少女騎士団 第十二話【前編】
少女騎士団 第十二話
Das armee Spezialpanzerteam 3,
Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel"
Drehbuch : Zwölf.
…………………………
ボクは無知だ。何も知らないから知りたい。だから、誰にでも聴いてしまう。
そして、すぐに騙される。
…………………………
ガトリングガンから無数に放たれた弾丸に踊る【ヤマネコ】。動きが鈍くなったところに跳び乗り、馬乗りになるとランスを突き立て先端から炸薬弾を放った。騎体内で炸薬が爆ぜ、バンッ!と騎体後部に穴を空け、炎と金属片が飛び散ると白濁色の動力液と紅いオイルが噴き、垂れた。
「はッ!」
いまので何騎目だ?【ヴァント】を攻略し始めて、どれくらい経った?ふっと時計に眼を落とした瞬間、右肩部にロケット砲だろう、着弾し、爆ぜ、損壊し、動力を失った右腕一式がだらりと垂れて、ランスが地に落ちた。
「っか!ハャッ!!」
爆発の衝撃が身体を殴り、頭や耳を叩く。ベルトで固定した身体の接触面の全てが痛い。激しく揺さぶられた頭もハンマーで殴ったような鈍痛がし、悪寒が走り、吐き気が襲う。「かぇっ!」とコクピットのなかに汚く胃酸と唾液を吐きだし、わたしの搭乗着は様々な体液で濡れ、汚れてしまっていた。このまま死んだら……………火災や爆散でもしないかぎり、この姿のまま身体が回収される。
こんな姿はティーチャーに見られたくないなあ。
そんなことを考えながら、ぐわんぐわんと揺れ回る頭で地図を浮かべ、生きているモニタを頼った。ガトリングガンを撃ちながら、回避行動を取り左後方の窪みに入ると姿勢を低くした瞬間、ガトリングガンの弾道が途切れた。
ヴィーーー……ン!カラカラララララッ!ィーイイーーン………
計器、残弾数無し。トリガーを引いても虚しくモーターが砲身を回すだけ。弾倉に弾が入っていない。
「こちらナコ!右腕損傷!弾倉交換の補助を!」
…『こちらイリアル!了解!姫、いま行くっ!』
姿勢を低くしたとはいえ、コクピットのある騎体上部は窪みから出ている。後方に遮蔽物となる影を確認したが、走れるだけの余裕はあるか。モニタには何重にも重なる弾道が走っていて、空に舞う炎と黒煙は戦闘が始まってから、ずっとそこにある。血と動力液、オイルは地に染み込み、肉や鋼鉄、コンクリートは弾け飛び散って、転がったままだ。月華の装甲は金属と繊維強化プラスチックでできていて、コクピットにエントリー出来るカウルハッチで密閉されているのに、外で鳴っているはずの音が耳元で聴こえる。これは極限に近い精神状態が聴かせる耳鳴りなのか、何度もやられた三半規管の問題なのか。身体に感じる知らない振動は何だろう……?こんな固有振動をする月華の構成部品はない。脈動する動力液系統やオイルポンプ、発電用ディーゼルエンジン内の部品が損傷し、異常な振動を起こしているのか。それとも爆薬で大地が揺れているからか。プッ、プッ、プッ、と鳴る警告音は発電用ディーゼルエンジンの燃料が少なくなり『注意しろ』と教える音だ。もし、発電が止まり電力を失えば動けなくなる。
はあーっ!はあーっ!はあーっ!
気が付けば息が上がっていた。心拍数も驚くほど高いところで打っている。呼吸も心拍数も、すぐに整えるには乱れすぎていて、頭もうまく思考しない。糖分補給の飴は………もう、ない。水分の入った水筒も空だ。視界は重なり合う弾道と跳弾、爆発の炎ばかりを認識し、視覚情報を支配していく。
身体の底から溢れ出てくる泥に脚を取られ、沼に引き込むような恐怖が、肌に、神経に、まとわりつきながら、わたしを飲み込んでいく。
どうしよう。
どうしよう、どうしよう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
プッ!プッ!プッ!……ビーッッ!!!……プッ!
