第88話 騎士への口づけ
【仮死状態を解除しました】
【毒の無効化に成功しました】
【経験値を650獲得しました】
【レベルがアップしました】
【ランクがアップしました】
(う、うるさっ)
目覚めた時、私は一瞬、いまここがどこか、自分が誰なのかわからなくなった。
すぐ傍で様々な爆音が鳴り響き、まるで前世の紛争地帯にでも放りこまれたように感じたのだ。
何かが崩れる音、破裂する音、激しくぶつかる金属音に、誰かの怒声。
そんな地獄のような環境音の中、なぜか私はふわふわしたものに包まれている。いや、包まれているというか、圧しかかられている?
「……お、重い」
私が呻くと、ふわふわした重いものがピクリと動いた。
『オリヴィア、目が覚めたの?』
「シロ? 何だ……あんたが乘ってたのね。っていうか、何で乗って――」
言いかけた私の頭上を、光る矢がバリバリと音を立て飛んでいった。
あれは、ノアの雷魔法か。そうだ、魔族と戦っている際中に仮死状態に入ったのだった。
「待って……私が倒れてからどれくらい経ったの? 魔族は? っていうか重っい!」
『倒れてそんなに経ってないよ~。今回は早かったね。デミウル様がんばったのかなぁ』
「もっと早い段階でがんばってほしいわ。って、だから重いってば! どいてよシロ!」
シロの下から抜け出そうともがくけれど、あまりに重くて動けない。
食いしん坊神獣の太りすぎが確定した。すべてが終わったら絶対にダイエットさせなければ。
『僕いま神力不足で動けないのぉ。動けないなりに、身を挺してオリヴィアを守ってあげてるんだよぅ』
「シロが自主的に? 私を守ろうと?」
『ううん。王太子に、オリヴィアを守れってぶん投げられた』
意外と力持ちだねぇ、などとのんきに言うシロにため息をつく。
そんなことだろうと思った。この怠け者神獣が自主的に働こうとするはずがなかったのだ。
「神力不足って? 魔法を使い過ぎたってこと?」
『そうだよぅ。だから僕――』
ぐぎゅるるぐうぐうごろごろろ……と、何か獣のうめくような音が響いた。同時に私の体に細かな振動が。これはもしかして――。
「……お腹が減ってるのね」
『当たりぃ~。お腹が減りすぎて動けないんだよぅ』
「相変わらず緊張感のない……。もう、しょうがないな」
シロに圧しかかられている中、なんとか腕を動かしてドレスの隠しポケットから包みを取り出す。
「ほら、これ食べて。少ないけど動けるくらいには神力も回復するでしょ」
『これなぁに?』
「炭チョコレート」
『ここでも炭かぁ~』
「炭でも炭じゃなくても、チョコはほぼ黒いでしょ! いいから早く食べる!」
なんとか手を伸ばし、シロの口の中に無理やりチョコレートを押しこんだ。
短く呻いたシロだけど、もごもごと口を動かし嚥下すると、すぐさま風の壁を展開し飛んできた瓦礫を弾き返した。
『ちょっとだけ回復したかもぉ』
「じゃあ起きて! 重い!」
『そんな重い重いって言わないでよぅ。傷つくなぁもう』
シロが立ち上がり、私も体を起こす。
少し離れた所で、ノアとユージーンが魔族と戦っているのがようやく見えた。
魔法が飛び交い、剣戟が繰り返され、建物や道があちこちで崩れている。
ノアが無事だったことにひとまずほっとしたけれど、安心はできない。
魔族相手にノアたちは引けを取らない戦いを見せているが、明らかに疲労しているのがわかった。魔力も底を尽きかけているのかもしれない。
あのままではふたりが危ない。けれどシロは炭チョコで神力がわずかに回復しただけだし、私はそもそも戦力外。
「そうだ、ヴィンセント……!」
私はひどい惨状の辺りを見回す。
重なった瓦礫の間から、ヴィンセントの黒いマントが見えた。
「ヴィンセント卿!」
慌てて駆け寄り、瓦礫をどかす。爪が割れ血がにじんだが、それどころではなかった。
「ヴィンセント卿、しっかりしてください!」
私の声が聞こえているのかいないのか、ヴィンセントは右目を押さえたままぐったりとした様子で浅く呼吸を繰り返している。
ヴィンセント卿の頬に触れると、頭の中で電子音が鳴り響いた。
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【ヴィンセント・ブレアム】
性別:男 年齢:18
状態:慢性中毒(ゼアロの狂蟲:毒Lv.3)
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ようやく毒についての表示が正常になった。でも――。
(レベル3? ぜアロの狂蟲はレベル4のはずじゃ……そうか。デミウルはこの毒は何度も手が加えられ、強毒化され続けていると言ってたわ。ヴィンセントの目に残っていたのは、古い型の毒なんだ)
それであれば話は早い。
私はヴィンセントの手を強引に外すと、迷うことなく震えるまぶたに口づけた。
「オリヴィア、何を……!?」
遠くで上がった業火坦の驚愕の声に、聞こえないふりをしてスキルを発動させる。
【毒を吸収します】
ヴィンセントの体が強く輝く。唇の触れた部分から、極上の味が一気に私の中に流れこんでくる。
多種多様な果実の特別に甘い部分を凝縮したような、または長い年月をかけ熟成させたような豊潤で濃厚な旨味。
快楽さえ感じるその美味に、一瞬意識が飛びかけた。
毒の味に酔いしれながら、ヴィンセントの右目から口を離す。
光が終息すると、呼吸が落ち着きぼう然とした顔のヴィンセントがそこにいた。
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