第10話 創造神との腹立たしい再会


 ふと気づいたときには、温かな場所にいた。


(何これ、デジャヴ?)


 朽ちた教会の祭壇のようなそこには、天井から優しい光が降り注いでいる。そして私の目の前には、髪も肌も雪のように白い神聖な雰囲気の少年。


「やあ、オリヴィア。また会ったね!」


 ショタ神、もとい創造神デミウルの無邪気な笑顔を見た瞬間、私は自分の置かれた状況を把握した。


「デミウル」

「え?」

「あんたに言いたいことがある」

「えっ?」

「ちょっとそこに正座しなさい」


 私が床をビシリと指さすと、デミウルは不満そうな顔をした。


「え~? 何で正座? 僕、一応神なんだけ——」

「正座!」

「はい!」


 色褪せた赤い絨毯にちょこんと正座をするデミウル。

 正座を知っているということは、私が前世で暮らしていた日本のあった世界を知っているということだろうか。


「私、言ったよね? 二度と毒で苦しんで死にたくないって」

「うん。言ったね。というか、オリヴィア口調が荒くなった? グレちゃったの?」

「グレてない。あんたが与えた前世の記憶でこうなったの。そんなことより、平穏で慎ましくてもいいから、ただ生きたいって言ったよね? なのに何で私、またあっさり毒で死んじゃってるわけ⁉」


 生き返らせる詐欺ではないかと責める私に、デミウルはきょとんとした顔で首を傾げた。

 あざと可愛い仕草には騙されない。このショタ神は私の苦しみの元凶なのだから。


「死んでないよ?」

「え……? 私、毒を飲んで血を吐いて死んだはずじゃ」

「毒を飲んで血を吐いたところまでは合ってるけど、君は生きてる。約束したからね。君は毒では死なないよ」

「じゃあ何で血を吐いたの!」

「レベルが足りなかったからだよ。毒で死ぬことはないけど、毒スキルのレベルが低いと体にダメージを受けるんだ。だからレベル上げがんばってね!」


 私は白目を剥きたくなった。

 毒スキルのおかげで毒で死ぬことはないが、レベルが低いと毒のダメージは受ける、と。毒のダメージを防ぐためには、毒をたくさん摂取してスキルのレベルを上げなくてはならない。

 想像していた通りの展開に、頭の中で何かがプチンと切れる音がした。


「何……っでそんな中途半端な能力にしちゃったわけ⁉ 創造神っていうなら、毒は全部無効化するスキルとか、そもそも毒の効かない体にするとかできなかったの!? あと、どうせならオリヴィアとは関係のないまったくの別人に生まれ変わらせるとか、他にも手はあったでしょ⁉ 私は人生やり直したいなんてひとことも言った覚えはない! あんたがやることぜーんぶ中途半端なのよ!」


 私の叫びに、デミウルはショックを受けた様子で大きな目に涙を浮かべた。

 頭の上に「ガーン」という文字が見えるくらい大げさなそれに、余計に腹が立つ。


「だって……短時間じゃそれくらいしか用意できなかったんだよ~。僕だって時間があればそれなりのことができたんだよ?」

「だからあとは私の努力にかかってるって? そういうの、丸投げって言うんだからね。おかげでまた毒でえらい目にあったじゃん。そもそも毒スキルについてもノーヒントって。設定が中途半端なら、せめて説明くらいちゃんとしなさいよ。だいたいね——」

「わかったわかった! 君にとって良い方向に行くように考えるから!」

「本当にわかってるの? 適当に言ってない?」


 デミウルは「疑り深いなあ」と唇を尖らせながら立ち上がる。

 疑われるのは当然だと思わないのだろうか。正直、創造神ではなく悪魔か何かなのではとさえ疑っている私だ。それくらい信用できない。


「考えるって、具体的には?」

「うーん。まあ近いうちにわかるよ。説明してる時間はもうないみたい」

「ごまかそうとしたって、そうはいかないから」

「ちがうってば。ほら、君を呼んでるよ」


 デミウルが顔を上に向けるので、私もつられて上を見た。

 崩れた天井から、真っ白な光が降り注いでいる。どこかで荘厳な鐘が鳴っていて、それに混じり、確かに私を呼ぶ声が聴こえる気がした。


「時間だ、行かないと」

「まだ話は終わってな——」

「じゃあ、がんばってねオリヴィア!」


 何だかまた既視感のある展開では、と思った瞬間、突然舞台の幕が下りるように私の意識は暗転した。


(くそぅ、一発殴りたかったのに……!)


 最後に見たデミウルは、やはり憎たらしいほどいい笑顔で手をふっていた。



 右手が、何だか温かい。

 重いまぶたを持ち上げると、最初に映ったのは星空だった。

 黒いシルクカーテンのような前髪の隙間から、星空の瞳がこちらをのぞいている。


「目が覚めたかオリヴィア嬢! 僕がわかるか⁉」

「殿、下……?」

「そうだ僕だ。ああ、良かった。もう永遠に目覚めないのかと……」


 息をつき、王太子が握った私の右手にひたいを寄せた。


(この人が握ってくれていたから、右手が温かかったんだ)


 グローブ越しなのに、なぜこんなにも温かいのだろう。心の中まで温かくなっていくのをぼんやりと感じる。

 王太子の手をそっと握り返したそのとき、頭の中に電子音がやけにクリアに響いた。

 同時に霞む視界に現れたのは、半透明のテキストウィンドウ。



【仮死状態を解除しました】

【毒の無効化に成功しました】

【経験値を50獲得しました】



(仮死状態って何——)


 やはりあの創造神、アフターフォローがまったくなっていない。再会した瞬間殴っておくべきだった。貴重な機会だったのに。

 いま意識を手放せば、またあの夢の祭壇へと行けるのではないだろうか。もし行けたら、一発と言わず五、六発は殴ってやらなければ気が済まない。全力で、しかもグーで。それでもまだ足りないくらいだ。

 怒りだけははっきりとしていたが、どんどん意識は薄れていく。声も出ず、もう王太子の手を握り返す力もない。


「オリヴィア嬢? おい、すぐに王宮医を呼べ! オリヴィア、しっかり!」


 とりあえずいまは、もう少し休ませてほしい。

 目を閉じたけれど、王太子が私の手を折れそうなほど握りしめ叫び続けている。誰かがバタバタと部屋を駆ける音も遠くに聞こえた。それでも、目はもう開けられない。


(ごめんなさい。創造神を殴りに行かなきゃ……)


 だから少しだけおやすみなさい、と意識を手放した私だったが、残念ながらそのあとデミウルに会うことは叶わなかったのだった。


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