして庭園も……よく考えたらあんなに自由に歩き回れるはずがない……。
ハッ!思い出した。『過去10年の即位式で新王妃が来たドレスの色』とか『王城の隠し通路』とか……普通そんなの習わないじゃん!!え、私が鈍感だったわけ?!
ドレスの色に関しては……もしかして『過去の色と被らない色を選ぶため』の事前情報なのでは?!
「はい、これ婚約証書。色々準備しないといけないんだから、婚姻は3ヶ月後ね」
「えっ、えっ……」
国王陛下の横にいる王妃殿下が、微笑みながら書類とペンを私の前に持ってくる。なにこれ。誰も断れない状態なの??私、兄デライドとなんて結婚したくない!
「早く書いて」
「っ?!デライド?!」
私は弟デライドの言葉に唖然とする。
なんで……私と結婚してくれるんじゃなかったの……?さっきの再会は、嘘なの……?私は兄デライドと結婚することになるのに、あなたはそれでいいの?!
「プッ……ククク」
あまりのショックに泣きそうになっていると、どこからか笑い声が聞こえる。私が絶望を味わっているときにどこのどいつだよバカ野郎と思えば、それは兄デライドだった。
「父上。肝心なところを言い忘れています。リーナ、僕はね」
「おいヴィンバート、もうリーナと呼ぶな」
兄デライドが何かを説明しようとしていると、私の横の弟デライドが冷たい声で言い放つ。
……あれ?
今、弟デライドが兄デライドに向かって『ヴィンバート』って言った?
「やだなあ兄上、僕はリーナに興味なんてないから安心してよ」
「だから呼ぶなって言ってるだろ!」
ん?
兄デライドが弟デライドに、『兄上』って言った?
んんんんん???
「今説明するから。王城で10年ぶりの再会シーンからついさっきまで、君と結婚する話をしていた僕は、本当は弟なんだよ。ずっと兄のふりをしていた、ヴィンバート・デオルド・グランディーレだ」
兄デライドがそう名乗った。なっ……なにそれどういうこと?!頭が大混乱しているのに、今度は横の弟デライドが口を開く。
「言うのが遅くなってごめん。幼い頃にリーナと出会って、仮面舞踏会で再会して、瘴気を取り除く薬を飲んで回復して、今リーナの横に立っている僕が第一王子、ジルジート・デライド・グランディーレだ」
弟デライドは苦笑いをしながらそう言った。
んんんんんんん???
ってことは……私が兄デライドって呼んでたほうが本当は弟で、結婚の約束をしたあの男の子が本当は兄だったの?
えぇぇぇぇ!!
頭を抱えて崩れ落ちそうになると、弟デライド……弟じゃないからもう“弟”はいらないか……デライドが私の腰を抱いて支える。
「わからない……どうなってるの?えっ?だって病弱なのは弟って聞いてた……」
「さすがに第一王子が病弱だとは公表出来なかったから、最初から病弱なのは弟ということにしていたんだ」
「本来なら兄上が国王になるわけだけど、兄上は治る気配がないし、僕達は立場上表に出る必要もある。だから父上は、僕達の立場を完全に入れ替えることを決めた。弟である僕が兄のジルジートとして。兄上が弟のヴィンバートとして、ね」
双子の王子が表に出る前からそう世間へ告げられていれば、勘違いするのも仕方がない。しかし入れ替わっていたなんて……。
デライドに腰を抱かれたままの私は呆気にとられている。頭上からデライドの声が聞こえてきた。
「父上も話していたように、リーナは王妃として迎え入れることが生まれたときから決まっていたんだ。僕がそれを知ったのは、庭園でリーナと仲良くなった頃。そして、完全に立場を入れ替えることが決まったのはリーナと最後に会った日の数日前だった」
あの日、私達は大切な約束をした。結婚しよう、と。そしてしばらく会えなくなるけど必ずまた会おうと。
「このままだと弟が国王になり、リーナは弟と結婚しなくちゃいけない。だから僕は、いつか体が治って国王になれたときのために……リーナと結婚するために、君に会うのをやめて勉強を詰め込んだ。普通の人よりも体力がないから、勉強も時間がかかるんだ。会えなくなることは本当に嫌だったけど、それよりもリーナが誰かと結婚するほうが嫌だった」
「デライド……そんなことがあったのね……」
少し気持ちが落ち着いてきた私は彼の頬へ手を伸ばすと、デライドはそこに微笑みながら手を重ねた。以前は血の通わないような冷たい手だったけど、今は違う。彼の温かい体温が、私の冷たい手に伝ってくる。
