第16話

 師匠との帰り道。学校から駅までの道のり。


「今週の日曜日、大会があるんですよ」


 チラリと横目で師匠を見ながらそう言ってみる。だが、師匠は、「そう。頑張ってね」と返事をしただけで、話題を広げようとはしなかった。


「……頑張ります」


 分かってはいたことだ。師匠が、あまりこの手の話題に興味がないことは。だが、ついつい期待してしまう。師匠が、僕と一緒に大会に出てくれないかと。


「……大会前だし、また土曜日に将棋しようか。いつもの時間にいつもの場所で」


「いいんですか!? ありがとうございます!」


 師匠の言葉に、僕のテンションが一気に上がる。思わず、師匠の方に体をグイッと寄せてしまった。


 いつも以上に近い師匠との距離。何とも言えない良い香りが鼻腔をくすぐる。師匠の整った顔立ちが、はっきりと僕の目に映り、僕の体はさらに師匠の方に吸い込まれそうになってしまう。


「えっと……」


 不意に、師匠が声を漏らす。明らかに、困惑している様子だった。


 師匠の声に、僕はハッと我に返り、師匠から距離をとった。


「す、すいません」


「い、いや、いいよ。少し、お、驚いただけだから」


 そう言う師匠の顔は、少し赤みを帯びていた。


 先ほどよりも顔が熱い。おそらく、今の僕も師匠と同じような表情をしているのだろう。


 気まずいような、それでも少し心地良いような。そんな、不思議な雰囲気を漂わせながら、僕たちはゆっくりと歩みを進める。


「……君は、本当に将棋が好きだね」


 しばらくして、師匠がボソリと呟いた。


「そうですかね? 普通くらいだと思いますけど」


「普通に将棋が好きっていう人は、将棋をしようって言われても、あんなにテンションが上がるものではないと思うんだけどね」


 いつものような穏やかな表情を浮かべる師匠。時間が経ったからか、顔の赤みはほとんど引いてしまっていた。


「ああ、それは、師匠だからですよ」


「……どういうこと?」


「他の人に、将棋を指そうって言われても、あんなにテンション上げませんよ。でも、師匠に言われると、つい、ああなっちゃうんです」


 僕にとって、師匠との将棋と、他の人との将棋は、全く別物なのだ。師匠との将棋は、心から楽しいと思える。それは、師匠と初めて将棋を指した時から全く変わっていない。もし、将棋を指す相手を自分が自由に選べるとするならば、僕は間違いなく師匠を選び続けるだろう。


「……そ、そう。…………君は、本当に……慣れたとはいえ、急に来られると……」


 僕の目に映る師匠の顔は、先ほど以上に赤くなっていた。

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