少女騎士団 第十話【前編】

少女騎士団 第十話

Das armee Spezialpanzerteam 3,

Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel"

Drehbuch : Zehn.


…………………………


 絶対を裏切るなんて、本当に可笑しい。

 永遠を信じた私が狂っているみたいじゃないか。


…………………………


 敵の弾幕が薄くなったのは消費を抑えるためか、それとも様子を伺っているのか。建物の角から覗き込み二八〇メートル先で影が動いたのでガトリングガンを六秒掃射して様子を伺った。その間にファブが五〇メートル先まで走り、前線を押し上げる。敵の動きが………明らかにおかしい。


…『ナコ!援護するっ!』

「了解!イリアル!ファブと同じ線まで上がろう!」


 建物に沿って移動するのだが、まったく攻撃がない。状況からして奇襲だ。投入された戦力から考えれば混乱させるのが目的で第二陣が続はず。しかし、後続が来ないのは予定より遅れているのか。敵騎に多くの装備が積載されていたようには見えなかった。増援はなし、補給もない、この副首都の行政区にまで来るような大袈裟なことをする必要が………………何か、別のことが進行していて、これは混乱に乗じた気を逸らすための……?モニタに黒いちいさな影が映り、レンガ敷きの道路の上を転がった。


「フラッシュ!」


 叫んだ瞬間にフラッシュバンが炸裂しカメラを焼く。月華をしゃがませ、身を縮めた瞬間、再び、炸裂音。


バンッ!ババンッ!バンッ!


 何だろう?装甲を叩く音がしないから玉は当たっていない。手榴弾でも発砲音でもない。


…『スモークっ!!』


 イリアルの叫び声を疑う。スモーク?フラッシュバンの後に?敵は突撃でもするつもりだろうか。カメラが切り替わりモニタが復帰してチカチカと外を映すのだが、紺色の煙が渦を巻いて流れているだけだ。


「ファブ!一度下がろう!!リトっ、何か見える!?」

…「ナコ!何も見えない!一度、下がった方がいいわ!」


 近接戦に備えショットガンを持ち替え後退しようとした時、煙を掻き分けて目の前に現れた、敵騎。


バンッ!ジャコッ!


 頭で理解するよりも指が早く反応してトリガーを引いていた。敵騎の装甲から火花が散り、めり込んだ球が無数の穴を空ける。嘘でしょ、奇襲戦を仕掛けておいて突撃なんて………。何度も、何度も撃ち込むショットガンの球の雨に、極至近距離の騎影から動力液と人工筋肉の片が大量に飛び散り、誰かが誰かの名前を叫ん…………、


…………………………


 奇襲による行政区の混乱は少女騎士団の鮮やかな行動によって収束した。晴れやかな閲兵式から一転、厳戒態勢が敷かれた夜を迎える。大通りはもちろん、行政区に入る道路まで封鎖され、区内の移動も各通りに規制がかかり容易ではない。公園や駐車場などの平地には、野戦病院や近隣基地から応援に投入された陸軍兵が待機するテントが設営された。クーデターの発起を疑われた戦車隊は大通りに並べられ、隊員ひとりひとりの取り調べが続いている。


「一瞬にして副首都が戦場となった」


 いつか少佐が車の中で言った『これが戦争をしている街か』という言葉を思い出す。そう、本来ならこれが戦争をしている国の本来の姿だ。ハナミズキ隊一番騎であるナコの騎体に差し掛かった時、整備士が鳴らしていた小さなラジオが『……本日の戦闘行為による犠牲者は十六時現在、確認出来ただけでも八十六名、重軽傷者三百八十九名。まず犠牲になられた方でお名前が分かる………』と伝えていた。ラジオから伝えられている犠牲者の数には軍人は含まれていない。軍人は後にひっそりと政府と陸軍省から哀悼の意を伝える紙一枚、印刷所で大量に印刷されて届く。遺体がある場合は遺体を、遺体が激しく損傷している場合は灰を、灰すら送られない場合は、基地などに遺された私物とともに、特進した階級章と新しい軍服が用意される。時に上官や同僚が家族を訪ね、息子や夫、恋人の戦場での故人所縁の想い出を話し、褒め称え、家族の心を温めることもある。そして、心の傷に安定の兆しが見られ、感情的にならなくなった頃、戦死補償や遺族補償の値引き交渉が始まる。