「あ、僕は別にリーナと結婚しても良かったんだけど、兄上がそれを許さなくてね〜」
「リーナって呼ぶな」
「はいはい。んで僕のほうももちろん第一王子のフリをしていたから大変だったけど、兄上は優秀だからいつも力を借りて仕事をした。最悪、僕が国王になってもそうやって兄上と協力していけばいいかなと思ってたんだ。だけど……」
「だけど?」
急に歯切れ悪くなった本当の弟のヴィンバート様は、少し言いにくそうに、恥ずかしそうに小さくつぶやく。
「す、好きな子が出来てしまってね……。ほら、この間のティーパーティーにいたナビエラだよ。彼女も僕のことをずっと好きだったらしくて……。結婚したいと言ったら、喜んでくれたんだ……ウハッ!あーもう恥ずかしいっ!ティーパーティーを開いたのは、ナビエラと仲良くなってほしくて。ナビエラは僕が本当は弟だって知ってるんだ」
最後に話しかけてきた、藍色の髪が肩くらいの長さの令嬢だわ。
「だけど、僕と兄上が入れ替わってることをリーナは知らないんだって言うの忘れちゃったんだよね。後から言ったら、ナビエラにとても怒られたよ……」
ヴィンバート様は一人でテンション上がって一人で照れて一人で落ち込んでいる。恋する乙女か!
しかし思い出せばナビエラ様との会話が成り立たなかったのも頷ける。だって私、弟のほうが好きってめちゃくちゃ言ってたから。
「こうなってくると問題が山積みだ。兄弟それぞれ結婚したい相手がいるのに、本意ではない相手と結婚しなくてはいけない。だから僕は兄上と相談し、父上に直談判した。それが半年前だ」
「僕は国王になりたいけど体が弱い、弟は体が丈夫だけど好きな人が出来たから婿入りするために国王になりたくない。父上が悩みに悩みまくって、『ジルジートの病気が20歳になる前に治り、スコットレイス公爵令嬢がお前たちの見分けをつけられるのならば、ジルジートを国王にする』って条件を出した」
そうなんだ……。って納得している場合じゃないんだけど。私まんまと再会したときにデライドって言っちゃってるけど。あのとき全然見分けられてなかったけど。
「だから僕は兄上の代わりにリーナと再会し、本当に見分けがつくのかを試すことにした。兄上に会わせなかったのは、体調も悪化していたし、比べられたら歴然と違いがわかっちゃうからだよ。そして薬も作ってもらおうと思ってね。結構楽しかったよ〜、可愛く照れちゃってさ」
「……僕は弟のブローチから魔法を通して見ていたけど……リーナが抱きしめられているのとか顎に手を当てられているのとか腹立たしかったよ……」
「でも二重の幅とかホクロとか気づいたとき、兄上は嬉しそうにしてたじゃん。僕だって気づいてなかったのに」
「そりゃあ、10年前に会ったきりのリーナが僕のことちゃんと覚えててくれたんだから」
デライドは後ろから私のことをぎゅっと抱きしめる。冷静になるとこの状況がとんでもなく恥ずかしい!なにこれ、双方の親の前でずっと抱きしめられているのとか拷問じゃないですか?!ああああ顔が熱いよぉぉぉ!!
「そ、それにしては私に気付いてほしそうに動いてませんでしたか?仮面舞踏会を開いてデライドに禁術を使うとか、顔を近づけるとか。見分けるために私を騙したのではないんですか?」
「当たり前だよ!僕はナビエラと結婚したいんだから、さり気なく気づくように行動したさ!あ、でもバルバリエラの花だけは本当に嫌だった……」
「……」
だから、どんだけバルバリエラの花が臭いんだってばよ!
「でももう父上もわかってくれたよ。これで弟も好きな人と結婚出来る。だから僕も、リーナと結婚出来るんだ!」
パッと体ごとデライドのほうに向けられ、一瞬で唇を奪われた。
まだ少し頭の中が混乱はしているけど、でもこれで私は本当に好きな人と結婚が出来るんだわ!嬉しい!やっとデライドと……
……デライドと?
ってことは……。
「だからさっきから言ってるだろう?ジルジートとの結婚を進める、って」
国王陛下が婚約証書をひらひらとさせながら、ニコニコとした笑顔でこちらを見ている。ついさきほど言われた衝撃の事実が、頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。
「あっ……。と、いうことは……やっぱり……」
「ジルジートの妻、つまり王妃になるのだ」
いやぁぁぁぁぁあ!!結局!!
