少女騎士団 第十一話【前編】

少女騎士団 第十一話

Das armee Spezialpanzerteam 3,

Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel"

Folge von : Elf.


…………………………


 あたしたちって、信じあっていたんじゃあなかったんだな。

 何かの共通点を『信じる』とか、綺麗事を言って、馴れ合いを植え付けられていただけだ。


…………………………


ギシッ!ギッ!!


 輸送機の中は、燦華と月華を固定するベルトやバックルが軋む音、加えて機体が風を切る音やエンジン音などの騒音で満ちた。そんななかでブリーフィングが始まり、まず、あたしたちより先発した空軍機が暫定国境付近に設けられていた防空施設に、小規模ながら損害を与えたということが伝えられる。飛ぶまえに『公国による行政区への奇襲は【南方二州五県放棄措置】破棄の意思とする』と説明はあったけれど、暫定国境線付近の防空施設を叩くということは、輸送機が南方二州五県内深くに入るということだ。いつも不機嫌なはずのティーチャーが、すこし弾んだ声で話し、あたしは気にかかっているナコを見た。いつものようにティーチャーだけを見ていて、ひとつ残らず、すべての声を聴こうとしている。しかし、顔には血の気がなく、眼にも光がない。ファブの様子もおかしかったのでトイレに向かう通路で話を聴いてわかった。ナコは行政区で、ひとり誰にも見つからないように泣いていた。そして、ファブは元気付けようとしたが、失敗した、と言った。…………それはファブが悪いじゃあない、ただナコがティーチャーに対して『裏切るわけがない』と思い込もうとしていた時に、ファブの温かさで、それに気付いただけだ。


あたしたちの『恋』というものが、人殺しの道具として使われているらしい…………。


 これからあたしたちが向かうのは、公国が我が国と南方を半永久的に分断すべく建設した要塞線、通称【ヴァント】を攻略するとの事。公国は大地を別ける壁なんかを、たった七年で未完成部分を含め、東西に四〇〇キロメートルに伸びる世界最長、最大の要塞として建造した。この一点を、数百メートルだけでも無効化、あるいは数時間、機能低下をもたらす損害を与えることが絶対命だ。こいつに『穴』を空けなければ、後に続く陸軍戦車隊、機械化騎兵隊、歩兵隊、支援部隊が、速度を保ったまま南下することが出来ず、電撃戦は失敗、戦場は泥沼化する。あたしたち少女騎士団に、この奪還作戦の早期終結と成否がかかっている。


「質問は?」


 いつもの問いにファブが手を上げると、ティーチャーが驚いた表情を浮かべた。そうだ、あたしたちは今まで、なんの疑いもなくティーチャーの言うことを聴いてきた。だけれど………それは………………。


「この要塞だけどねっ、裏から攻撃すればー……ダメ?」

「いい着眼だ、ファブ」


 そう言ってティーチャーは微笑んだから、このひとはあたしたちが無邪気に戦か…………いや、無邪気にひとを殺すところを見て嬉しそうにしていることを思い出した。


「前時代に同様の要塞攻略戦があったと教科書に載っていただろう。

 だが、ヴァントは歴史教訓から学び、全方位に武装がなされている」


 計算ではヴァントに二区画分、最短でも幅三〇〇メートルほどの『穴』を空けなければならないらしい。四〇〇キロメートルのどこかから追加の兵や弾薬がやってくるはずだから、相手の心が折れるまでやるという戦い………、はあ、ため息が出る。いつも戦場で『散らかすな』と叱られてきたけど、何故か、散らかしてきた。今日はそれを徹底的にやらなければ機能低下など期待できない。あたしとファブにとっては、歓喜で踊り出すような状況のはずが、すこしも………それどころか、嫌悪さえ………………、


