第18話:クイ、埋葬

 ダメだ……とも言えず、また言う理由もなく、オグマ一家が隣人になることが決まった。

 ただ心配はある。

 俺のバフだ。


「ラルが人にバフりたくなるのは、癖だと仰っていたな」

「えぇ。魔術の勉強を始めて、最初に覚えたのがバフ魔法なのですが。その時に随分褒められまして」


 最初に覚えたのがリラクゼーションという、疲労の蓄積を押さえるバフだ。同時に蓄積した披露も若干回復できる。

 この若干が、どうやら若干じゃなかったらしい。

 俺に魔法を教えてくれていた師範は、徹夜続きでかなり疲れていたようで。

 その疲れがいっぺんに吹き飛んだものだから、えらく喜ばれた。


 バフると喜んでもらえる。


 貧しい田舎暮らしだった俺にとって、それが物凄く嬉しくてさ。

 それでバフ魔法ばかりを幼い頃は学んだもんだ。


「で、無意識のうちに人をバフるようになってしまって」

「なるほど。しかし人との関りを断ってしまっては、その癖も治しようがないだろう」

「まぁそうなんですが……」


 とはいえ、町に住めば人がそこかしこにいて、いつでもどこでもバフれる環境になってしまう。


「だからだ。少人数であればバフる対象も少なくなる。我らに絞られるなら、お互い声を掛け合って注意も促しやすいだろう」

「そりゃあまぁ……」

「万が一誰かにバフを飛ばした時には、効果が切れるまで安全を確保してやればいい」


 確かにそうだ。

 効果は三十分ほどで切れるから、それまで何もせず、じっとしていてもらえばいい。


 バフりたくなる癖は治したほうがいいんだろうな。

 ここで暮らすにしても、時々は町に出て物資の調達なんかしなきゃならないし。

 その時に、久しぶりに人に会ったからってバフりまくり祭りになっては困る。非常に困る。

 ヘタしたら衛兵に捕まってしまうかもしれない。


 癖を治すか……そうだな。


「みんなに迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくお願いします」






「"韋駄天のごとき──"」

「ラル!」


 はっ! 危なかった……。

 何か作業をしていると、ついうっかりバフって手助けしようとしてしまう。


 オグマさんたちを招いた翌日から、彼らはさっそく家造りの手伝いを始めてくれた。

 まずは造りかけの俺の家を完成させる。

 既に基礎を造り上げているし、二軒同時に作業するよりも一軒に絞ったほうが早いだろう。

 それに──


「お水汲んできました」

「え? ひえっ!? ラ、ラナさんは重い物持たないでください!!」

「あ、いえ、あの、これぐらいは……」

「ダメです!!」


 身重のラナさんが心配で仕方がない。

 だからこっちの家を先に建ててしまって、それをオグマ夫妻に使って貰うつもりだ。

 二軒目が完成するまで、アーゼ夫妻もここに残ると言う。

 元々半年は掛かるだろうと予測して、荷物をたっぷり持って来ていたようだ。テントも立派なもので、遊牧民が使うようなしっかりした物だった。


「ラルさん、大丈夫ですよそのぐらいでしたら」

「いやでもシーさん……」

「出産経験のある私が言うのですから、間違いありません」


 と、シーさんが胸を張って言う。

 そうは言われても、経験のない、そしてこの先も決してその経験は訪れない男の俺には「妊娠中は重いものを持つな」という一般的に知られている常識でしか判断できない。

 あと四、五カ月で出産を迎える。彼女にはちゃんと屋根のある場所で、安心して出産に挑んで欲しい。


「体力をつけていないと、いざ出産というときに大変なんですよ」

「そ、そうなんですか……うぅ……」

「無理をしようとすれば、私がちゃんと注意しますから」


 シーさんにそう言われてしまえば、もう何も言い返せない。


 しかし人手が増えて一気に作業が捗るようになったな。

 家と、そして竈は同時進行で進めたが、煉瓦の積み上げは二日で完了。

 しっかり乾いたら屋根を載せれば完了だ。


「明日か明後日には風呂も使えそうだな」

「そうね。だけど浴槽に水を溜めるのも大変じゃない?」


 ティーと水浴びに出ていたリキュリアさんが戻って来てそう話す。後ろではティーもうんうんと頷いていた。


 俺ひとりだったら、一度水を汲んでしまえば二、三日同じ水でもいいやと思っていたけれど、この人数になったらそうは言っていられないな。

 

「井戸を掘るか、それとも川の水をこっちに引いて来るか……」

「オレ掘るか!?」


 クイが得意げに長い爪をジャキーンっと伸ばして、穴掘りポーズを披露する。


「そうだなぁ……川から繋がる溝を掘って、水をこっちまで引く方がいいかな」

「でもラル、川まで結構あるぞ。クイ大変じゃないか?」

「うぅん……」


 確かに。川まで歩いて数分だが、この距離に溝を掘るのは大変だろうな。深さだってそれなりに必要だし、幅もいる。

 となると、井戸か。

 だけどこっちはこっちで問題がある。

 どこでも掘ればいいって訳じゃない。地下水の流れる地層が無ければいけない訳だし。


 試案していると、蜥蜴人のシーさんが「それなら」と言って夫であるアーゼさんを呼んだ。


「私たち蜥蜴人は湿った場所を好む種族です。だからなのでしょうね。地中を流れる水を、肌で感じることができるんです。誰もが──という訳じゃありませんが」

「もしかしてアーゼさんなら?」

「俺がどうかしたか?」


 やって来たアーゼさんに事情を話すと、にっと笑って辺りを見渡した。


「井戸を掘るならどのあたりがいい?」

「そう、ですね。二軒目の家も近くに建てる予定だけど……できれば今建てている家から、半径百メートル以内、かなぁ」

「心得た。近すぎず遠すぎない感じで探そう」


 アーゼさんがそう言って地面に顔を押しあて、まるで音を聞くかのような感じであちこし調べ始めた。

 そのアーゼさんを守るように、オグマさんが常に近くで周辺を警戒する。


 ほんの十分ほどで、アーゼさんが「ここだ」と言って俺たちを呼んだ。


「二十メートルほど掘ることになるだろうが、深さもある分、水質も安定するだろう」

「そのぐらいの深さなら……クイ、大丈夫だよな?」

「お安い御用だぜ!」


 またもやジャキーンっと爪を伸ばして、クイが今度こそ穴を掘っていく。

 ある程度掘ると、土を穴の外に投げ出せなくなる。対策として、クイには空間収納袋を渡しておいた。


「堀った土は袋の中に入れるんだ。そうすればお前が埋まることもないだろう」

「おー! お……オレ埋まるところだった!?」

「そうなるな」

「ラル兄ぃ、笑うなぁー!!」


 だからそうなる前に袋を渡してやったんじゃん。


 クイの活躍で、深さ二十メートルちょいの井戸は一時間と掛からずに完成した。

 あとは井戸の中の土壁が崩れないように膠灰で固めて、底には川石を敷き詰めよう。それから滑車を取り付ければ完成だ。


 

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