第30.5話 僕の先輩③
お互いに自己紹介を終え、早速将棋を指すことに。
「いや~。楽しみだな~。後輩ちゃんは、どんな将棋を指すのかな~?」
「……先輩、あんまり期待しないでくださいよ」
そんな会話をしながら、駒を並べていく。狭い部室の中に、パチリ、パチリと優しい駒音が響く。駒を並べ終えると、僕たちはどちらからともなく姿勢を正した。
「お願いしま~す」
「お願いします」
先輩との初めての将棋が始まった。
「うーん」
将棋が中盤になった辺りから、僕の考える時間はだんだんと長くなっていった。じっと盤上を見つめながら、次の手を必死に探す僕。どんな手を指しても、少しずつ先輩との差がついてしまうような気がした。だが、まだ諦めるには早すぎる。将棋は、何が起こるか分からないゲームなのだから。
パチリと駒を打ち下ろす。僕の考える最善の一手。
「なかなかいい手だね~」
「ありがとうございます」
「でも……これでどうかな~」
そんな言葉とともに指された先輩の手は、僕の予想にはなかったものだった。
「え? …………あ」
その時になって気が付く。僕の指した手が、全く最善ではなかったことに。
僕は、再度「うーん」と唸る。先ほどから、何度同じことを繰り返しているのだろうか。
チラリと先輩の方に視線を向ける。先輩は、将棋盤ではなく、僕のことを見ていたようだ。二つの視線が交差する。
「何かな~?」
のほほんとした声で尋ねる先輩。
「い、いえ……何でも」
少し恥ずかしくなり、僕は再び盤上に顔を向けた。
「負けました」
「ありがとうございました~」
結果は僕の大敗だった。僕の守りはボロボロになっているのに、先輩の守りはほとんど手つかずの状態。僕と先輩との間には、一体どれほどの棋力差があるのだろうか。
「さて、この後、どうする~?」
「……もう一局、お願いします」
「二ヒヒ~。そうこなくっちゃ~」
僕たちは、再び駒を並べ始める。
次は、さっきとは違う戦法で……いや、でも……。
「さっきの将棋、いい手がたくさんあったね~。…………後輩ちゃんはさ~、今まで誰に将棋を教わってたの~?」
突然、先輩が、駒を並べる手を止め、僕にそう尋ねた。
「そうですね。最初、教わってたのは祖父」「師匠とかいたのかな~?」
「……へ?」
僕の言葉を途中で遮り、質問する先輩。のほほんと微笑んでいるのに、その目は真剣そのものだった。
…………何だろう、この違和感。
「えっと……はい。一応、この学校の二年生の人で……。僕が、中学校一年生の時から、将棋を教わってるんです」
「へ~、そうなんだね~。…………ねえ、あなたの師匠のこと、いろいろ教えてもらってもいいかな~?」
「いいですけど……。勧誘とかですか? 多分、無理だと思うんですけど……」
師匠が将棋部ではないと知ったその日。僕は、何度も「一緒に入部しませんか?」と師匠に尋ねた。だが、師匠の口から放たれた言葉は、「入らないよ」の一言だけ。理由を聞いても全く教えてはくれなかった。
僕の言葉に、先輩はフルフルと首を振った。
「いや、別に勧誘しようとは考えてないよ~。ただ……後輩ちゃんの師匠ってどんな人なのかな~って興味がわいちゃったんだ~」
「はあ……そうなんですか。まあ、それなら……」
その後、僕は、将棋を指しながら、先輩に、師匠についていろいろと教えることとなった。最初、優しい笑みを浮かべながら黙って聞いていた先輩だったが、次第にニヤニヤ顔へと変わっていき、僕に質問攻めをするようになった。ちなみに、将棋はまたしても僕の大敗、いや、惨敗だった。
……今度は僕が攻める前に攻め潰されちゃったなあ。……ハハハ。
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