 戦闘が終了した簡易の指揮所に軍人の犠牲者、怪我人の集計が伝えられたとき、誰も言葉にはしなかったが怒りと憎悪でテントが満ちた。戦場では多くの屍や非現実な光景、次は自分だという恐怖などで麻痺した脳や薬物が、それらを想像させないが、我が国の平和な街で流された血は世論を報復行動に向かわせるために充分な量だ。


「……少佐。貴方が望むのは『どこまで』ですか?」


 爪を噛んでナコ騎をじっくり見ていると、彼女の月華に自爆した機械化騎兵のパイロット、その一部が着いているのを見付けた。


「約束が違った………」


 新型騎を投入、全滅させてまでの価値があり、軍事的にも、外交的にも、いい影響が期待できる行動ではない。この作戦を推し進めるだけの理由が、どこにもないのだ。仮定だが、本来、この一連の出来事にはこちら側に協力者がいるはずだった。時間をかけて信頼を積み重ね、双方快く交わした約束は信じてはいけない約束だった。行動に出る判断材料を疑い、動かないと判断をするべき材料がなかっただけ、だ。もし、行動直前に双方それぞれ別の判断をさせる材料を流し、利益を得て満たされるのは…………、


「ホムラ中尉?」

「あら、ナコ。気分はどう?」


 慌てて笑顔を用意し彼女を見る。陸軍兵のジャケットを搭乗着の上からぶかぶかに羽織り、紙コップを落とさないように両手で持つ華奢な少女が投光器の光に浮かび上がっていた。


「ティーチャーは?」


 質問を少し保留するため煙草に火を点けて、深く、深く吸い込むと肺の中で煙を留め、染み込ませ、ゆっくりと吐き出す。


「うん、そうね。中央に出向いている」


 まだ子どもの彼女になんて言えばいい?ましてや、胸をときめかせている相手は、自身の欲求の為なら貴女が再び犯されようとも、踏み躙られ殺されようとも、その不機嫌な顔が変わることも助けに入ることもないかもしれないのに…………。


「中尉、敵は……」

「死にに来たのよ」


 ナコが私の煙草を見て、月華に眼をそらした。

 そうか、あなたは煙草が嫌いだったわね。


「国旗、軍旗、部隊章はありませんでしたが、小さく書かれた識別記号番号は公国軍のでした」

「……不穏ね」

「中尉は心配ですか?近々、わたしたちは南方へ赴くのでしょう?」


 このナコという少女は知りながらも貴方の隣にいるために…………。


「幕が上がるわね」


 もう何年も前に幕は上がっていたけれど、私たちは気付くのが遅かった。なんて、大人の嘘は貴女に通じるものではないから。


…………………………


 ホムラ中尉と陸軍の軽車両に乗り、急遽、わたしたちのために用意されたというホテルに向かう。わたしは車内から街を眺めていた。街は省庁が密集する中心部を抜けると、所狭しと肩を並べるアパートメントに灯りが灯っていて、いたって普通の街だった。信号待ちをしているときに先の戦闘で迷子になったのか、それとも元々野良犬なのか、焦茶色の犬が脚を引きずりながら、よろよろと歩いていた犬がこちらを見て、眼が合う。


 頭の中で犬の名前を呼ぶ…………、幼いわたし。


「何か見えるのか?ナコ?」

「あ、うん。あの犬の犬種は何だろう…………って」


 んー?イリアルが身を乗り出して、わたしの膝に手を乗せ、窓の近付くにきたから押さえつけられているみたいで。なんだか………………、


 ………………嫌だ。


 怖い、ティーチャー、はやく、はやく、わたしを助けに来……


「シェパードだね」


ざわっ!


