外伝:利己的で狡猾な(康人目線)

 姉貴は、俺にとって堤防だ。


 姉貴みたいなヤツを、愚直というんだと思う。教えられた嘘を鵜呑みにして、奴隷扱いだって普通のことだと文句も言わず従っている。俺がバカなふりをすれば、姉貴は勝手に俺の代わりを引き受ける。俺だけ小遣いを貰っていることにも疑問を抱かず、ロボットのように生きている。いや、『動いている』。あれはもう人間じゃない。


 俺は、姉貴の影に上手に隠れて生きてきた。そのせいでペット扱いされたことは屈辱だけど、家から離れられる時間が長くとれたからラッキーだ。家にいなきゃ、人を見下してなきゃ生きていられない親父の顔も、デカい顔してるくせに何もしない母親の顔も見なくていい。


 姉貴がどれだけ傷つこうが、どうでもいい。

 俺だけ甘い汁を吸っていればいい。

 だって姉貴は人間じゃないんだから。

 いなくなった兄貴と同じで、もう人間じゃないんだから。


 だけど。

 やたら、姉貴と兄貴がダブって見えることが多くなった。

 兄貴みたいに疲れきっていることが増えた。

 兄貴みたいに口数が少なくなった。

 昔、姉貴が兄貴に注意していたはずなのに、くたびれても休まなくなった。


 だから、今度は俺が姉貴に注意した。

 だけど姉貴は、そのことを覚えていないみたいだった。

 いや、前からおかしいと思っていたんだ、姉貴はこんな大人しい人間じゃなかった、イヤなことはイヤって強く言う、ワガママなヤツだった。

 姉貴は兄貴がいなくなった時から、別人になったんだ。いや、人間じゃなくなったんだ。


 姉貴も、兄貴のように壊れるかもしれない。

 そうなったら、次に操られるのは絶対に俺だ。

 それはイヤだ、絶対にイヤだ。ペットにされるのも将来を押し付けられるのも、どっちも俺を無視することに変わりないんだ。


 姉貴を助けたいなんて思っちゃいない。姉貴を人間に戻さなきゃ俺がヤバイ。俺が大学を卒業して無事にこの家を出るまでは、姉貴には堤防でいてもらわなきゃいけないんだ。




 -------------------------------


 そう思って頑張ったのが、俺が小学4年の頃だったか。

 あれからたった2年で、俺は当時の自分に怒りを覚えている。

 どうして姉貴を人間に戻した、その結果が『このざま』じゃないか。


 この家の中で、いやこの世の中で、俺の居場所は姉貴だけだったんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る