少女騎士団 第三話【後編】

少女騎士団 第三話【前編】続き。


…………………………


 今日も銀色の流線形に赤を寄り添うよう停めた。これじゃあ、まるで私からベッドに誘っているみたいだと思うと笑えてくる。私が惚れるなんて自尊心が許さない。今は若い頃と違い、好意を利用されているのを知っていてまで相手に近付こうなんて思わない。私に恋や愛を囁けるよう許される男性は、礼儀や尊敬の念を持ち、膝をついた者だけなのだ。


「おはようございます、中尉」

「ええ、おはようございます」


 建物に入る前のいくつかの挨拶と「中尉……!あのー、今晩……」という歯切れの悪い誘いを「残念ですが、ご一緒できません」と断る。まず声をかける時には『今、その話題をしていいかどうか』という確認をするのが礼儀でしょう。ろくに挨拶もせずに用件を伝え始めるような行いは、自分の欲望だけを満たすようで失礼ではないのかな、坊や君。


「おはようございます」

「おはようございます、ホムラ中尉」


 いつものように警備課で出勤した旨を記録する紙を機械に通す。


「ああ、そうだ!中尉、少しお時間よろしいですか?」

「ええ、いいですよ」


 これが礼儀、大人の話し方。それらを妻子がいるであろう年長の警備兵はわきまえていた。


「アサカ大尉宛なのですが荷物が届いてまして……」


 その薄い段ボール箱は大きさに対して不可解に重く表面が湿っていた。ここに来るまでの仕分けや検査室でも安全だと、お墨付きを得た段ボール箱の長い旅路を労いながら机に置いて、来るべき数十秒後の最悪な未来を想像する。


「いやいや。ホムラ中尉!いくらなんでも疑いすぎじゃないですか?検査を通っているんでしょう?」

「ルカ、検査されたところを見たの?」


 彼は不思議そうな顔で眉をひそめ、私の眼を見る。この建物に入る全ての荷物や郵便物が検査を受ける。怪しい物が入っていれば、その大半が見つけられ処理された後に『処理証明』の紙切れとなって届け先に来る。だけど、検査室自体を通っていない荷物があったらどうだろうか。もし、職員の『諸事情』で安全な荷物であるというスタンプが検査を受けずに押されていたらどうだろうか。あるいは検査室すら通らず、紳士に見えた警備課の男が紛れ込ませた『安全では無い物』だったらどうだろうか。これらの心配事が完全に拭えない組織の中で『安全』を担保するのは誰だろうか。答えは自分しかいないという事だ。


『こんな面倒くさい世の中だ。これくらい覚えておけ』


 あの鼻をすするのが癖てだった声を思い出しながら、ゆっくりと深くペーパーナイフを刺し込むと部下の三人が壁際まで身を引いた。さすが、事務という戦場を渡り歩いた尉官の三人だ。その素晴らしい対応に笑ってしまう。


「お三人方?そんなに離れなくても、この部屋にいるかぎり無意味なのだから、最前列で見ればどうかしら?あるいは怪我をしたくないなら出ていきなさい」


 この重さが懐かしい、と、微笑みながらナイフをゆっくり動かす。爆薬と一緒に釘や鉄片などが入っている可能性もある。なんせ、あの大尉殿宛だ。女性にだけではなく爆薬や鉛、鋭利な物にも好かれそうだもの。殺傷能力を上げるために埋め込まれた物の数は恨みの重さに比例する……と苦く、若い頃の想い出にいる男性の声を想い出した。手荒にザッ!とナイフを引くと「ひっ!」とカミーユの情けない声が響く。


「三人とも残念でした」


 先日受けた『ツクフタイゲ・リィブン』の取材を載せた見本を送ったと連絡があった。段ボール箱の中から見本を掲げて、肩を寄せ合い壁に張り付いたままの三人に意地悪に微笑む。私に兄弟はいないが、彼女や彼らが妹や弟のように想う時がある。もし、兄弟がいたならこんな微笑ましい毎日だっただろうかと。


「っはー……焦った。久々に冷や汗かいた!」

「シュタイン少尉!ビビりすぎですよ!」

「うるせ。お前が握った腕に跡残ってんだけど!」


 今日は大尉がいないから、いつもの三人なのだろう。まったく微笑ましい。『ツクフタイゲ・リィブン』の表紙に印刷された少女たちの特集がある事を知らせる文字を撫でる。私の慎重になりすぎる癖は、初めて就いた職場の上司が『癖にしておけ』と言ったから身に付けた。


