第18.5話
放課後。将棋部の部室。先輩と二人で将棋中。
「う~ん。微妙だな~」
対局が終盤に差し掛かったあたりで、先輩は、一人、ぼやいていた。先輩の手には、一冊の本。先輩が、本を読みながら対局をするなんてよくあることだが、今日のようにぼやくことは珍しい。
「本の内容がいまいちだったんですか?」
盤上を見つめながら、そう返事をする。局面はすでに敗勢。何とか一矢報いようとしているが、何をやっても無駄であることは明白だった。
「そうなんだよね~。キュンキュン成分がさ~……」
「キュンキュン成分……そういうの、僕にはあんまり分からないですね」
本にはブックカバーが付いているからはっきりとはしないが、おそらく、先輩が読んでいるのは恋愛小説なのだろう。それなら、僕の管轄外だ。もちろん、恋愛小説を読んだことがないわけではない。だが、どうしても恋愛というものが僕には分からないのだ。ライクとラブの違いとか、相手への嫉妬とか。本当にもう、何が何だか……。
「……あのさ~」
本を将棋盤の横に置き、居住まいを正す先輩。いつものようなのほほんとした声なのに、呆れがにじみ出ている。
つられて、僕も居住まいを正して先輩を見た。
「何ですか?」
「後輩ちゃんは、もう少し自分の気持ちに向き合った方がいいと、私は思うんだよね~」
「自分の気持ちに……ですか?」
「そうだよ~。ちゃんと自覚しないと~。そうでないと、師匠ちゃんが~…………」
そこまで言って、先輩は急に押し黙ってしまった。妙な雰囲気が、部室内に漂っている。
どうして先輩が黙ってしまったのか、どうして師匠が出てきたのか。全く分からず、僕は首を傾げた。
「先輩?」
「……いや、やっぱりやめとこっかな~。あんまり私がごちゃごちゃ言うのもよくないしね~。後輩ちゃんにとっても、……師匠ちゃんにとってもさ~」
「……はあ」
未だに先輩の言葉の意味は理解できていない僕。だが、その言葉には、先輩の優しさがにじみ出ているように思えた。
「さて、それはそれとして~……後輩ちゃん!」
「は、はい」
「キュンキュン成分不足の私に、後輩ちゃんと師匠ちゃんの話、聞かせて~」
ニヤニヤとした笑みを受かべながら、急にそんなことを言い出す先輩。先ほどの妙な雰囲気のことなど、すっかり忘れてしまったらしい。
「僕と師匠の話って、キュンキュン成分と何か関係があるんですか?」
「あるある~。というか、ありすぎるくらいだよ~。さあ、カモ~ン」
今日、僕は、先輩のニヤニヤ顔を見続けることとなった。
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