第32話:詰まった

「か、海馬かいばが現れたぞ!! 一般人は町の外に避難するんだ!!」


 そんな声が上がった。


 いや、俺が上げた。


「領主が海馬の子供を誘拐し、怒り狂った海馬が町を沈めに来たんだ!!」


 嘘じゃない。ある意味本当の事だ。


「領主に従う兵士は船着き場に迎え!! 従わぬ兵士は住民の避難を誘導するんだ!!」


 従う兵士という言葉はいいけれど、ここで従わない兵士はって出てくるのは本来おかしい。

 町に滞在する兵士なのだから、従って当然なのだから。

 でも中には何も知らない兵士もいるかもしれない。そう思っての選択だ。


 だけど俺の言葉に疑問を抱く者はいない。

 だって実際に今、町からほど近い海上にスレイプニールが現れたのだから。


「きゃああぁぁぁぁっ!?」

「か、海馬の逆鱗に触れたんだっ」

「なんてことをしやがるんだ、領主はよぉ!!」

「俺たちを巻き込むんじゃねーっ、クソがあぁぁ」


 そんな声があちこちから現れ、みんなが一斉に逃げ始めた。

 俺はというと、屋台によじ登ってそこからリリアンに借りた浮遊魔法のリングで体を浮かせて船着き場へと向かう。

 船着き場にはスレイプニールを倒そうと、兵士たちが集まっていた。


 一通り確認して、船乗りや関係のない人が逃げたのを確認すると──


「"韋駄天のごとき速さとなれ──スピードアップ"」


 バフ祭りを開始した。






「何故攻撃しない!?」

「はい、バ~ッフ。"韋駄天のごとき速さとなれ──スピードアップ"」

「んなっ!? なんだ、おま──なんだこりゃあぁぁ!?」


 船着き場に追加の兵士がやってきたら、その全員に速度増加のバフを掛けまくる。


 ぬる~っく動く兵士の間をすいすいぃーっと歩き、また新しくやって来た兵士にバフっていく。

 時々傭兵や冒険者がやって来るが、ぬるぬる動く兵士が大勢いては俺に攻撃することも出来ない。その間に事情を説明し、それでもこの場に残るなら兵士と同じようにするぞと脅した。


「お、おい、ヤバいって。ありゃ勇者パーティーの魔術師だぞ」

「え? う、嘘だろ」

「嘘じゃないって! 俺、前に灼熱砂漠のドラゴン討伐隊に加わって、そん時勇者アレスを見たんだ! そのアレスのパーティーにあいつがいたんだってばよ」


 お。灼熱砂漠のドラゴン退治かぁ。二年前だったかなぁ。

 その討伐隊に参加していたという冒険者の言葉が決め手になったようで、冒険者たちが一斉に引き返していく。


「そもそもスレイプニールの女房を、ここの領主が誘拐したって話だろ? 馬鹿じゃねーのって感じじゃん」

「え? 女房なのか?」

「俺は兄妹だって聞いたぞ」

「ん? 娘じゃないのか?」

「年を取ったじーさんだって聞いたけど?」


 ……いや、子供なんだけど。

 誰だよ、女房とか兄妹とかじーさんとか言ったのは。


「はっはっは! オレとラル兄ぃに恐れをなしたか! そうともっ。オレとラル兄ぃことは、勇者パーティーの一員なるぞ!!」

「クイ、やっと出てきたのか……。まぁ今回は特にお前の出番もないから」

「がぁーん!」


 冒険者がいなくなると、傭兵たちも顔を見合わせ引き返して行った。

 それを見て必死に逃げようとする兵士もいるが、10メートル歩くのに何十分かかるか……。

 効果時間が切れれば、普通に動けるようになる。

 そうならないよう、常にバフの上書きをしていった。


 効果は変わらない。ただ効果時間がリセットされて、それから三十分続くというものだ。


 船着き場はあっという間に、ぬるぬる動く兵士で溢れかえった。

 仕方ないのでまた浮遊魔法で宙に浮き、スピード感のある動きをしている兵士に速度増加バフをばら撒いて行った。


 海上に現れたスレイプニールが近づいて来るが、何もしない。

 ただ船着き場で悲鳴を上げている兵士らを見下ろしているだけだ。


 真に憎むべき者がそこにはいないので、まだ我慢しているのだろう。


 やがて遠くから別の悲鳴が聞こえ、それが徐々に近づいて来た。


「んふふふふふ。さぁ道をあけなさぁーい!」


 リリアンが杖を振りかざし、無詠唱で氷の矢を投げていく。

 兵士は道をあけたくても、すぐには出来ない。俺がバフっているから。

 一緒にいた魚人族も水弾を撃ち込んで、なかなか動かない邪魔な兵士をふっ飛ばして行った。


「わはははははははっ。ご領主様のお通りだぜー」


 レイの楽しそうな声が聞こえる。彼は領主を肩の上に担いで、のろ~っと動く兵士を蹴飛ばしながら進んでいた。


「ラルゥ~、それ、楽しいでしょ~」

「うん、飛べるのはやっぱり楽しいね!」

「上げてもいいわよぉ~」

「じゃあ貰おうっと」

「お、おっ。ラル兄ぃ、アーゼっちたちも来たで」


 ア、アーゼっち……。

  

 リリアンたちがやって来たのとは別の路地からアーゼさんのチームがやって来た。


「えぇい、邪魔じゃ! どけどけどけぇーい!」

「ダンダ殿。そう怒鳴っても奴らはラル殿のバフで……」

「どけどけぇー!」

「ティー! あんたまで真似しないのっ」


 こちらは物理的な実力行使で兵士を蹴散らしてきたようだ。

 どかどかと歩くダンダさんがハルバードを振り回し、アーゼさんが真っ白な仔馬を抱えてていた。

 仔馬といっても、その下半身は魚だ。

 その尾の部分をリキュリアが抱えている。


「ダンダさん。スレイプニールの子供は無事ですか?」

「おぉ、ラル! 無事だがな、弱っとる。どうすればいいかサッパリじゃ。どうすればいい?」


 と言われても、俺にも分からない。

 ここは親元に届けるのが一番だろう。


 ただ──


「ごめん。船着き場に続く通路は大渋滞なんだ」

「はぁ~? はあぁぁぁぁぁ!? おいおい、渋滞させ過ぎだろラル」

「だからごめんって」


 だってこの通路しか道がないんだよ。やってくる兵士を次々にバフってたら、必然的に詰まっちゃったんだよ。

 俺は悪くない。俺はきっと悪くない。


「しゃーねぇなぁ」


 そう言ってレイは抱えていた領主をぽい捨てし、背負っていた槍を手に構えた。


「ひゃっはー! 行っくぜぇーっ」


 レイが楽しそうに槍を振り──と思ったら止めた。


「なぁラル。強化バフとか、かけてんの?」

「いや、速度増加だけだよ」

「そうか! おらおらいくぜぇー!!」


 肉体強化のバフを使っていたら、レイの槍の一振りで胴体が真っ二つになるだろうな。

 それを察して寸止めし、バフってないと知ると嬉々として槍を振り回した。


 一振りで十人が吹っ飛び、また一振りで今度は二十人吹っ飛ぶ。

 強制的に道が開くと、俺たちはスレイプニールの下へと進んだ。

 

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