「わ、私は薬を作ってこの世の中をより良くしていきたいと思っておりまして。そのためには時間と労力がいるのですよ……私の作った薬で病気の人を治したいという夢もありますので……その……王妃になると何かと忙しいのではないかと……」
「ちゃんと薬を作る時間は作るから大丈夫だよ」
正面から声が聞こえてきてビックリする。あっ、そうだった私今デライドに抱きしめられてるんだった!!私の腰に彼の手が回ったまま!!この状況もなんとかしてくれぇ!!
「結婚式まであと3か月あるから、それまでは王妃教育がみっちり入ってるからね?」
「ま、待って!デライド、私に薬を作る時間をちゃんとくれるって言ったわよね?まさか無いわけないよね?」
「無いよ」
「なっ、なんで?!約束してくれたじゃない!忘れちゃったの?!」
「約束したよ。『結婚したら』その時間を作る、って」
「ぬぁっ……?!」
変な声が出た。
つまりは?結婚するまでは?私は?薬を?作れないんですか?!
「わ、私……貴族令嬢の方々とあまり気が合わなくて〜、人との交流をあまりやって来なかったから〜王妃になったらきっと大変な」
「ああそれは僕のほうでやっておくよ。ナビエラにも言っておく。大丈夫、他の令嬢は“健康な兄殿下”が好きだったんだから、兄上とリーナが結婚することに誰も文句は言わないはずだよ。っていうか言わせないよ」
ヴィンバート様はヘラヘラとそんなこと言ってるけど、無理でしょうが!見た目同じで健康になったデライド見たら、こっちにも流れ込んでくるでしょうが!!綺麗に2等分するわよ!
「リーナ、結婚のために何でもするって言ってくれた……よね?あれは嘘だったの?僕のこと、好きって言ったのは嘘だったの?」
つい先程まで笑顔だった目の前のデライドは、急に悲しげな赤い瞳を震わせた。美形の潤んだ瞳は最強の魔法だ。私は何も反論出来なくなる。
「そんなことない!私はデライドが一番好きで……」
「なのに、僕と結婚してくれないの?」
ああ、なんだこれは……。この状況は私が首を一回縦に振ればすべてが丸く収まるのか。周りを見れば、誰もが私の返事待ちという顔で立っていた。
そうね、そうよね……私はずっとデライドのために頑張ってきたんだもの。そのために努力して、みんなに認められる薬をたくさん開発して、堂々と彼の前に現れたかったんだもの。彼の病気を治せたんだもの。
だから、彼が第一王子だと知ったことも、私が王妃になる人生と決まっていたことも、認めなくちゃいけないのよね。
………。
認めたくないんですが!!!
だがもうこれは断れないのだ。色々察した。ええ、察しましたよ。私はデライドと共に生きることを、王妃になることを決意する。
……私、なれるのかな?とにかく頑張ろう。結婚するまで、薬草を寝室に持ち込んで夜な夜なこっそり作ろう。
「婚約証書にサイン……します」
「わぁ!ようやくこの日を迎えられたよ。ありがとうリーナ!」
目の前のデライドから再びキスをされる。
……薬の調合器具、内緒で王城に持ってこよ。
「あ、もし結婚するまでに薬調合関係の道具が部屋から見つかった場合は、没収の上、王妃になってからの一年間は調合禁止にするからね?王妃って結構忙しいんだよ」
「そ……そんな!」
「だから3ヶ月間だけ我慢してね?だって僕、10年間もずっとリーナに会うのを我慢していたんだよ?それとも、たった3ヶ月なのに……我慢してくれないの?僕はリーナのために10年頑張ったのに?」
「うぅ……」
またこれ!悲しそうな顔を近づけて私へ攻撃してくるパターン!!私デライドのこの顔に勝てない!!この人私を言いくるめる顔面と魔法を持ってるんだわ……。知らなかった……この10年の間、私の知らないうちにとんでもない能力を身につけていた!
「リーナ?我慢できるよ、ね?」
「……はい」
が、我慢する……。
頑張る。
そうよ、私は……好きな人のために、頑張ってきたんだからこれくらい耐えてみせる!
「さすが僕のリーナ!今までもこれからも愛してるよ!」
本日3度目のキスと大きな拍手が巻き起こった。
〜完〜
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