『陸軍省情報局の前は、どこにいた?』


 陸軍省情報局の前にいた職場は内閣府独立情報収集分析局で、その両方から大尉は眼を付けられている。本当に大尉は策士、あのタイミングで切り出すのはずるい。私が大尉に何を想い、何を伝えようとしているか、全て分かっていての事ですよね。きっと貴方は女を口説くのが上手だから、思い込みも、好意も、欲望も、全部利用される。


「三人とも。就業時間は二分前に過ぎています。尊敬される軍人として振る舞い、血税からなる給料分以上の働きを」


 コーヒーを淹れて椅子に深く座り、横目で貴方がいない椅子を見た。


 今日の私を始めよう。


…………………………


(見出し)特集、戦場を駆ける乙女の騎士。


 某日、私たちは陸軍北部方面軍に所属する第三特殊機械化隊第八騎士団ハナミズキ隊、いわゆる少女騎士団のアイドルにインタビューすることが許された。▽

 国民の誰もが注目する乙女の騎士は、私たちの前で少女として存在した。▽

少女騎士団の夜明け。▽

 少女騎士団の存在について、陸軍省の広報部隊だと認識している読者も多いだろう。それは間違いではないのだが、一般には知られていない武力としての活動も多い。戦場を縦横無尽に駆ける歩行型の戦車とでも言うべき機械化騎兵は、我が国の工業革命と高度な科学技術によって他国より先んじて開発された。新しい兵器は陸上戦に革命をもたらし、他国も追随し機械化騎兵の開発に成功すると激化する開発競争の中で、我が国は小型化を遂げる。小型化された騎体は被弾の確率を下げ、機動性能を格段に向上させたが操縦者に『小柄な身体である』という体格制限が課せられる問題が浮上した。そこで結成されたのが『少女騎士団』と呼ばれる陸軍特殊機械化隊である。▽

 少女騎士団を構成する少女たちの多くは、アウストガルト公国との第三次戦争における戦争孤児であり、心身に大きな傷を負って救助、保護され治療を受けた少女たちだ。少女たちは社会復帰プログラムの中で、その多くが『何らかの形で国の為に貢献したい』という希望を持ち、それを望む少女たちの声から少女騎士団を結成。また少女たちは戦禍により帰る場所はおろか家族すら失っていた事から全寮制とし、健全な生活を保証した。▽

 過酷な環境下で戦うといっても、少女の体力では成人男性の比にならない。そこに当時陸軍省が計画していた『小柄なパイロットを必要とする機械化騎兵団』の話が舞い込む。少女たちは機械化騎兵の訓練を受けると見事に才能を開花させていき、陸軍省及び政府は『少女騎士団』の設立を認めたのである。▽

彼女たち。▽

 私たちはヘヴェデツ陸空軍共同基地内西側に位置する優雅な建築方式の高い格子に囲まれた建物で、北方面軍第四大隊所属 第三特殊機械化隊第八騎士団ハナミズキ隊のアイドル二名に話を聞く事が出来た。▽


Q.名前を教えてください。▽

 A.第三特殊機械化隊第八騎士団所属、ナコ・ツェズ准尉であります(以下ナコ准尉)。同じくリト・ミトエ准尉であります(以下リト准尉)。▽

Q.准尉たち少女騎士団は国民から慕われています。▽

 A.リト准尉「私たちを通じて国家や国民のために命を捧げている同胞の活躍にも注目が集まればいいと考えています」▽

 A.ナコ准尉「私は国や国民を守る一兵として期待を受けていることに喜びと誇りを感じています」▽

Q.戦場は怖くありませんか?▽

 A.リト准尉「恐怖を感じたことはあまりありません。我が軍、同胞、そして我が軍が誇る十二式機械化騎兵【月華】とハナミズキ隊の仲間、日頃の訓練が活かされていますので不安も感じたことがありません」▽

Q.十二式機械化騎兵【月華】の乗り心地は(笑)▽

 A.ナコ准尉「乗り心地は悪くはありませんが、慣れない方が搭乗されると酔うでしょう。ご自宅のソファ程にくつろげる保証はしかねます」▽

一同.(笑)▽

Q.勉学と訓練、戦場を行き来していると聞きました。辛いと思うことはありませんか?▽

 A.ナコ准尉「この国は私たちに多くの挑戦を与えてくれています。確かに女学校と訓練の両立が苦ではないと言えば嘘になります。さらに試験や課題についても『戦場に出ていたから』といって免除されるわけではありません。しかし挑戦する環境を与えてもらっている立場である以上、最善を尽くします」▽

