香がわ

 香がわに入った。

 もう、今までのような難所は無い。


 賢者は、ただひたすらに次の札所・・・また次の札所・・と進んでいった。


 最後の札所にたどり着いたからと言って、何があるわけでもない。

 それは、わかってはいるのだが・・・






「おねーさま。なかなか勇者、見つからないですわね」


 異世界の勇者はうどんをすすりながら話す。

 ここはマルガメ。うどん屋さんが数多くある。


「・・・」

「あ、ここのうどんは二ホンと変わらないんですね。美味しいですよ」


 モチモチとした、こしの強いうどん。


「そうか、異世界でもうどんが有名なのか?」

「こっちでも、もともとうどんが有名なんですか?」

「あぁ、来るのは初めてだが聞いたことはある」

「へえ、そうなんですね」



 周辺のうどん屋でも聞き込みをしてみた。

 だが、賢者を見たという人はいなかった。


「変ですね。ご飯を食べていないわけないでしょうけど」

「・・・まさか・・・」


 将軍は、嫌な予感がした。

 そして、その予感は正しいのだ。


 賢者は食事もとらずに札所巡りをしていた。


「先を急ごう。あと少し・・・10か所で終わりだ」




 第八十八番 医王山 大窪寺

 最後の札所だ。


 ここの住職に聞いたら、賢者は数時間前までいたとのことだった。

 だが、すでにここを発っている。


「最後のところまで来たけど・・・追いつきませんでしたね」

「うむ・・・」


 この先、賢者がどこに向かったのか。手がかりが無くなってしまった。

 暗い表情の将軍。


「まぁ、まずは聖女様に連絡取って見ましょうよ。なぜか、聖女様は賢者の行き先がわかるみたいですから」

「そうだな」


 将軍は、空を見上げた。


「だが、その前に・・・」






 賢者は、海を見ていた。

 海岸近くに設置されたベンチ。


 だんだんと陽が傾いてきている。


 札所巡りをしている間、一睡もしていなかった。

 時々、親切な人がおにぎりなどを分けてくれた。

 それ以外は食事をとっていなかった。


 賢者は疲れ果てていた。


 もう、何も考える気力もない。

 ただ、ぼーっと夕日と海を眺めている。




 すると、誰かの足音。

 その人物は、静かに歩いてきて賢者の隣に座った。



 将軍である。



 そして、二人は黙って夕陽を見ていた。

 夕焼けが広がっていく。

 夕日に照らされた波が、オレンジ色に輝いている。


 美しい。


 賢者の眼から、つうっと涙が流れた。


 将軍は賢者の近くに座り直し、優しく頭を撫でた。

 賢者は、将軍の肩に頭をもたれさせた。


 しばらくそうしていた。


 将軍は、静かな声で話す。


「一緒に帰ろう・・・お前のことは、私が守ると約束する」



「はい・・」









 遠くの木の陰から見守っている、異世界の勇者。

「なんだよお、ラブラブじゃないかよ。ちぇ・・」


 

 

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