いまの警告音はなんだっけ?ティーチャー?
ティーチャーはっ!?
ティーチャーは、どこっっ!!!??
お願い!あの時みたいに、わたしを助け………て……!
早く後退しないと……、違う、でも、下手に動けば、騎体の被弾面積を大きくするだけだからリスク……が…………、だけど、ここにいれば被弾面積が半分だ、でも回避行動もしないなんて的になるだけ、その的になる部分は一番被弾していけないコクピットがある騎体上部………………コクピット周辺のモノコックやカウルハッチの強度なんて知れている。
金属と繊維強化プラスチックで出来たカウルハッチの向こうは、装甲や人体に穴を空け、砕き、吹き飛ばすだけが目的の弾が飛び交っているんだ。わたしの頭なんか、簡単に爆ける大きさの弾頭が…………大量に着弾する相手を探している。でも………もし、このカウルハッチすら吹き飛ばすくらいの大口径砲弾やロケット砲の……………、
何もしないことを選んだ時間が恐怖へと変わっていった。ここは戦場だ、何もしない人間から死んでいく。
────わたしの居場所は、どこ?どこにいればいい?
ぴくっ、と、脚がペダルを踏もうと動き、月華の脚部人工筋肉がキュッ!と反応して騎体が揺れた。その左太腿を拳で殴る。恐怖に飲まれてはいけない。イリアルが来る、ただ待てばいい。信じろ、仲間を。
仲間………、
あれ?わたしたちは、いつから一緒にいるっけ……?………………そもそも、仲間、友だち、あれ?
「これからは私がいる。もう大丈夫だ、信じろ」
え、と?あれ?
ティーチャー?どこ?
あの日みたいに助け……に?違う、
ここは、あの日じゃない。
戦場だ。
だけど、
だけど、だけど、
貴方が隣にいない。
ガチガチガチガチガチガチ。
はっ、はっ、はっ、はっ、ひゅっ!はっはっはっ!
怖い、怖い、怖い、怖い。身体が強ばり、恐怖に震える、歯が鳴る。また呼吸が浅く短くなってきた。見たくないのに、モニタに映る火ばかりが眼に入り、何も聴きたくないのに、聴覚が敏感に死を探す。小さな流れ弾が騎体装甲を叩き、跳弾する音がして身体が強張った。
ガチガチガチガチガチガチ。
はーっ!はっ、はっ!はーっあっ、はっ、はっ!
ガンッ!!と大きく騎体が揺れ、あの日の恐怖と死に眼を閉じた。
「いやだっ!やめてっ!!わたしに触らないでッッ!!怖いよッ!ティーチャー!!!早く助けに来…………っっ!!!」
叫んだ言葉は、声にならずに掠れた何かと息でしかなかった。
…『よっ、姫っ!お待たせっ!』
「…………はっ、かはっ!はっ!イリアルっ!!?」
…『ひーっ、右腕っ!動力液パイプが傷付いて液が出てる。これが生身じゃなくてよかったってことだ!』
本当にイリアルの言うとおりだ。これが生身だったら、戦い続けるどころか生命がない。
…『よし!出来たよ!試射してごらん!』
「ありがとうっ!イリアルっ!!」
…『どういたしまして!』
弾倉の交換が終わり窪みから、わたしとイリアルの月華二騎は身を隠せる小川に滑り込んだ。すこしずつだが、明らかにヴァントへ近付いていて、戦意を喪失しつつあると、ふたりの認識を擦り合わせる。
「イリアルはヤマネコを何騎見た?」
…『あー…?残り五、六騎だな』
「同じ。わたしがガトリングガンで牽制して……」
…『炙り出てきたヤマネコをあたしが撃ち抜くかい?』
「そうしよう、イリアル」