「どした?ナコ?震えてないか?」


「あ……っ、えと……大丈夫、だよ?イリアル」


 イリアルが鋭い眼で見ている。


「本当………かい?何だか…」

「うっわーっ!ナコーっすごいよー!」


 ファブが明るく弾けた声で呼んだから「なになにっ!?」と明るく答えた。こんな嘘…………イリアルが信じるわけ、ない。いま、感じた感覚は月華のカウルハッチを閉じた一秒間にある、気持ち悪さだけでいいのに。


 一秒でも、苦しいのに、

 この苦しみを、みんなに知られたくない。


 汗を含んだ搭乗着が道化師に見えるほど、不釣り合いな高級ホテルのエントランスに軽車両は停まった。その上品な構えに「う、わ。すごい」と思わず言葉が漏れてしまう。イリアルとリトは唖然として言葉が出ずに口をあんぐりと開けていて、ファブは「すごい!すごい!すっごいねっ!」と眼を輝かせ、飛び跳ね大はしゃぎ。ドアマンの上品な仕草で招き入れられたロビーの天井は、月華が縦に二騎は入るであろう高さに大きなシャンデリアが下がっていた。ファブは届きもしないその輝きに、手を延ばして跳ねるのだ。


「ファブ!行くよー!」


 エレベーターで上がったフロアの一歩目が心地よく沈んだから驚いて、その一歩目を慌ててエレベーターの中に戻した。


「気付いたかしら?下のフロアと上のフロアでは絨毯が違うのよ」


 床に敷かれた深い赤の絨毯はロビーと毛足が違い脚が心地よく沈む。落ち着いた照明も相まって、ここは『別世界』なんだと言っているみたいだ。中尉曰く「外とは違う世界。ここには上質なもてなしがあると保証されている」という演出らしい。深みのある色のドアを開けると「ようこそ、特別な時間へ」と言われた気がして、雑誌でしか見たことのない気品があり落ち着いた部屋が広がっていた。


「少佐からのご褒美だそうよ」

「う……わぁあああ!」

「貴女たちの寮と同じように使いなさい」


 中尉の言葉と同時にファブがベッドに走り飛び込んだ。彼女の身体が深く沈んだかと思うと、ゆっくりと浮き上がり「ふっかふかだあ!」と脚をバタつかせる。


「ちょっとファブ!駄目だよ!」


 注意するわたしを尻目に、今度はイリアルがファブの隣に飛び込む。


「ホントだ!すっごいふっかふかだなあっ!」

「ちょっ!イリアルまでっ!」


 わたしとリトのお尻を中尉が、そっと押す。


「言ったでしょう?好きに使いなさい。これは命令です」


 恐る恐るベッドの縁に座ると寮のベッドでは想像のしたことない、やさしく身体が沈む感覚にときめいてしまう。肌触りがよく、肌を滑るシーツ。枕を抱きしめてもふかふかで、気付けば、わたしまでベッドの上ではしゃいでしまっていた。


「……っん」


 カーテンがぼんやりと光っている。ああ、朝だ。ティーチャーに挨拶をしに行かなきゃ。枕元の目覚まし時計を探すのだが、手は宙をかくばかりだ。……………………あれ?…………ああ、そうか。ここは寮じゃない。まぶたと、まぶたが、まだうまく開かずにお付き合いをして再び眠りについてしまいそうだから、ふかふかのベッドに座って部屋を見渡した。隣にイリアルがいて、向こうのベッドではファブがリトに抱きついて、気持ちよさそうに寝ている。