 A.リト准尉「私は勉学と戦場、両方において仲間がいることに強い安心感を持っています。戦場でも女学校でも寮でも、常に一緒に行動し、いつも助け合っています。ですので、特に辛いと思うことはありません」▽


(中略)


 今回の取材から分かったことは、少女たちが【月華】という鎧を着て戦場に立っているとはいえ、その小さな身体を戦火にさらし、国家や国民を守るという重荷を幼い娘に任せているということだ。私たちは戦時下にも関わらず豊かな生活を謳歌している。これらは少女たちや軍の活躍、その犠牲の上に成り立っている。しかし、心無い噂ばかりに囚われ、本当の少女たちから目を背けている事もまた事実であり、認めなければいけない。▽

(特集:戦場を駆ける少女の騎士/終)▽


…………………………


 取材を受けた時に録音していたテープと照らし合わせながら記事をチェックしていく。微妙なニュアンスではあるが『必要以上の意図』があって編集された文面だというのが、私の第一印象だ。パチン!レコーダーのテープを巻き戻している間に冷えたコーヒーを飲み干し、巻き戻されたテープの再生ボタンを押す。


『「…の質問ですが、軍立女学校がありますよね?いわゆる高等学校と同じ授業内容だと聴いています。大変でしょう?勉強と訓練とか、あるいは、この間も東部の戦線に行かれていましたよね?正直なところ、どうですか?その両方をこなすというのが、同世代の女の子と違う訳ですが、辛いとか嫌だ、もしくは同世代の娘たちがうらやましいと思ったことくらい……あるでしょう?」

「いいえ。この国は、わたしたちに多くの希望と挑戦する機会を与えてくれています。確かに勉学と訓練の両立は大変ではあります。しかし、わたしたちは少女騎士団です。文句を言っている間に同胞が死にます。あなたたちの家族が死ぬのです。それを助けにいく、少しでも力になる、それが使命ですので苦という言葉は値しません」

「リト准尉は?」

「私も苦だと思ったことはありません。私たちは少女騎士団です。ここで過ごす全ての時間において、仲間と一緒に行動していることが強い安心感を持てる理由です。これが私たちの『普通』です。同世代の女性が、どのような生活を送っているのかは雑誌やテレビジョンで映るそれら以外に知りません。しかし、私たちの団結力を言い表す言葉は軽くなく『絆』というものです。それがあるからこそ、どこであっても、何事であっても、助け、助けられる。辛いだとか嫌だなんて感情は湧いたこともありま…」』


パチン。


 この取材。本にするのが目的ではなく、あの子たちの声や話を聴くためだけだとしたら?


「大尉なら、どうしますか?」


 答えなくていい、俺も何も答えない。


 受話器を取り情報局を呼び出してもらう。


「北部方面軍第四大隊所属、第三機械化隊第八騎士団のエド・ホムラ中尉です。先日受けた取材で報告と相談が……」


 飛び交うのは質量と速度を持った弾丸ではなく、情動と情報、念や思想が飛び交う、ここが私の戦場だ。


…………………………


「こちらハイイロギツネ。視界はほぼクリアだ」


 朝凪が終わり、空気が入れ替わるとともに霧も晴れていった。こんなにいい朝だ、外は鳥たちの鳴き声と樹々のさざめきで満たされているに違いない。だが、残念ながら我々はディーゼルエンジンとコンプレッサの機械音が響く騎体の中にいる。観察を続ける屋敷の中で、穏やかに優雅な朝食を楽しむ姿を拝ませもらった。朝食が終わると開かれていたカーテンの一部が閉じられたのだ。


「こちらハイイロギツネ。風向きが変わったみたいだ、観測を怠るなよ」


 騎体内にいると微妙な風の吹き方や肌で感じる変化がわからない。そのために計測器で測り、常に計器から目を離さないようにするのだが、同時に樹々や枝葉の揺れや鳥の滑空、空に浮かぶ雲などモニタに映る全てで感じ、体感として想像した方が情報を得やすいときもある。普段、五感で感じるそれらを視覚のみの情報から想像し、感じられるようにしなければ機械化騎兵乗りは務まらない。


