神の力、お借りしてます

もなき

第1章

神が仕掛けた罠

 そう、これは神のほんの悪戯であった。


 無力な人間に偉大なる力を与えたら、どうなるであろう。


 神のそんな気まぐれによって、ある1人の女は転生し、特別な力を与えられた。



- 時の力 -



 本来、時を操る事は神のみぞ許される。中立の立場である神でなければ、己の為だけにその力を行使してしまうからだ。

 そうなれば、その者の思うがままに世界は動き、世界はその者の独裁的なものとなってしまう。

 神も当然それは理解していたが、何百年、何千年とただただ平和な世界を見ていると、違う世界を見てみたいとも思う。

 いや、そこまで大層なものでもない。毎日変わらぬこの平凡な世の中で、下らぬ事をして笑わせてくれる人間の姿を、空の上から見て楽しみたいのだ。

 こんなにも平和な世の中が続くと、何をしても決してそれが揺らぐ事はないのだろうと錯覚してしまう。

 それゆえに神は、己の持つ力を人間に貸すという馬鹿げた事をしてしまったのだろう。





「人間よ、余が見えるか」


 女が目を開けると、何もない真っ白い世界に1人の神々しい男と白髪の美しい少年がいた。


「あなたは?」


 女は夢だと思っているらしく、やけに冷静にこの状況を捉えた。


「余は神である。そなたは死んだのだ」

「そうでしたか」


 女は淡々と答える。


「やけに冷静だな」

「トラックが猛スピードでこちらに向かってきているところまでは覚えているので」


 女は偶然にも神が"気まぐれ"を思いついた時にトラックにはねられ、命を落とした。

 突発的な事故である上、まだ20年しか生きていないはずなのに、ずいぶんと冷静である。


「そ、そうか。まぁよい。安心せよ。そなたはこれから違う世界に転生し、新たな人生を歩むのだ」

「はい」


 両手を広げ、自信に満ち溢れた神の言葉を受けても、女は変わらず冷静、というより考えることを放棄しているようにも見える。


「……」


(神様、彼女は先程命を落としたばかり。おそらくまだ状況を理解していないのでしょう)

(う、うむ。そうだな。余を見てもこのような態度なのだ。そうに違いない)

(もう特別な力についてお話してはいかがですか)

(そうだな。あの話をして興味を持たぬ者はいないだろう)


 私は表情を変えず、神にそっと思念を飛ばした。その間も女は無表情を崩さない。


「そなたは転生するが、この世界で生きていけるよう特別な力を付与する。聞いて驚くでないぞ。時の力、すなわち時を自在に操る事の出来る力だ。これは本来神のみぞ使える力だが、そなたに特別に貸してやろう。この力があれば、この世界を牛耳る事も出来るぞ」

「ありがとうございます」

「どうだ、嬉しいであろう」

「はい」

「……」


(神様、自分の思い描いた反応じゃないからって不貞腐れないでください)

(……う、うむ)

(大丈夫です。わかりにくいだけで、きっと喜んでいます)


 励まされたおかげで少し持ち直し、神は咳払いを1つして話を続ける。


「時の力とやらが、どれほどの力かまだ理解しておらぬな? 教えてやろう。時の力とは、そなたが触れるものをそなたの望む時まで遡る事もでき、進める事も出来る。強い魔物に出くわしても、その者に触れれば、過去の弱い状態まで戻し、容易に倒す事が出来る。怪我や病気を患っても、患部に触れれば、それがなかった頃の状態に戻り、傷跡すら残らない。もはや怪我や病気とは無縁になるし、望めば英雄として崇められ、何不自由ない生活が出来よう」


 それを聞いて女の目の色が変わった。当然であろう。この力があれば、勇者でなくとも魔王にさえ勝てる最強の存在となれるし、元の世界では得られなかった地位と名誉が手に入るのだ。

 神もその女の変化に気付いたのか、満悦の笑みを浮かべた。


「ふふ、興味が出てきたようだな。この力はそれだけではないぞ。己自身も過去や未来に移動する事が出来る。時空間魔法としても使えるのだ。時空間の移動は繊細でな、移動した先に滞在できる時間は1日2時間までという制限はあるが、その代わり魔力を消費する事なく、永久に使える」


 神は服の袖で口元を隠し、神とは思えぬ程の嫌らしい笑みを浮かべた。それはその先の話を早く言いたくてたまらないからであろう。

 神の気持ちを知ってか知らずか、女は邪魔する事なく、静かに次の言葉を待った。


「ただし、人の運命を変えようとしなければ、だがな」


 神の力とはいえ、神自身もその力を無限に使えるわけではない。神の中でのランクやレベルによって、使える力に制限がかかるのだ。


「人には行い次第でどうとでも変わるものと、生まれた時から決まっていて、己の力ではどうにも抗えないものがある。後者が運命と言われるものだ。人はいつ死ぬか、それだけは最初から決まっておる。人間の力ではどうやっても変える事は出来ない。ただし、時の力の備ったそなたであれば、死んだ人間に触れるだけで、その者を蘇らせる事も出来るかもしれん。しかし人の命に手を加えるなど、神の領域。もしそれをしようものなら、この力は直ちに余に返還され、そなたは今後一切この力を使えなくなる」

「わかりました」

「物分かりがよくて助かるな」


 神も悪い人だ。時の力を持ってしても、人の命を甦らせる事は出来ない。人の運命を変えるなど、神の中でも許された者は少ない。時の力を使ったところで、肉体が元に戻るだけで、魂は戻らない。

 だから神は「人の運命を変えたら」ではなく、あえて「変えようとしたら」と言ったのだ。人間の力ではどうやっても人の命を甦らせる事は出来ない。それなのにルールを破ると、この偉大な力さえも失ってしまうのだ。神もずいぶんと残酷な事をなさる。


「何か質問はないか?」

「今のところは」

「本当に物分かりがいいな」


 神はもはや女に悪い顔を隠す気すらない。話の良い面ばかりを聞いてろくに精査しない人間、神にとってこれほど条件の良い者はいない。

 時の力は神から女に一時的に譲渡され、女がルールを破るその日まで、神はこの力を封印される。余興を楽しませてくれて、飽きてきた頃に返還してもらうのが神にとって1番都合がいい。


 人間にとっても悪い話ではない。人間が与えられるはずもない神の力を好きなだけ使えるのだ。その力をどう使おうと、神が咎める事はない。ただ人の死に抗わず、受け入れればいい。


 しかし、それが罠なのだ。

 人間とは心の弱い生き物で、簡単のように思えるこのルールを、容易に守る事が出来ない。神の力を使い続けている内に、自分が神であるかのように錯覚する。そして、思わず"禁じ手"を使ってしまうのだ。神はそれをわかっているからこそ、この力を貸し出した。そしてそこそこ楽しませてくれた後、この力があっけなく返される日を待っているのだ。

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