横眼で見るモニタのなかに川から身を乗り出して、川縁にロングレンジライフルを構え『よ…っと!』と言ったイリアルの月華がいる。いつの間にか、イリアルの射撃への苦手意識がなくなっていた。
…『ん?なんだい、姫?ちゃっちゃとやって、生きて帰ろう?』
────ああ、こんなところにも貴方がいる。
…………………………
…『こちらハゲタカB。定刻通り四〇〇秒後に上空到達、爆撃を開始する。尚、この爆撃には………』
私は公国や現領土維持、それらに手を貸す人間どもから、大切なものを取り返すための球根を手に入れた。その球根をじっくり育て、芽が出るのを待ち、私の心を満たす華になるまで育て続けたのだ。少女が熟し、使いものになるように教育して、ようやく【アイドル】として使えるものになった。だから、あの男の説明通り壊れるまで使わせてもらう。眼の前に広がる燃えるものが無くなった大地や、硝煙や油の匂い、息を吸うのも辛いであろう、高温になった外気。戦火で上がった炎が狂気だというのなら、世界の姿はこれが本来の姿で、暴力によって隠していた素顔を晒しただけだ。私の『正義』は変わらず、世界の中心で燃え続けていた。皆、私の事を『狂った』『冷酷』『狂人』だと笑ったが、私からすれば、冷酷で狂っていることを平気で行っている事にも気付かず、綺麗なフリをして、偽善をもって殺戮を行なっている狂人は、世界のほうじゃないか。素顔を隠して暴力を振るい続ける、騙されたフリをしてきた人間どもも、同罪だろう?
「私は家族と暮らしたかった。ただ、それだけだったのにな」
公国が故郷に侵攻しなければ、私は空軍に入っていなかった。信頼していた上官や誰にも言えぬ秘密をも話せた同僚どもが裏切らなければ、椅子を買うという恥ずべき行為をしてまで陸軍に入る事もなく、首を吊っていただろう。元々、信心深くなく神はいないと思うが、誰かが私に復讐をさせるチャンスを作ってくれたとするなら、そいつが神だ。きっと、そいつは人生というやつを弄び、人間同士の争いを楽しんではほくそ笑み、自身に矛先が向くと途端に救いを与える。よく街中で一方的に語りかけられる『俯瞰で世界を見渡し、試練を与え成長を手助けし、苦しみの沼に落ちれば手を差し伸べる存在』は、本当に神だと思うよ。まったく、その通り、神だ。人間のことをよく観察していて、試練として『争い』を与え、笑顔で暴力を売る。神が楽しめなくなれば『人間を超越した存在』として都合よく現れ、それを『救済』や『奇跡』などと騙して崇めさせる。そして、また修羅に突き落とし繰り返し楽しむのだ。街中で一方的に『神』を嬉々として説く、お前たちのように、だ。
…『ハナミズキ隊ファブだよっ!あと少しで押し込めそうっ!ティーチャー!』
…『同じくリトです。壁に届きそうです!』
…『こちらハナミズキ隊イリアル!ヤマネコが下がっていく!多分、壁まで引くつもりだ!』
『ナコです』
ナコ。
私に付き従え。
……はい、ティーチャー。
お前みたいな子どもが、
私にこんな事をさせるのが気に食わん。
……ティーチャー、わたしは子どもではありません。
私の命令を聴けないなら飼う意味がない、分かるな?
……はい。わたしは貴方の全てに応えます。
そう……いうのがっ……私を不快にさせるのだ。
最後の最後くらい、自分自身に縋り付いてみたらどうだ!