 高い空に雲は無いが、太陽が上がり気温に変化があると、低い空で雲が出来ていくのが確認出来た。山に当たった風が上昇し、上空の空気とぶつかり続けているから低い空で雲が作られる。


…『こちら観測手リト。計算ではドロップに影響はしませんが一〇〇〜六〇〇メートル間で上昇している風があります』


 これで上空に湿った風、あるいはより温かい風が入ってくれば厄介だな。一気に雲が出来て空気が冷やされ、水分が降りてくる。悪天すれば、山を降りる帰路の危険が増す。


…『ティーチャー!ファブだよっ!黒い車が三台向かってくるよ!』

「車内は確認できるか?」

…『ううん、無理!遠過ぎて分からないっ!』


 スコープを覗き屋敷の中と周りを観察した。屋敷内は先ほどより多くの召使いが動き回り、外では警備兵が頻繁に連絡を取り合い始めた。どうやら目標に間違いないみたいだ。


 さて、どこで客人をもてなす?応接間と執務室はこちら側にあるが書斎となると反対側だ。バルコニーに目標が出てくれば、撃ち込む弾の数が少なくて済むが、もし動きが確認できないような状態が続けば、何発もの弾を撃ち込まねばなるまい。つまり、人間が無駄に死ぬ……というより弾の無駄。


「よし、無事に終わらせて生きて帰ろう」


 今さら人間が四十数名死んだからといって、何だ。四十数体の死体くらいで統計上の割合はピクリとも動かない。現代戦を始めた我々人間が数字で練られる戦略に、その程度の命は関係ないのだ。彼らが死んだとて元々存在していないのと同等。


@@@@編集中@@@@


「こちらハイイロギツネ。作戦を第五項に移行だ、第五項に移行。狙撃騎は安全装置を外して待機」


 瞬きをもせずにスコープの中とメインモニタ、両方を充血させて凝視する。


どこだ?


 二階、中央バルコニーの右側の部屋で慌ただしく従事者が働くのが見えた。


「こちらハイイロギツネ。二階中央バルコニー右、応接室に動きがあるみたいだ」

…『こちらリト。同動向を確認』


 風向きは大きく変わっていない。空にも変化は無い。撃つなら……三十分以内か。


…『こちらファブ!表側、屋敷の遮蔽一一五〇分と庭北側奥〇一時四〇分に燦華が二騎展開しているよ!』


 大丈夫、あれは直接的な突入対策に展開しているだけだろう。二騎か……。最低でも、あと一騎はいるはずだが。


…『報告続き!それぞれ部隊章が違うから、あと四騎がどこかにいると思う!』

「こちらハイイロギツネ!狙撃騎と観測騎は当該燦華を気にするな!私が当該騎の監視と捜索を行う!」


 目標確認から二〇分が過ぎた。玄関先で熱烈な出迎えをしたとしても、屋敷に入るのに充分な時間が経った。イリアルの右手人差し指は、まだか、まだか、と苛ついているに違いない。大丈夫だ、焦るなよ。目標は大切な客人だから部下や執事、召使いを紹介し、それらと談笑することもあるだろう。


…『こちらリト。目標Aを二階応接室に確認』


 まだだ、その表情、身振り手振りから全て読み取れ。部屋の奥にいるはずの目標Bが、どれくらい離れているのかを探る。恐らく、五メートルから一〇メートル離れている。頭の中で屋敷の部屋、家具の位置を浮かべ、目標Aが手を差し出す角度に何があるのか想像した。


ソファだ。


…『こちらリト。目標Aが窓から離れ視認できません』

 窓側にひとりいた警備軍服を着た兵が外に背を向けた。部屋の状況が落ち着いた証。


 悪いが祖国と故郷を売った報いだ。一ミリメートルでも汚されてはならなかった土地を汚した罰だ。


自分の帰る場所は自分で取り返す。


「こちらハイイロギツネ。




 射撃班、射撃開始、射撃開始だ」




 人の恨みほど恐ろしいものはない、私自身がそうだからだ。私は恨みを力にここまできた。そして望みを叶える力を手に入れた。


対価の命なら十七年前に支払い、商品は受け取った。




それを使わせてもらおうじゃないか。


…………………………


少女騎士団 第三話終

D as armee Spezialpanzerteam 3,

Mädchen ritter Panzer team 8."Hartriegel"

Drehbuch : Drei Ende.

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