第42話:地下へ

 この草原にしか生息していないモンスターは、Eランクの『エセラノン草原トナカイ』という、大きな角を持ったモンスターだ。

 その名の通り、見た目はトナカイなんだが……とにかくデカい。

 体長は3メートル以上あって、角は太いしかなり鋭利に尖っている。

 ただ角が重いせいで、動きはそこまで早くはない。だからEランクなのだ。


 そしてこいつの亜種で、『エセラノン深淵トナカイ』というのがいる。

 森で暮らすことに適応したのか、体のほうは大きくても2メートル半と少し小型化し、角も細くなっている。

 代わりに角が刃のように進化して、危険度で言えばかなり高い。しかも性格も狂暴になっているし、だからこちらはCランクだ。


「これの角や毛皮は高く取引されるのですよ!」

「蜥蜴人の集落でも、こいつ一頭で村で使う一か月分の小麦と交換できるぐらいなのだ」

「一か月分!? 本当ですか、アーゼさん」

「あぁ。だが狩るのは容易ではない。本来なら……ばな」


 そう言って、アーゼさんが山住になっている素材を見つめた。

 あそこには草原トナカイの素材はあっても、深淵トナカイの素材はないんだけどな。


「ちなみに、トナカイ以外の素材もしっかりお世話させていただきますよ!」

「買取をしてくれるってこと?」

「はい! 知っていましたか? こちらの大陸に生息するモンスターは、他の大陸では見かけないものも多いのです! というかそれぞれの大陸で独自の進化をしているので、あっちの素材がこっちでは珍しい! っということなんですよ!」


 あぁなるほど。それでこっちの大陸で仕入れた素材を、別の大陸で売りさばくってことか。


「へぇ、じゃあこっちでは見かけないような、珍しいものもギョッズさんなら……」


 と、ここで「しまった」と思った。

 ギョッズさんの目がキラッキラしている。


「商談! 商談ですか!?」

「い、いや……」

「珍しい素材ですね! ございます!! ございますよ!!」


 ち、近い。物凄く近いいぃーっ!


「ラル困ってる! 離れろ魚人ーっ」

「そうよっ。あなた近すぎるのよっ」


 ティーとリキュリアが間に入ってくれたおかげで、ギョッズさんが一歩下がった。


「あぁ、どうもすみません。ワタクシ、商売のこととなるとこう……胸がときめいてしまって」


 なんで商売の話すると胸がときめくの?

 恋してるの?

 商売に。


「み、見てみたいと思っただけで、買うつもりはありません。見てください」


 そう言って両手を開いて見せた。

 周りを見てくれと言う意味だが、彼は理解したようで辺りを見渡した。


「ようやく家が完成しようかってところです。何かを買うなんて余裕は、今はありません」

「あららら……そ、そうですね。あ、しかし素材の買取は!?」

「えぇ、そちらはお願いします。あぁ、素材を買い取って頂くより、物々交換はどうでしょう?」

「物々……交換!?」


 またギョッズさんの目が輝いた。






「ミスリルは無理ですが、ミスリル銀か銀となら交換は可能です!」

「いくつ?」

「んー……ちなみに得物はなにがよろしいので?」


 どうせならオグマさんたちの予備の武器をと思って、交換依頼を頼んだ。

 

「お、俺たちの分だけか? いや、ラルの武器を優先させてくれ」

「いやいや、俺の武器というとこれなんで」


 そう言って空間収納袋から杖を取り出した。

 木の杖だ。もちろんただの木じゃない。エルフの森でしか自生しない、フェアリーウッズという木の枝で作られた杖だ。

 凄く貴重なもので、この枝はエルフから親交の証で頂いたものだ。


「しかし木の杖ではないか。ミスリル銀の杖のほうが、魔力の伝達能力が上だろう?」

「あ、そういうのも知っているんですね。確かに一般的には、ミスリルとかのほうが魔力伝達が良くて、魔法の効果も高くなるとされています。でも──」


 実は人にとって相性があったりする。

 魔術師の八割ぐらいは今言った通りなんだけど、残りの二割は鉱石より木派だったりするんだ。

 で、俺は木派。珍しくはあるけれど、宮廷魔術師にして俺の師のひとりでもあるスレイブン師も木派だ。

 木派がミスリルの杖を使っても、石の杖や鉄の杖とまったく魔法の効果は変わらないのだ。


 ということをオグマさんたちに説明。


「そ、そうだったのか……では本当に何もいらないと?」

「いりません。というか必要な物は王都から持って来ていて、この収納袋に入っていますから」


 出すためのスペースがないので、ずっと入れっぱなしなだけだ。

 家が完成したら錬成グッズなんかは……あ。


「しまった……錬成台を置くスペースのことを、すっかり忘れていた」

「おいおい、今さらか? 明日明後日にも完成しそうなんだぞ?」

「あ、あの……商談は?」

「あぁ、俺以外の人の武器の予備と交換して欲しい」


 あとはみんなに好みの武器を、ギョッズさんに伝えて貰うことにした。

 あれこれ注文を聞いているギョッズさんの目は──いや鱗も輝いていた。


 問題は錬成部屋だ。

 薬草とかぐつぐつ煮込んだりするから、書斎と兼用するわけにはいかない。寝室も然りだ。


「どうしようかなぁ」

「なにがや、ラル兄ぃ」

「んー……ん?」


 ひょこっと影から出てきたクイを見て、俺は閃いた。


 ダンダの言う通り、今さら間取りを変更することは出来ない。

 なら増築するか?


 その通りだ。


 増築する。


 ただし──地下に増築するんだ!


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