「ふふっ、リトは苦しくないのかなあ?」


 寮のベッドがふたりでひとつだったら、毎日、ファブはリトに抱きついて寝ているに違いない。ファブは心からリトを許していて、リトはファブを妹のように可愛がるのだから、このふたりを見ていると微笑ましくなる。枕を抱いてベッドの縁に座りなおし、脚を降ろしても、冷たい床はなく、心地のいい絨毯が出迎えてくれる。枕に顔を埋め………………今日はすこし眠そうで睨むような眼と、朝のすこしとろんとした不機嫌そうな声、不機嫌そうな表情をしたティーチャーに会うことで始まる一日ではないのが、さびしい。


 そんな毎日続くなら、この天国みたいなベッドや雲のような絨毯はいらないや。本当に、そう思う。


 カーテンを開けると大きな窓から見える街は、昨日の街とは違う街のようだった。ホムラ中尉から念入りに髪をとくよう言われ、寮に置いてきたはずの新しい制服を着るように指示された。


「ホムラ中尉……これ?」


 わたしは口紅の塗り方を知らない。


「うん、貸して」


 中尉が唇に引いてくれる薄い紅は、きれいな紅。


「綺麗よ、ナコ」


 初めてみ見た。女の子の、わたしだ。


 みんなのきれいな姿もと見ると、イリアルはそわそわし、リトはいつも通り毅然と袖のボタンを閉めているところで、ファブは鏡に写る化粧した顔を見て、にこにこしていた。


「さ、行きましょう。少女騎士団第八騎士団ハナミズキ隊御一行様」


 ロビーに降りて外が騒がしくなっていることに首を傾げていると、中尉が背中をぽんっと叩き「胸を張って、臆する事なく前だけを向いて」と言う。重厚な鉄製のドアが開かれ、大きな声たちとシャッターを切る音が壁となって襲ってくる。


「おはようございますっ!一言お願いします!」「昨日の戦いに国民は心を打たれました!!」「少女騎士団の姿に感動したと多くの人が……っ!!!」「ひと晩をこちらで……!!」「こっち!こっちを向いてください!准尉殿っ!!」


 たくさんの声に圧倒されそうになる。


「真っ直ぐ、前だけ見て、胸を張って、ゆっくり優雅に歩いて」


 中尉は臆することなく自分のためにある草原を歩くように、両側の人間を花のように従わせ、世界の中心を歩いていく。中尉は……本当に美しいかただから、わたしなんか、ただの子どもだから…………もしかしたらティーチャーは、わたしのことなんか眼に入ったことすらないのかもしれない……よね。両側を大勢のひとに囲まれ、作られた道の先に陸軍の軽車両はなく、大きな黒い高級車が停まっていて、わたしたちをエスコートするみたいにティーチャーがドアを開けて立っていた。


「おはよう、私の少女たち」


 その不機嫌そうな顔を少し緩ませ、首を傾け、車に乗り込むように促された。


 いつもの軍用車と違い、お尻にゴトゴトと伝わる路面の凹凸を感じないから、本当に走っているのかと疑うくらいに、するすると窓の外の景色が後方に流れていく。


「昨日の有事で、君たちは有名になった」


 ティーチャーが対になった向かいのシートで脚を組み、外を眺めながら話す、その声が…………。


「おかしなものだよ。まあ……国民は『広報組』と『実動組』なんて知らないからな」

「それにしても、あからさまですね?」


 ホムラ中尉が少し苛立った様子で言葉にし、ティーチャーを睨んだ。


「私たちは彼らが求める偶像を………アイドルというヤツを提供しているだけだよ」

「『私たちは』……ですか?」

「そうだ」



「ナコ」

「はい、ティーチャー」

「似合っている」







「綺麗だ」







「……はい。ありがとうございます」


 新しい制服、初めてする目一杯のお化粧。誰よりも貴方の声で聴きたいと、強く、強く、強く、望んでいた言葉が、何故か…………、うれしくない。


 窓の外でたくさんの旗や手が、たくさんのひとによって振られていた。


…………………………

少女騎士団 第十話【後編】へ続く。

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