……どのような言いつけでも仰ってください。わたしはティーチャーの欲も、何もかもを仰せのまま受け止め、満たします。裸になれ、と仰られるのなら、裸になります。貴方の慰めものになれと言われれば、わたしは喜ん……、
『……ティーチャー?』
「ナコ………?」
『はい、どうかしましたか?』
「…………いいや、なんでもない。ハゲタカBからの爆撃が二二〇秒後にある。全騎下がれ、深追いはするな。地点……」
……どうしてティーチャーは、わたしに触れてくれないのですか?大丈夫ですよ、だって、わたしは、
できるわけがないだろう。私のような自分で自分の尊厳まで汚し、汚くなった何かを不要な物だとして『心』を生ゴミと一緒に捨てたような人間が、
あの日のきみに触れることなど、
「あってはならないのだよ、ナコ」
…………………………
ヴァントから五五〇メートルほど下がった沢にハナミズキ隊のみんなが集まり身を隠すなか、ファブだけが覗き見るように月華の頭部を出していた。
「ファブっ!見つかっちゃうよ!」
…『でもっ、吹き飛ぶのが見たーい!』
ファブは相変わらずだな、と思ったときリトが『ファブは仕方がない子ね、私も見るから許そう』と沢から身を乗り出す。
…『なっ!?リトが見るなら、あたしも見るぜっ!』
「あっ!リトもイリアルもっ!みんな怒られるよっ!」
そう言いながらも『ほらっ、ナコも早くっ!』と誘われたのが嬉しくて、結局ハナミズキ隊全員でヴァントを眺めることになった。相手はわたしたちが急に引いたことにより混乱し、動揺しているみたいだ。先ほどまで弾丸でヴァントを削り尽くすが如く、撃ち込み続けた音すらなくなり、静かでゆったりとした時間が流れていた。
…『ここに来るまで長かった』
────本当だね。
…『これからも、ボクたちは一緒なのかなあ?』
────戦場だからなあ。
…『あたしが月華に乗れない日なんて考えられないけどな』
────わたしたちにも身体の限界はあるよ。
…『ねえ?ナコ、ナコは?』
わたし?
わたしは……、
「そうだなあ。し……」
ヴァントの向こう側が光り黒い壁が迫り上がった。爆撃による爆発で土が舞い上がったのだ。続いて、炎の柱で出来た真っ紅な壁が迫り上がり、熱風を乗せた爆風が騎体を揺らす。爆撃機はヴァントに直接投下せずに、周りを長時間にわたり徹底的に焼き続け熱線で中を焼く気だ。たとえ、中が焼けなくとも長時間の爆撃は士気を低下させ、降伏させることにつながるから、結果的にヴァントを無傷で手に入れることができる。いつかファブが言った「ひとは歴史から学ばないからなー。こんなにも教訓が本にまとめられているのに……もったいない!」の言葉に表された例のひとつなんだろうね。こんな大きな物を作っても満たされるのは安心感のみで、使ったお金ほどの安全は得られない。その莫大な資金を使わなければいけないことは、ほかにたくさんあったのだろうと思うけど。
こんなにたくさんの爆弾が世界にはあったんだね。
そんなことを誰かが呟いた。
この世界には世界の表面を、何度も焼き尽くす量の爆弾が作られていると聴いたことがある。だから、ここで使われた爆弾は火遊びにもならない。ほんの少しの……花火の火花、その火花のひとつ粒くらいだろうね。
ハゲタカB隊の爆撃を皮切りに、空軍による爆撃は六〇秒すら途切れることなく継続的に続き、翌日、わたしたちはヴァントの向こう側にいた。この星最大最長を誇る要塞線を越えるとき、コクピットにある外気温計が信じられない数値を指ししていて、ヴァントの中にいたであろう公国軍の兵士たちが晩秋の空気の中で上半身裸になって、膝を突き頭の後ろに手を組んで並んでいた。
…『ヴァントの中は水すらなくなってたんじゃ……?』
