第20話 王太子殿下デトックス計画
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【ノア・アーサー・イグバーン】
性別:男 年齢:13
状態:慢性中毒 職業:イグバーン王国王太子・オリヴィアの婚約者・オリヴィア強火担
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表示されたノアのステータスは、職業の部分以外は前とほぼ変わらずだった。
職業については何やら理解に苦しむワードが見受けられるが、深堀りしたくない。とりあえず、最後の部分は職業ではないとだけ主張しておこう。
シロが教えてくれたのだが、このステータスは毒の警告ウィンドウとはちがい、私が直接他人に触れることで表示されるらしい。
手袋や服越しでは反応しないし、意識すれば非表示にできるとわかりほっとした。いちいち他人に触れるたびステータスが表示されては鬱陶しい。ある程度コントロールできそうで助かった。
それにしても、いまだノアの状態は慢性中毒。
数日のデトックスでは出し切れないほど、彼の体に毒が蓄積されているのだろう。王妃エレノアは、これまでもじわじわと時間をかけてノアを苦しめてきた。その執念と残酷さを考えると恐ろしくて鳥肌が立つ。
「ノアさま。体調はいかがですか? 頭痛や吐き気などはありませんか?」
「どうした急に。以前はよく頭痛も吐き気もあったが、オリヴィアが来てからは良好だよ」
「殿下はお仕事にも勉学にも根を詰めすぎなのですわ。もっとお身体を大事になさってください」
ノアは苦笑しているが、マーシャの心配ももっともだ。
離島の準備が完了次第、私はここを発たなければならない。それまでにノアの状態異常をどうにかしなければならないのだが——。
◆
お仕着せの制服に白いエプロンを身に着ける。
目立つ銀髪はまとめてメイドキャップに押しこんで隠した。仕上げに分厚く大きな伊達眼鏡をかければ、あっという間に——。
「悪役令嬢から王宮メイドにジョブチェンジ~……なーんてね」
一人芝居をする私を、床に伏せた神獣シロが気の毒そうに見上げてきた。
そんな目で見ないでほしい。別に慣れない王宮生活に精神を病んだわけではない。ちょっぴり疲れているだけだ。
「さあ、ノアさま! 朝食のあとは軽い運動をしましょう!」
ノアの部屋に移り食事をとったあと、部屋にノアとマーシャと私の三人だけになったのを見計らい、気合を入れてノアに声をかける。
ノアはにっこり笑顔で一瞬固まったあと、不自然に「そういえば」と視線を反らした。
「今日はこのあと大臣と会談予定だったな」
「ノアさま、大臣とは昨日お会いになりましたよね?」
「会談ではなく、剣術の稽古だった。というわけで、残念だが例の悪魔崇拝——」
「ヨガです」
「そうだ、ヨーガだったな。ヨーガはまたの機会に」
早口でそう言うと、ノアは笑顔のまま逃げるように部屋を去っていった。
「むぅ……また逃げられた」
ノアの時間が空くのを見計らい、一緒にデトックスの一環としてヨガをやろうと誘ったのは、ここに来てすぐだった。
いくつか基本のヨガのポーズを実演して見せると、ノアはにこにこしながら「変わった運動だが、君が考えたのか? すごいな。独創的だ」と褒めてくれた。褒めてくれたのだが、一緒にやろうとすると、あれこれ理由をつけていなくなってしまう。
おまけに先ほどはアンと同じく「悪魔崇拝」とヨガを呼んでいなかっただろうか。
私が寝泊まりしている部屋に、今朝デミウル像がさりげなく置かれていた理由がわかった気がした。
「まあまあ。殿下は普段から鍛錬をしているので、運動については問題ありませんから」
「うーん。それは、そうなんですけど……なんとなく釈然としないというか」
マーシャのフォローに、思わず唇を尖らせてしまい、笑われた。
「うふふ。それよりもオリヴィアさまのおかげで、殿下のお食事が劇的に改善されたのが私は本当にうれしいです」
「私はほんの少し意見しただけですよ」
「いいえ。オリヴィアさまが言ってくださらなければ、殿下はずっと朝食をとらず、紅茶ばかり飲み続けられたにちがいありません」
そうなのだ。ノアは食事も偏りがちだった。
晩餐会などが多いので、朝はほとんど食事をとらず、紅茶で済ませていた。忙しいときは昼食も抜き、おやつなどの軽食で晩餐までしのぐ。その繰り返しだったようだ。
晩餐で食べ過ぎたりしたときは、朝食ではなく昼食を軽くすることで調整し、朝食はなるべく遅くなってもいいのでとることを勧めた。紅茶も飲む時間帯を決め、夜はハーブティーなどに変更し、それ以外は白湯や果実水で水分をこまめにとる。
これらは毒素の排出のために必要な、飲食の基本だ。
「オリヴィアさまが作られた料理だとわかると、殿下も残さず食べてくださいますしねぇ」
「ノアさま、好き嫌いなく何でもお食べになりますよね?」
「いえいえ! むしろ好き嫌いが激しい方で、料理人泣かせなのですよ。オリヴィアさまの料理が特別なのです」
「ええ? 本当ですか……?」
済ました顔で野菜でも何でも食べていたが……意外と子どもっぽい面もあるのだな、と微笑ましくなる。
自分用にもなるので、デトックス料理やお菓子をマーシャや王太子宮の料理人に教えながらいくつか作ったのだが、そのたび涙を流して喜ばれた。
おおげさだと苦笑しかけたが、「こんなに殿下の食事や体調を気づかってくださる方が婚約者として来てくださるなんて」とマーシャが言うのでスンと冷静になった私だ。
私が生き延びるためにもノアには生きてもらわなければならない。そのためにやっていることがすべて『素晴らしい婚約者』という評価に繋がるのが心苦しい。
なんとかならないものかと考えていると、トテトテとシロが寄ってきて『僕もオリヴィアのご飯食べたあい』とおねだりしてくる。
ノアに作った料理に興味を示したので試しに食べさせてみたら、いたく気に入ったようで、何かとデトックス料理を催促される。普通の料理より、私が作ったもののほうが美味しく感じるらしい。
「料理人の作った料理のほうが、絶対美味しいと思うけど……」
『やだなぁオリヴィア。僕はこう見えて違いのわかる男なんだよ?』
どこに根拠があるのか不明なことを言ってドヤァと胸を張るシロ。
(オスだったのか……)
シロの言動にマーシャがころころ笑うので、私も気が抜けて自然と笑顔になった。
「ご飯は作るけど、ちょっと手伝ってくれる?」
『ええ~?』
『神獣使いが荒いなぁ』と小声で文句を言うシロ。働かざる者食うべからずである。
そうして違いのわかる神獣さまに供物を進呈すべく、私は調理場へ向かうのだった。
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