第15話:魔族

 膠灰がすっかり乾いて硬くなったところで、次の作業へと移ろう──と思っていた矢先だ。


「ティーッ!」


 切羽詰まったような女性の声が聞こえて来た。


「シー母さんだ。母さんっ、どうしたの!」


 息を切らせてやって来たのは蜥蜴人の女性。ティーが母さんと呼ぶという事は、アーゼさんの奥さんか?

 傍にアーゼさんの姿が見えない。何かあったのか!?


「あぁ、ティー……そ、その方が?」

「ラルです。アーゼさんに何かあったのですか?」


 水の入った水筒を手渡しながら訪ねると、こくりと頷いてから彼女は口を付けた。

 喉を潤してそれから──


「道中、大型モンスターのサイノザルスに襲われている人がいまして」

「サイノザルス? 草原にそんな奴がいるのか」


 サイノザルスは体長4メートルを超える大型モンスターだ。

 見た目はサイのようだが、皮膚は硬く甲羅のようで、魔法にも物理にも強いという厄介なモンスターだ。


「夫は助けに向かったのですが、怪我人もいるようで逃げることも出来ず。それでこのことをラル様に伝えるように言われまして」

「分かりました。お疲れでしょうが、案内していただけますか?」


 彼女が頷いた時、ティーは既に準備万端というように俺の鞄を持って立っていた。


「ポーションではそう対して疲れは取れませんが、とりあえず飲んでください」

「ありがとうございます。私はアーゼの妻、シーと申します」

「ラルトエン・ウィーバスです。先ほどのようにラルとお呼びください」

「オレはクイやで!」


 足元の影からクイがひょこっと顔を出す。

 それを見てシーさんが「きゃっ」と悲鳴を上げて飛びのいた。


「すみませんっ。俺の従魔なんで襲ったりしませんから大丈夫です」

「オレが強くて優しくてカッコいいモンスターや。怖くないで」

「そ、そうなんですか」


 かなり嘘が混じってるけど、その辺りはシーさんも察してくれているだろう。

 苦笑いを浮かべた彼女は、すぐにはっとなって「ご案内します」と言って歩き出した。

 俺たちが直ぐにそれに続くと、歩みの速度は速くなる。


「ラル! この前のスロウなんとかって魔法っ」

「あぁ、そうか。シーさん、今からあなたにデバフをかけます」

「え? デ、デバフですか??」

「えぇ。でもバフ効果があるので。足が速くなりますが、気にしないでください」


 ディスペルは止めておこう。

 ティーにも試しに使ってみたが、やはり体が追い付かなくてコントロールが難しいと言う。

 それでも彼女は慣れたいからと、時々スロウ・モーションからのディスペルを使って動く練習をしている。


「"不可視なる枷で、かの者らを縛れ──スロウ・モーション"」


 効果範囲を広げ、全員にスロウの効果が入る。

 すると僅かに走る速度が上がった。

 更に、敵を弱体化させる魔法を俺たちに掛ける。


 本来は敵対する相手に使う魔法なので、やはり魔力の練り方を変更する必要がある。

 それもここ数日で練習したので、スムーズに発動させることが出来た。


「まぁ! 体が軽くなった気がします」

「よかった。本来俺はバッファーで、バフ魔法以外の適性が極端に低く、あまり効果がでないのですが……」


 はぁ。効果が逆転してデバフがバフになっても、魔法に対する適正は元のままなんだよなぁ。

 ゴミバッファーだよ、これじゃあ。


 シーさんの案内で走り始めて十分と立たないうちに、サイノザルスの姿が見えた。

 正直、倒れるかと思ったよ。だけど女性二人が平然と走っているし、止まる訳にもいかずこっそりポーションを飲んで頑張った。


「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……と、とりあえず──」


 草原には背の高い草や岩があり、小型モンスターなら身を隠す場所がいくらでもある。

 が、サイノザルスは流石に大型なので、遠目からも存在がはっきりと見えた。

 更に近づけばアーゼさんの姿もハッキリと見えるように。

 重傷とまではいかないが、決して軽傷とも言えない傷を既に負っている。


 一度深呼吸をして、それから──


「"韋駄天のごとき速さとなれ──スピードアップ"、"その肉体を強化し、鋼のごとき強さとなれ! フルメタル・ボディ"、"肉体は武器となり、敵を打ち倒す戦神の加護を与えん。アタック"! お待たせ、しました」


 基本バフ三点セットをサイノザルスに向けて唱え、その効果はすぐに現れた。

 元々俊敏ではないサイノザルスだが、今ではナマケモノも真っ青なほど動きが鈍くなっている。


「ティー! 今なら奴の皮膚も──」

「分かってるもん!」

「クイ、奴の足を狙ってくれ」

「お、おやすい、ご、御用だぜ」


 自分との体格差に怯えていたクイだが、意を決して飛び込んでいく。

 爪の一振りでサイノザルスの皮膚が抉れるのを見ると、こっちを見てドヤ顔になったけど……。


「アーゼさん! 今のうちにこちらへっ」

「す、すみませんラル殿」

「間に合ってよかった。襲われていたという人はあの人ですか?」


 サイノザルスと必死に戦っている人が二人いた。どちらも無傷ではないし、むしろ重傷に近い。

 すぐにポーションを取り出し、一本をアーゼさんに、残り二本を持ってあの二人に渡したいが……。


「ラル殿、それは俺が彼らに渡すので、あっちを頼む」

「あっち?」


 アーゼが指さすと、茂みにもうひとりいた。


「シーは二人を守れ」

「はい、あなた」


 シーさんも戦えるのか。そういや腰に曲刀を差しているな。

 茂みに近づくと、そこには褐色肌の身重の女性がいた。


「大丈夫ですか?」

「わ、私は大丈夫です。だけど夫と義妹がっ」

「ポーションを持って行って貰っています。とても効き目の良いポーションなので、あのぐらいの怪我はすぐに治せますよ。シーさん、彼女を頼みます」


 身重の女性のことはシーさんに任せ、俺はサイノザルスのほうへと向き直して唱えるべき呪文を頭に浮かべた。


 が──


「オレはやったぜぇー!!」


 っというクイの勝ち鬨があがった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る