人間は極限状態に追い詰められると何をするか分からない。『耐えられそうにない』『壊れる前に』『何かが起きる前に』と判断し、降伏を決断した指揮官には敬意を払わなければいけない。その真紅になった身体と憔悴しきった貴方たちが、決して、その屈辱的な扱いを未来永劫に修羅の妄執とならないことを祈る。恨みは争いと破壊しか生まないのを、わたしは知っている。
わたしたちは少女騎士団、戦場を駆る乙女の騎士。戦場にしか存在してはいけない少女だ。だから、この先に平和な世界が来るとして、貴方たちがいたこと、家族のために戦ったこと、誰かのために死んでいったこと、貴方たちの顔も覚え…………わたしたちは、その記憶をね…………、
ヴァントを越え三日目の朝、友軍からの情報で侵攻本隊となる陸軍歩兵師団が国境を越え、ヴァントすら越えたと伝えられた。一部戦車隊に至っては、わたしたちと合流するために速度を上げ向かっているとのことだ。さらに空軍による支援が充実していて、ふたつの拠点都市が空爆により軍事施設の大半を無効化したらしい。
「こんな大規模に軍隊を動かすなんて、簡単にできることじゃないんだけどなー」
ファブがクッキーをかじりながら隣で笑う。たしかに一部部隊を除き軍隊とはいえども、何百、何千人という集団単位で人間を動かすのには準備に時間がかかる。武器や銃弾、投下爆弾、食料、医療品、運搬車両、戦車、砲弾、戦闘機、爆撃機、燃料だって、一日一夜で準備できるとは思えない。普段から陸軍と強い連携を見せる空軍とはいえ、組織も指揮系統も違うのに、こんなにも簡単に連携しながら動けるものなのか。戦時下だから前もってある程度の画は描いているだろうけれど、なんだか、何か、何かが………、
「何年も前から全部予定していたみたいだね、ファブ」
わたしたちが戦争をすることに慣れてしまっているからなのか、それとも慣れてしまっているからこそ感じる違和感なのか、それがわからないこと自体が何かに麻痺している証拠なのだろう。
その日は古い時代の小さな城を持つ町の近くで輸送機から投下された物資を受け取り、町で休息して、装備を整えて夕暮れ前には出発する予定だった。しかし、町に到着した頃には一六〇〇時を過ぎ、追いつくはずだった後方の戦車隊との距離が伸び始めたということで、一晩、小さな城を構える町で過ごすこととなる。町に運び込まれる月華や燦華の発電用ディーゼルエンジンの燃料、弾薬、医療品、食料品を始め、着替えなどもパレットから降ろされ配られた。ひと晩を過ごすにあたって、住民の協力により宿や民家の客室などに、わたしたちはお世話になる。
「旅行に……来たみたいだな………?」
ハナミズキ隊が泊まる民宿はツーリストのために、二段ベッドがある部屋をふた部屋解放していて、その一室を提供してもらったのだという。家の前でリトが、わたしたちに搭乗着を正すように言い「ファブ、おいで」と、リトがファブの搭乗着を正す姿を、何故か、イリアルがいぶかしげな表情で見ていた。
「ナフトアーヴィ連邦国軍、陸軍北部方面軍第四大隊所属第三特殊機械化隊第八騎士団ハナミズキ隊であります!」
きこっ、と、小さく開かれる扉。その小さく開かれた隙間の下から「どちらさまですか?おなまえをどうぞ」と、ちいさな女の子の声。
「あ」
そのかわいらしいお出迎えにリトが拍子抜けし出した声。ぷっくくく……っ!とイリアルが笑いをこらえる。
「わ、私たちはなふとアーヴィ連邦の……」
「………わーっ!アイドルだっ!!」
女の子が扉を勢いよく開けて、リトに飛びついた。リトは「え、あ、ちょっと……っ!」と対応に困っているのだが「すごい!すごい!」と女の子は喜び、抱きついたまま跳ねる。
「っや!その、あ……汗くさいから、ねっ?」
こんなにもリトがたじろぐなんて、はじめて見た。実にイリアルが楽しそうに、その姿を見ている。ファブが女の子の目線までかがみ「お父さんか、お母さんはいるー?」と尋ねたとき、家の中から勢いよく飛び出してきた大きな犬に突き飛ばされた。派手に倒れたファブの上に覆い被さった大きな犬が顔を舐めまわす。「ふええ、ぶべべべ…っ!ちょっ…!誰ひゃ!この……っいにゅをっ!!」と、何かを訴えているが言葉になっていない。