「他に質問は?…………以上、待機だ」


…………………………


 私は少佐や少女たちと違い、陸軍北部方面局に召喚された。高い天井に冷たい石の床、壁に飾られた数々の名画と呼ばれる理解不能な芸術的な絵画。実に貴方が嫌いそうな空間ですね。大きな柱時計が教える時間は〇三四一時、もう少女たちは戦の地に立ち、戦っているのかもしれない。それなのに、私はこんな暖房の効いた部屋いて、保身を思考するだけで精一杯だ。自分自身を、ナコ、イリアル、ファブ、リト、貴女たちと同じ『軍人』だと胸を張って言っていたのが、恥ずかしい。こんな深夜にドアを激しく叩かれ、憲兵付きでここに召喚されたという事は大きく物事が動いたのだと覚悟した。


面倒くさい事になった。


 すっ、と鼻をすすり、私の好意につけ込んで、私を抱いた情報集分析局時代の元上司の癖と、不機嫌な表情をする現上司である誰かさんの口癖を小さな声で真似てみた。こんな時に、そんな余裕………いや、諦めかしら。こんな何気ない仕草や言葉だったはずの事に笑ってしまう。


「エド・ホムラ中尉。貴君が召喚された理由は分かるかね?」

「はい、おおよそですが分かります」


 眼鏡をかけ、両手でペンを遊ばせている紳士が、ゆっくりと息を吐くように語りかけてくる。


「識別名称『狐』の通り、見事に化かされた」

「狐に化かされる……東方文化の御伽噺ですね。私の少佐が何かしましたか?」


 冷たそうな大きな机の上に、くしゃくしゃになった紙コップが置かれ「これが何か分かるかね?」と尋ねられる。


「紙…………コップですか?」


記憶をたどる。確か、この紙コップは………、


「ここの食堂で提供されている………コーヒーの?」


 そう答えると紳士は穏やかな表情をひとつと変えず「様々な機関で高い評価を得てきただけある」と淡々と言い「ただ、他のものと違うところがあるのだが………」と加え、手に取るように促され、触れた。


「………落書き?」

「暗号だよ。これを仲間の清掃員に渡し、同胞と連絡をとっていた」


コップ、落書き、清掃員…………紙コップに関する記憶の枝葉を巡る。




短く息を飲む。この……筆跡、少佐の字じゃないか。


 以前、私と少佐がここへ召喚された時に、清掃員に片付けるよう手渡した紙コップだと記憶が繋がったとき、眼を開き、瞳孔や細かく震える眼球を制御できなくなってしまった。


「鈴のつもりが、首輪ならず身体をも飼い慣らされるとは」


 私は彼の行動を注視し、逐次、彼に注意をしてきた。だが、一方で機関には大きな動きはないと嘘の報告をし、その行動をほぼ黙認してきたのだ。


「首輪が狐を繋ぎとめられなかった理由は、おおよそだが見当が付く………。

 君の反論を許そう?話によっては力が貸せるかもしれない」




反論どころか弁解の余地すら、ない。


「鈴が鳴らず、首輪は杭につなぎとめられてもいない。その間に狐がした悪さは何かというと………」


紳士が大きな椅子に深く座り込むと、小さく、ギッ、と音が部屋に響いた。


 副首都にある行政区への機械化騎兵隊及び、軽戦車隊による奇襲作戦を公国側に決断させた材料は、他ならぬ陸軍内にいる反政府一派の協力を取り付けたからだ。防空の為に各地に存在しているレーダー基地、その副首都までの抜け道を作る為に行われた陸軍特殊部隊による襲撃や、同時多発した各陸軍基地での小規模なクーデター、その計画は何年もかけ入念に練り上げられた事案だった。


「早期に鎮圧はしたがね……」


 一部陸軍部隊によるクーデターは、何かを成し遂げるのには『小規模』過ぎた。とても基地や観測所などの施設を完全掌握できない規模の蜂起。彼らが頼りにしたのは、公国軍が新型機械化騎兵までも投入し行った作戦にある。行政区が数時間でも機能不全に陥れば、代替機能の移行に最低でも十二時間近く中央機能が麻痺する。それが成功し、基地内外、上位組織との連携が乱れれば、小規模の蜂起でも、大規模な掌握を可能性とする確率は高くなる。そうして、拠点を無効化している間に公国軍本隊の…………公国軍も、また陸軍内一派も、すべてが寄りかかり、共に頼りだったのだ。


