第72話

世界樹は久しく忘れていた感情を思い出す。

忘れていたことを思い出してもこの感情が何であったのかは知らない。

数千年の時を生きていても知らぬ感情をどう定義するのか手段を持っていなかった。


世界樹の感情とは栄養を口にする喜びのみ。

それ以外の感情は自ら生物が餌になりに来るシステムを作り上げた楽しみ。

自身の生存領域が増えていく笑い。

自分の前では等しく全てが餌であることの優越感。


世界樹は恐怖、絶望と言った絶対的不利な感情を得たことがなかった。

雷に打たれても根がある限り自分は甦る。

死の恐怖など無縁の感情。


生物ピラミッドを超越した存在である。

自分でもそう思っていた。


「「「オ、オ、オマエ、オマエ、ナニ、ナニ、シタ、シタ、ナンデ、ナンデ、カラダ、カラダ、エイヨウ、エイヨウ、キュウシュウ、キュウシュウ、デキナイ、デキナイ。」」」


今までできていたはずの身体の再生が全くできなかった。

それどころか自分の制御を受け付けていない。


身体に不自由を感じたのは不毛の土地に携えていた栄養庫がなくなって以来の出来事だ。

あの時は純粋に栄養が足りなくなってしまった不自由だったけど今回は栄養がきちんとあるのに動けない。

まるで何かに身体を遮られているようなそんな感じがした。


「おいおい生まれた時からあんたと一緒に居るんだ。このくらいわかってもらわないと困るんだが?それともただ長生きしただけの馬鹿か?」


「「「バカ?、バカ?、ワタシ、ワタシ、バカ?、バカ?」」」


バカ、その言葉の意味は知っていた。

だが自分こそが至高の存在と信じて疑わない世界樹は自分が馬鹿にされたことに対して酷く憤りを覚えた。


「「「オマエ!!!、オマエ!!!、死、死。」」」


「あらあら、そんなこと言って大丈夫?あなたの一部は既に私が開拓済みよ。」


ピグミーの真の狙い。


「スライムたちを鍛えたのは俺だぞ。」


かつて世界樹を追い詰めた存在、それを知る人間は誰一人として存在しなかった。


「ほっほっほ、のう世界樹よ。かつて世界樹を破滅の一歩手前まで追い詰めた勇者を育て上げた存在を覚えておるか?」


この研究バカが探し出すまでは。

村長は不毛の土地の砂を食したスライムが遺伝子変化することを見つけ出しその遺伝子変化からある程度の法則を見出すことに成功した。

その法則は世界樹の根の現在地と吸収されていった死体の記憶を暗号化したものだった。

開拓当初から不毛の土地の法則を片っ端から調べていた村長だからこそ辿り着けた法則。


ピグミーもこの法則を用いて前世の記憶を呼び覚まさせた。


世界樹を追い詰めた存在はただ一人。


「「「マタ、マタ、マタ、トレーナー、トレーナー、トレーナー。」」」

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