「人気者揃いのハナミズキ二一〇号室隊はボロボロだな」
楽しんでいたはずのイリアルも、寮や女学校で人気のある二人の大苦戦に苦笑いをする。
その家族は、おばあさまとおじいさま、お母さまと娘さんの四人で暮らしていた。あと大きな看板犬のドーゼンだ。古城を讃える古い街並みは旅行者に人気があり、旅人に休息と城や町を案内することを生業にしているという。
「こんな素晴らしい町に戦を持ち込んでしまい、申し訳ありません」
リトが深々と頭を下げ、それを見たファブも頭を下げるのだが、またドーゼンが下からファブを見上げて顔を舐めまわす。
「ぶべべべっ!ぷはっ!ふーっっっ!!!!」
ファブもファブで負けじと、顔を上げないから余計に舐められ、息ができずに苦しくなり…………結局は、顔を上げ「ふーっ!勝ったと思うなー!?」と、謎の遠吠えをするのだ。
「この町は城を持ちます。そして小さいながらも塀で囲まれた城郭都市。
その意味は昔から戦が絶えなかったということです。
町は戦争に慣れている。
慣れていないのは、
たった十数年ほどで終わる平和が永遠だと思い込む、
数十年程度の命、人間だけなのですよ」
この町に城が出来て四百年。外壁に囲まれた城郭都市となって三百余年。ずっと、この町は外からの暴力に晒されてきた。しかし、町はひとを守り、ひとは町を守るという関係が続いている。四百年という途方もない時間で、この美しい場所は人間の争う姿をずっと見てきた。
お母さまがタオルを用意してくれて「女の子なんだから綺麗にしないとね」と順番にシャワーを浴びた。八日ぶりに浴びた温かいお湯で身体を洗うということと、お湯の温かさが心地よく、緊張がほぐれて眠気が襲う。みんながシャワーに入り終わると二段ベッドの上と下に収まり、いつ睡眠で世界から隔離されてもいいように眼を閉じながら、お喋りをした。
「ほとんど大きさ変わらないのになー。あれ、重たくないのか?」
それは一段目で寝ているファブの上にドーゼンが乗り、ファブを何かから見張るようにしていたからだ。ドーゼンは相当重いと思うのだけど、すやすやとファブは寝ている。再び眼を閉じ、顔の半分を枕に埋もれるみたいに押し付けた。何故か、月華のカウルハッチを閉めた瞬間に現れる一秒間を思い出したのだ。
「…………なんだか。なんだか、わたしたちはここに来るまで色々あったね」
「どうしたの?ナコ?」
わたしにも分からない。分からないけれど、いま話しておかなければいけないと思ったから、
「寝ているけれど、ファブも、
リトも、
イリアルも、
みんな、ありがとう。
わたしがわたしのまま、ここまで来られたのは、
みんながいたからだ。
ありがとう」
「おいおい、姫。なんだか縁起でもないなっ。
そんなのまるで死………………、
うん。そか。そう……だな、うん。
そういう……場所にいるんだった。
どうしてかな?今、気付いた…………。
うん……、そうだな、
ありがとう、ナコ。
ありがとう、ファブ。
ありがとう……………………リトも」
「私も、いつもみんなには感謝をしている。
私は嫌われ者だ。前の隊でも、ハナミズキに来る時もそうだった。
今でも一部の大人や仲間だと言っていた何十人が嫌っている。
でも、ハナミズキのみんなは違った。
私を私として受け入れてくれたんだ。
ナコ、ありがとう。
ファブ、ありがとう。
イリアル、ありがとう」
おやすみなさい。
また眠りから覚めて会える時まで、さよならだ。
どうか、また明日もわたしとみんながいる、一日で終わりますように。
…………………………
少女騎士団 第十二話【後編】へ続く。
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