「今回の出来事、全てではないが彼が一翼を担っていた」

「少佐は……いえ、何でもありません」


 いつでも、私は彼を止めることが出来たはずだ。彼を地下鉄の駅まで送ったとき、召喚からの帰り道、決して安いとは言えないコーヒーショップ、都合のいいと思えた事はたくさんあった。いつでも報告し、止めることは出来たのだ。紳士がペンを置き、眉間を親指と人差し指でつまむように押さえ、気怠そうに言った。


「貴君には失望した」


 電話の受話器を手に取り「二名ほどよこしてくれ」と簡潔に伝え、そして、私に「アカサとその犬たちは『どこまで』いくのだろう?」と言った。『犬』…………か。陸軍内では陰でハナミズキ隊の少女たちをそう呼んでいた。少佐、ティーチャー……あまりにも少女たちが彼に飼い慣らされ、従順すぎたからだ。眼を閉じて天井を仰ぎ、小さな声で「私に見当などつきません」と声を振り絞ったが、紳士に聴こえたかどうかは知らない。


「わざと『クーデター未遂』を起こし、自身に力を集中させ奪還作戦まで強行に導いた…………それで終わるとは思えん」


 大きな音を立て扉が開かれ、小銃を持った警備兵に両腕を抱え上げられると、関節が痛んだが、それに耐え、引きずられ連行される。部屋と廊下の間に差しかかったとき、紳士が呼び止めた。


「待て!聴き忘れていた!ホムラ君………お小遣い欲しさに東側のお家でお手伝いをしていた覚えは?」


人生が終わった。


…………………………


 輸送機から降下し、わたしたちはヴァントに向け五時間ほど進行した。ここまで休憩はなく、息抜きといえばコクピットにくくりつけた水筒から水分を摂ること。モニタのノクトビジョンが映す緑色の世界から眼を離さないように口に含む。口元から垂れた水分は行儀悪く搭乗着の袖で拭くしかない。


『こちらハイイロギツネ全隊停止、全隊停止。ナタル中尉、現在位置を報告』

…『キンモクセイ隊ナタル、了解。…………現在、地点三〇二七から東に四キロメートル、南に一八キロメートルです』

『ハイイロギツネ了解。ヴァントまで、あと少しだ。全隊、微速前進!』


 夜明けまでどれくらいだろう。月華の『眼』が一番弱いのは、夜明けと夕暮れの薄暗い時間帯、それが迫っている。


かさ、

かさ…、


「イリアル?わたしの時計では夜明けまで五〇分ほどなんだけど………」

…『間違いないよ、姫。あたしの時計も一緒だ』


かさ、

かさかさ、

かさ…。


ひとの気配…………がする。


ズ!ドッ!


 前方四〇メートル先を進んでいたノウゼンカズラ隊の月華が一騎、轟音とともに崩れ落ちた。

…『敵襲ッッ!!!!!』

頭の中を駆ける革靴の足音。トリガーに指をかけて姿勢を低くし見渡す。


『こちらハイイロギツネ。ノウゼンカズラ隊は当該騎を確保せよ』


かさ…、

かさかさ。


まただ、ひとの気配がする。

「ハナミズキ隊ナコです。ひとの気配がします!」

『見たのか?』

「いえ……しかし、脚音が…………っ!」

『……夜明けが近い。仕掛けてくるにはいい時間だ。各隊二番騎のみガトリングガンを二秒掃射。炙り出せるかもしれん』


ヴーッ!


