負け犬学生の幸福論
BACH
後悔
"やらない後悔よりもやる後悔"なんて名言がある。高田いわく、それが座右の名なんだとか。
なんて無責任な言葉だ。きっとそんな事を言う奴等は、やってしまった後悔を経験したことが無いのだろう。と返したら、
「だからお前は彼女出来ないんだよ(笑)」
などとぬかしやがった。最近自分に彼女が出来たからと調子に乗っている。
こいつは何かと自分が優位だと思いたがる節があり、恋人の有無も格付けの材料なのだと考えられる。
それは非常に癪だったので、せめて奴の座右の銘である"やらない後悔よりやる後悔"を否定するべく、実体験を話すことにした。
俺は中高一貫の男子校を経て共学の大学に現役で合格した。
中1の頃は卓球部に所属していたが、コートに対して人数が多すぎたこと、そのせいで一人当たりの台を使う時間が短くなったことに不満を持った先輩方から、一年生達は指導という名のいじめを受け、夏休みがおわる頃には自分を含め大量にやめてしまった。
中2になるタイミングで、どうやら吹奏楽部の部員が足りないということを知り、当時の自分は他にやることも無かったので入部することにした。
中1と入部する時期がかぶっていて、実力で舐められたく無かったので休憩時間を犠牲に練習に励んでいたら、友達が片手で数えるほどしかいなくなっていた。吹奏楽の意地悪な先輩達からは、喋った所を見たことがないとの理由から、"植物"とのあだ名で呼ばれていたらしい。
決してこの中高6年間を不幸だとは思わない。しかし、高校卒業から大学に入る間の自分は、"客観的に見て"自分が幸せだとは誰も思わないだろうと考えていた。今思うと愚かだと思う。自分が感じる幸せと、ありもしない世間一般の幸せは違うだろうと。
かくして大学一年生になった俺は、たくさんの友達に囲まれて、恋人がいて、サークルやバイトに打ち込むキラキラ☆大学生になることを志した。
大学に入って、一番初めの交友の場は学部である。自分は当面の目標である友人をつくるため、オリキャン(学部二年生が、新入生歓迎の為に行うキャンプ)の参加を申し込んだ。
しかし、大学生になって初めてスマホを持ち、"LINEの友達"じゃない人からグループを招待されても非表示になる設定になってたことを知らなかったので、その事に気づいた頃には既にオリキャンは終わっており、遂に学部での友人ゲット作戦は失敗に終わった。
このことは、"学部の友人の数は単位の数"と言う言葉がある通り、後に致命的な成績不振となる原因になるのはまた別のお話。
こうして学部ではに失敗した自分ではあったが、サークルは無事に吹奏楽に入ることが出来た。同学年は男子約10名女子約20名と、個人的にはちょうどいい人数だった。と同時に、ここが俺の人脈の最終防衛ラインとなってしまっているので、死に物狂いで仲良くなろうとした。
数年後、今でも友人の伊賀から聞いた話だと、「当時の山下は空回りしてる痛いやつ認定されてたぞ」とのことだった。大学生はそれなりに精神年齢が高いのでハブられることはなかったのが救いであった。
ともかく、第一印象は最悪だったとはいえサークルはそれなりに上手くやれていた。大学のはじめの頃は家から通学しており、サークル帰りのバスと電車で女子と二人で帰るという青春イベントも発生していた。
彼女は派手というよりはおとなしめで、人当たりが良くて、笑い上戸でホルンを吹いていた。自分がトロンボーンで同じ金管楽器という親近感もあって、良く話すようになった。以下、当時の会話である。
「大学の吹奏楽って人がいっぱいいて楽しいね!自分の高校は人数少なかったから難しい曲もできなかったし、、」
「確かに。3学年で約90人もいるもんなぁ。それに、自分男子校だったから女子と一緒に演奏できるの新鮮だわ」
「えっ私女子校だったよ!偶然だね!同年代の男の子とあまり話したことないから楽しかった、これからもよろしくね!」
正直このやり取りの一方、実に6年ぶりの女子との会話に心臓がモルモット並に鼓動していて、その後何を話したのか全く覚えていない。
そんなこんなでこの世の春を全身で謳歌していた最中、はじめてのサークルの演奏会が終わった日に同学年の男子で打ち上げをした。
そのときの話題が、今サークル内に好きな人はいるか一人ずつ言っていくというものだった。トップバッターはじゃんけんの結果自分になった。
仲良くなることに死に物狂いだった自分は、なんとか興味を惹き付けなければと思い、先述の女の子を気になっている子とでっち上げ、LINEのやり取りも見せた。
この雰囲気は脈ありであると、友人達は全力で応援してくれた。どうしたら彼女に関心を持ってもらえるかと、一晩中作戦会議が開かれた。俺は生まれてはじめてといっていい友情を感じて、軽く泣きそうになっていた。
俺は知らなかった。人の恋バナほど広まる速さが異常に速いことを。
次のサークルの日には同学年のトロンボーンの女子二人が、さらに翌日には同じ楽器の人が、一週間たつ頃には話しかけてくる人全てが知っているような状態であった。
このままでは本人に知られるのは時間の問題、というか既に手遅れかもしれないと思い、彼女に思いを伝えるか否かを早急に決めなければならなくなった。
元々がでっち上げて作った話ではあったのだが、しかし人に会うたびに、
「彼女のどこが好きになったの?」
とか
「俺(私)に相談しなよ?」
などと煽られていた当時の俺は、そんなことを忘れてあたかもはじめから本心で好きだったと思い込むようになっていった。
そのようにして視野が狭まってしまった俺は、
「あたって砕けろだよ!人に好きって言われて嫌な思いする子なんていないって!」
といった自分の都合の良い言葉しか聞き入れなくなってしまった。
意を決して、彼女にLINEを送る。
「今度二人で飯いかん?w」
このメッセージに既読がつくことは今現在もなく、こうして俺の初恋は終わった。
ちなみに補足すると、11日くらい未読無視された辺りで振られたと悟り諦めていたが、4ヶ月ぐらい彼女からシカトを受けていた。何か彼女に弁解しようと思ったが、実際に告白すらしてないのに何をどう切り出せばいいのかさっぱり分からず、地獄のような気まずさを味わっていた。
優しい友人たちや先輩達はというと、
「はなから上手くいくなんてみじんも思ってなかったけどな!」
「初恋は実らないものなんだよ、山下君」
とのことだった。要は体のいいおもちゃにされていたという訳だ。今でもシャワーを浴びてるときに思い出して発狂することがある。
「これが、やることで得た俺の後悔だ。こんな気持ちになるぐらいなら、何もしない方がましだと思わんか?」
「確かにお前は経験する必要のない後悔をしたんかもしらんが、それじゃ本当に欲しい物は手に入らんだろ。」
「手に入るかどうかわかんないもんを欲しがる方が間違えてる。分をわきまえろ、分を。」
「このチキンが。そんな生き方は、全く憧れないね。」
高田はそう言い捨てて、別の話題を振ってきた。
結局、奴を言いくるめることは出来なかった。やっぱり言うんじゃなかったと、今になって後悔した。
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