暗い森にガトリングガンの弾道、曳光弾の光が吸い込まれていく。


『第二射!二秒だ!』


ヴーッ!………ゥウーンン…………


…『こちらゲッケイジュ隊ノリス。九時方向に二五〇メートル先に人影を確認』

…『ハルジオン隊ナウカ。後方四時方向三〇〇メートルに人影を確認』

…『こちらハナミズキ隊イリアル。一時方向二〇〇メートルに人影と思われるノイズあり!』


『ハイイロギツネ了解』


この脚音の数、間違いなくわたしたちは、


『囲まれているな。殲滅、殲滅だ!ひとりも残すな!』


ティーチャーの声にペダルを踏み込み、森を奥の暗闇に向かって走る。


……………………


『こちらハイイロギツネ!私は左翼、ナコの後ろを行く!右翼はファブ、後ろにイリアル!リトは後方支援だ!』


 あたしたちは頭を樹々に覆われ、茂みを薙ぎ倒しながら、敵を殲滅するために月華を駆った。闇に光が一線、対騎兵・対戦車ライフルの弾道が走る。ロケット砲を発射した光から走る光。ちいさな、ちいさな『ひと』の気配が、大きく騒ぎ始めた。最初にナコが気付いたときに、あたしも勘付いていたけど、こちらは機械化騎兵だ。まさか、相手が『人間』のみで仕掛けてくるとは思わなかったから、気配は気のせいだと思っていた。


…『ファブ!飛び込めっ!』

…『あっは!リトおねえさま!りょーかーいっ!』


えっ、リト。なんだそれ、いま飛び込んだら、


「だめだっ、ファブッ!!深く行くなッッ!!!…っリト!正気かッ!!?」


 まだ敵戦力も、装備も、数さえ把握できていないのに、リトは深く飛び込むように指示し、それをあっさりとファブは飲み込んだ。いくらファブが戦場で飛び込みたがる性格だとはいえ、いまのは違う。ただ、リトの言葉を聴き、従っただけのように感じる。


「リトっ!いまの何だっ!?」


月華を機動させながら問う。なんだろう、何かがおかしい。

何かが、狂い始めているようで、怖い。


…『とくに何も』


 淡々と返ってきた答えに大きな不安を覚え、こころのなかで「ああッ!やっぱり、あたしはアンタが嫌いだッ!!」と叫ぶ。この黒髪ロングは、ファブの事なんか考えずに飛び込ませた。自身の都合だけで、だ。たまに見せるリトの冷酷さには、以前から眉をしかめていた。あんたのことを気に入らないのは、あたしの鼻のよさが、違和感の匂いに気付いていたのか?


 月華のモニタが人影を緑色のノイズで塗り、それが何をしようとしているのか理解したからトリガーを引く。ガトリングガンの砲身が回り、冷却しながら高熱になった高圧ガスの力で、弾丸を音速の三倍で飛ばす。ノクトビジョンで映し出された緑色の『ひと』が弾け、飛び散った何かが地に落ち跳ねるのが、今日に限って、不思議と気持ち悪いと思えた。かんっ、かっ、かかんっ、と、装甲を叩く軽い音がしたから側面モニタを見ると、茂みに隠れていた敵兵がパニックになり、対人のアサルトライフルかサブマシンガンを連射している。そんなものは機械化騎兵に全く有効ではない、と、戦場に出る前に訓練やキャンプで、夢になって出てくるほど、教官に叫ばれたはずだろう。その他の兵士たちが対戦車・対機械化騎兵ライフルを準備していたから、月華の左脚で土をかき上げ空中を跳び、背中のランスを取り出した。


「あああああああっ!!!!」


 叫びながらモニタの向こう、ノクトヴィジョンが彩る緑色の世界で、眼下に怯えている顔も、慌てて対機械化騎兵爆雷を取り出す姿も、祈るように身体を屈める姿も、全部、覚えておくよ。持てる力で善戦した敵兵には、敬意を払い、後世に持っていくのも、あたしたち少女騎士団の役目のひとつ、らしいからさ。


あたしたちは少女騎士団。

戦場を駆る乙女の鬼神だ。


ランスを大きく振り抜くと、操縦桿に触れる手と騎体に鈍い振動が伝わった。


『夜明けだ』


 そう誰かが言った。カメラから入った光を機器が処理し、ノクトビジョンとしてモニタにチリチリとノイズ混ざりの世界を映す。


はあ、今日も世界中でたくさんの…………、


…………………………


少女騎士団 第十一話【後編】へ続く。

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